第30話

「重要参考人、前へ」


「はい」


───絶対に、トマソンに振り回されない人生を手に入れるんだから!


決意を胸に、証言台に立つミリアは真っ直ぐ前を見据える。


「ミリア・ヴェルサス、貴女はトマソン・マイワールの血を引く者ではなく、ただの平民だというのは本当ですか」


「はい、本当です」


傍聴席からは、「信じられない」「貴族であることを自ら捨てるのか」「言わされているのでは」とひそひそと声がする。

貴族からすると、せっかく父親に見つけてもらい、貴族の令嬢になれたのにその地位を自ら捨てる発言は到底信じられないことだった。

もしや謀略か何かでジルベスターに言わされているのではと考える者もいたくらいだ。

そしてトマソンもそう捉えた。


「陰謀だ!これは私を貶めるための陰謀に違いない!ミリア!正直に言うんだ!」


堪えかねてトマソンが叫ぶ。

ミリアは表情を変えることなくトマソンと目を合わせることもしない。


「被告人、静粛に。これ以上許可なく発言をすると退廷を命じます」


「っ……!!」


「もう一つ聞きます。

では、貴女の父親は誰ですか」


「それは……分かりません。

しかし、私が幼い頃一度だけ父親について聞いたことがあります。そして母から聞かされたのは、父は病気で死んだ。ということだけでした」


「それ以外で父親については?」


「いいえ、全く」


「では、貴女の母が嘘を言った可能性もあるわけですね」


「はい、その可能性はないとは言えませんが、トマソン・マイワール伯爵が母と愛し合っていたなどという事実は全くないと断言できます」


「その根拠は」


「……マイワール伯爵は、おそらく母のフルネームを知りません」


ざわりと傍聴席が騒がしくなった。

被告側の弁護士や側近のジェルマンは手元の資料を捲りナタリアの名前を慌てて探す。トマソンは顔が真っ青だった。


平民は家名を持たない者が大半で、代々続く職業の家柄に家名を持つ者がいたりする。そして市井で暮らしていく分には家名はほとんど名乗ることはないのだが、貴族や王城などに仕える場合は身元を明らかにするために、家名を持つ者は必ずフルネームで出仕しているはずだった。


しかし、それも二十年以上前のこと。当時の記録もなければ、ナタリアを知る使用人もほとんどいない。いたとしてもフルネームまでは覚えていなかった。


愛する人が屋敷で専属治癒士をしていたというのに、その名前をきちんと言えないなんてことはあるのだろうか。

あるはずもない。


トマソンは小声でジェルマンや弁護士に「何とかしろ!」と怒っているが、そもそもナタリアの名前さえまともに覚えていないトマソンが悪いのであって、どうにもできない二人は項垂れるしかなかった。


「裁判長!発言の許可を願います」


クリスが挙手をする。


「原告弁護人、どうぞ」


「ミリアの母親の出自について資料を取り寄せました。

証拠資料として提出致します」


クリスはナタリアの出自についての調査を王都に到着してすぐに着手していた。


ナタリアが未婚の身でありながら妊娠してしまい、頼るべき親に頼らなかった点と、ミリアに実家は厳しくて頼れないと言っていた点を考えて、神職、教職、元貴族、その辺りから目星を付け、捜索し見つけた。


ナタリアの実家があったのは、王都郊外にある小さな神殿を管理する下級神官の家系にポーンズ家はあった。

クリスはポーンズ家の現在の当主マルクス・ポーンズ(ナタリアの兄)に確認をするとマルクスはナタリアを妹だと認めた。


因みにだが、この国の宗教は婚外交渉は悪とされている。現実にはそれを遵守する者は少なく極一部の者のみとなっているが、宗教上は婚外交渉も婚外子も歓迎されない。


クリスはポーンズ家のあった町の町長の家を訪ね、町民管理の帳簿の写しを取り、証拠資料として裁判長へ提出したのであった。


「トマソン・マイワール、貴方はミリア・ヴェルサスの母親の名前を言えますか」


「あ、その、ナタリア、ナタリア…ナタリア…」


蚊の鳴くような声で何度もナタリアの名前を呟くトマソン。

法廷にはもう決着が着いたという空気が流れる。

これ以上の弁論の必要はないだろうと裁判長は判断した。


「採決を取ります。被告人トマソン・マイワールが有罪だと思う陪審員は挙手を」


十名の陪審員は一同に手を挙げる。


「満場一致で有罪が可決しました」


その裁判長の言葉と同時に、被告側の席の後ろに控えていた騎士がトマソンを拘束する。


「なっ!放せっ!ミリア!お前父親を裏切る気か!!

お前らも本当は分かっているのだろう!さては買収されたな!」


大声で喚くトマソン。


───貴方のことなんて一度も父だと思ったことないわ。


トマソンの言葉に一切関知しないミリア。


「量刑は法と、王室との話し合いにより決まります。王族を謀った罪は重いと覚悟してください」


「おのれ、ジルベスターーーー!」


「これにて閉廷」


連行されながら叫ぶトマソンの声で裁判長の言葉はかき消される。

必死のトマソンとは対象的に、傍聴席はガヤガヤと賑やかで楽しげだった。


見た目で明らかにトマソンの血を受け継いでいるミリアが『娘ではない』と判決が下り、父親であるはずのトマソンが王族を謀った罪で処罰される。こんな面白い裁判はない。爵位剥奪、領地没収は必至であり、処刑されるのか、はたまた鉱山での懲役か。


人々は楽しそうに予測を立てながら退廷して行った。

拘束されたトマソンは、貴族用の牢屋へ投獄され、量刑が決まるまでそこで過ごす。ミリアはナタリアの無念を一つ晴らしたような気がした。

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