第15話
長くどこまでも続く国境の壁と一体になったチェダロの砦。
到着すると騎士は騎士団の方へ、兵士は兵士団の方へと合流し、ミリアたちは他軍の軍医隊と合流した。
チェダロの砦を拠点として活動している国境軍(ヴェルサス領の軍隊の一つ)からは軍医のロベルト、同じく軍医で若手のフェルナンド、治癒士のアルマとドーラが参加。
隣の領地で同じくフランベルデ帝国との国境を有するアルガン領の軍隊からは軍医のアルフレッド、治癒士はキャシーとエルザが参加。
そしてヴェルサス軍からは軍医のジェイドと、治癒士はニコルとミリアが参加する形となった。
ミリア以外は合同演習などですでに面識があり、ミリアを紹介する形で自己紹介が行われた。
国境軍のロベルトは三十代で、がたいがよく強面、医師というより軍人といった様相である。
もう一人の軍医フェルナンドは二十代前半のイケメン。親も医師として活躍する家に生まれ、医師として経験を積むために従軍している。
治癒士のアルマは二十代後半の緩やかなウェーブの黒髪に黒い瞳。艶かしい色っぽさを持った美人である。
もう一人の治癒士のドーラは二十歳の防具屋の一人娘で、長いストレートの栗色の髪を一つにまとめたスレンダーな女性だ。
アルガン領軍の軍医のアルフレッドは三十代。伸ばしっぱなしの髪を一つにまとめ、無精髭に分厚い眼鏡をかけたミリアが今まで接したことのないタイプである。
治癒士のキャシーは治癒士の中でも唯一の既婚者で、夫が兵士として戦に出ているため、夫は絶対に死なせないという意気込みで参加している。
もう一人の治癒士のエルザは、両手の手首にじゃらじゃらと腕輪をはめたツインテールの女の子。元々旅芸人をしてたらしく、手首にはめられた腕輪に魔力を込めてそれを患者の手首や足具にはめて治癒をするという変わった経歴、変わった治癒の手法を持った子だった。
名前に家名を持つ者、持たない者といるが、貴族と違い家名に強いこだわりがないのと、チームワークが良くなることを考えてここではお互いファーストネームで呼び合うことになった。
ミリアとしても当然その方が都合がいい。ヴェルサスの家名を言えるはずもなく、ここでもただのミリアとして通していくつもりだった。
軍医隊の隊長はジェイドが務め、治癒士のリーダーは最も経験が豊富なアルガン領軍のキャシーが務めることになった。
お互いの自己紹介を終えると、今夜一晩だけ休む部屋へ案内される。ジェイドは医師だけ集められた四人部屋、ミリアとニコルは治癒士だけが集められた六人部屋だ。
ミリアとニコルは早速、湯で五日間の疲れを洗い流すと、砦の食堂で早めの夕食、食後に明日からの行動確認のためのミーティング、そして早めの就寝となった。
寝る前の僅かな時間、女性が六人、そのうち独身者が五人(ミリアもこの場では独身者と見られていた)も揃うと話す内容は専ら恋愛のことだった。
「ニコル、彼氏とはどう?そろそろ結婚の話も出ているじゃない?」
と色っぽい姉さんのアルマが聞く。
「え!? ニコル彼氏いたの?」
今日まで毎日というくらい顔を合わせてきたミリアだったが、結婚を考えるほどの彼氏がいると初めて知りショックを受ける。
「あ、うん、同じ孤児院の人で…実は最近同棲始めたんだ…」
ニコルの相手は同じ孤児院出身者で、大工見習いをしている。
そしてもうすぐ大工見習いを卒業する見込みで、一人前の給与を得るようになり次第式を挙げるそうだ。
ニコルははにかみながら頬を染めて言った。
そんなニコルがミリアの目には眩しく映る。
───うらやましいな。
恋愛どころか誘拐紛いの状況で無理やり婚姻を結ばされたミリア。しかも夫であるジルベスターには「君を愛するつもりはない」と言われ、嫁ぎ先であるヴェルサス家では一月以上囚人のような生活を強いられた。
ミリアはもう、結婚に夢や希望が抱けない。自分が普通の恋愛ができる気がしなくなっていた。
「そう言うアルマさんこそどうなんですか」
とニコルが聞き返す。
「私?私は…いい人募集中かな」
アルマは人差し指を唇に当てて小首を傾げた。その仕草が妙に色っぽい。
「何人目のですか」
呆れた口調で突っ込みをいれたのはドーラ。
「うーん、四人目は年下のかわいい子がいいわ♡」
うふふ、と笑ってアルマは言ったが、どういう状況なのかミリアの想像力では理解は追い付かない。
「そんなことばかりしてると、あんたいつか後ろから刺されるよ」
アルマに対して既婚者のキャシーが辛辣な言葉で窘めた。しかし、
「その時は私が治癒してあげるよ」
とツインテールのエルザが反省の機会を奪う。
「エルザちゃん、だから好き♡」
とアルマはエルザをその豊満な胸に抱きしめた。
アルマを擁護したエルザは今は恋人もいないが、金持ち貴族の愛人になるのが夢だと言った。
ミリアには考えられない選択肢だがエルザは至って真剣で、一生金に困らない生活をするんだと言っている。
因みに防具屋のドーラは父親の弟子の中から腕のいい職人を婿として選び後継ぎとするため、今は婿候補が数人いる状態だった。
「ミリアちゃんは王都にいい人はいなかったの?」
アルマがミリアにも話を振るが、ミリアはどんな誘いも医師以外はお断りと言って断ってきた。
「私は…夫婦で診療所をやっていくのが夢だったから…医師以外の男性はお断りしてたの…」
医師で結婚適齢期の男性との出会いは極端に少ない。いたとしても超優良物件として婚約者がすでにいることも少なくない。
「じゃあ、フェルナンド様なんてぴったりじゃない」
「え?あの方は軍医でしょ?」
「軍医は経験を積むためって聞いてるわ。確か二年ぐらい軍医を経験した後診療所を開院するとか…」
「アルマさん、フェルナンド様は確か婚約者がいたはずですよ」
とドーラ。
「あら、そう。なら略奪するしか…」
「「「アルマ!」さん!」」
キャシーとドーラとニコルに突っ込まれるアルマだった。
フェルナンドがミリアにとってどんなに好条件の男性だったとしても、今はまだジルベスターの仮初の妻である。
恋愛対象として視野に入れる以前の問題だった。
「いつまでもしゃべってないで明日は朝早いよ!さぁ、寝た寝た!」
「「「「「はーい」」」」」
キャシーによって治癒士だらけの恋愛トークは終了した。
明日の早朝にはまたここを出立し、戦地の合同軍陣営へ向かわなければならない。ミリアとニコルは五日ぶりに足の伸ばせるベッドへ身体を横たわらせると、意外にも疲れが溜まっていたようで深い眠りへと落ちていった。
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