第13話

 ヴェルサスの領都は別名『水路の都市ヴェルサス』と呼ばれている。

大通りの中央には大きな水路が流れていて、三日月のようなゴンドラが緩やかに水面を行き交う。


中央の水路の両脇には石畳の通路が敷かれ、水路側に露店商、その対面には石造りの商店街が切れ間なく続いていた。


───異国に来たみたい!


建物が王都と違う。

行き交う人々の人種が多種多様で、何を言っているのかわからない言葉が飛び交う。

見たことのある品から見たことのない品までたくさんの物で溢れていた。


特に目を引いたのが意匠を凝らした仮面を売る店が多かった。

目の周りだけを覆う物から顔半分の物、顔全てを覆う物など形も様々で、羽根飾りや金銀の装飾を施してとても華やかだ。


「仮面のお店が多いのですね!」


「ここでは年に一度仮面を着けて派手に着飾る祭りがある。その時に使う仮面だ。

この国の貴族の間ではこれらの仮面を着けて仮面舞踏会を開くのが流行っている。おかげで仮面が我が領の特産となった」


「猫の仮面があるわ!」


露店商の軒先に吊るされた、鼻から額にかけて猫の形をした仮面。

金色の装飾がエレガントで、可愛らしさもある。


「これか?」


ジルベスターはミリアが見ていた猫の仮面を手に取るとミリアに被せた。


「どうですか?」


「よく似合っているぞ。ミリアは猫に似ているからな」


「私がですか?」


「そう、なかなか懐かない猫だ」


悪戯っぽく笑うジルベスター。

初めて見る表情にドキリとするミリア。


「私はこれにしようか」


次にジルベスターが手に取ったのは額から右目、右頬にかけて覆う半面の仮面だった。

ただでさえ整った秀麗な顔にミステリアスな魅力が加わる。


「とてもお似合いです。でも…」


「でも?」


「誰なのかすぐに分かります」


「それもそうだな!」


楽しそうにジルベスターが笑う。

初めて会った日と違って彼は意外に表情が豊かだ。

記念に、と言ってジルベスターは猫と半面の仮面を買った。


 二人とも買った仮面を側頭部に着けたまま、手を繋ぎ街を歩く。その姿はデートを楽しむ若い恋人同士であり、同じようなカップルと何組かすれ違った。


そして二人が次に入った店は数多くの飴を扱う飴屋だった。甘い香りが溢れる店内には、花の模様が入った飴や宝石のように綺麗な飴、動物を象った飴もあり、見ているだけでも楽しい。


ミリアが飴を欲しがったのは、ニコルから飴に治癒魔法の込め方を教えてもらう約束をしていたからだ。

手鞠のような模様の可愛らしい飴の瓶詰めを、練習用も考えて二瓶。

紋章入りの指輪を見せて購入した。


「君はそんなに飴が好きなのか?」


再び手を繋ぎながらジルベスターが聞いた。あまりにも自然な仕草で、まるで恋人同士みたいだとどぎまぎしながら認識阻害のため、認識阻害のため…、とミリアは自分に言い聞かせた。


「いえ、好きなのは違いないんですけど、ニコルから飴に治癒魔法を込めるやり方を教わるのでそのために」


「ああ、確かそんな能力があると聞いていたな。飴では難しいだろう。

魔力を込めるのなら宝石の方が適している。買いに行こう」


「それは…食べられないです」


「それもそうだな!」


意外とジルベスターとミリアは会話が弾む。気が付けば二人とも笑顔になっていた。

ミリアも王族相手に緊張も解れ、普段通りの自分でいられとても楽しんでいる。

きっとこの街の雰囲気と、恋人のように繋がれた手がミリアをそうさせたのだろう。


飴屋の次は服飾店へ行き、平民の女の子が着るような服をまとめ買いをした。


「次はこっちだ」


ジルベスターに手を引かれ、人の波間を縫うようにして進む。


「どちらへ?」


「おすすめの観光名所だ」


しばらくしてたどり着いたのは大きな広場だった。


「わぁ!」


石畳の大きな広場の中心には湖のような大きなプールがあり、そのまた中心には小島のような噴水がある。

円を描くプールは繋がる水路から来るゴンドラのターミナルとなっており、多くのゴンドラが浮かんでいた。


「どうだ、凄いだろう」


得意気に言うジルベスターの瞳は少年のように輝いている。

そんなジルベスターが可愛らしく見えてミリアはふふふと笑った。


「はい、とても素晴らしいです」


「だろう?この都市を作り上げるために、ヴェルサス家の当主が何代も前から都市整備を進めてきた。

そしてようやくここまで活気のある都市が出来上がった。

私はこの都市を守らねばならない。

そしてこの国を守らねばならない。

そのためにはフランベルデ帝国の侵略を何としても阻止しなければならない。ミリア、」


「はい」


「君がここに来た経緯を知って申し訳ない気持ちもある。しかし私には君が必要だ。ミリア、伯爵令嬢にこんなことを言うのも非常識だと分かってはいる。どうか治癒士として我々と一緒に従軍してくれないだろうか」


仮初とはいえ己の妻に、つい先日まで庶民ではあったが貴族の令嬢に戦場へ付いてこいなどと非情で非常識な頼みであることはジルベスターも理解していた。しかし、どんな非常識であっても勝たなければならない。


相手は毒矢も使ってくる可能性もあるのだ。少しでも勝率を上げるのなら彼女の治癒魔法は必要だった。


真剣な眼差しでミリアを見つめるジルベスター。


───もう、嫌だなんて言えないじゃない。


やはりジルベスターは今までミリアが見てきた貴族とは違う。

命令しようとすればできたはずなのに、言葉を尽くしてミリアの理解を得ようとしていた。

ヘンドリックスやハンナ、それに多くの臣下や使用人がジルベスターを心酔していた気持ちが解る気がした。


「はい、閣下の仰せのままに」


そう返すミリアに、ジルベスターは申し訳なさそうに微笑み返した。

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