鉄血中佐の魔戦教室〈ハーレム・クラス〉―だらけ義妹とザイオン式ミスコン制圧術―

蔵沢・リビングデッド・秋

プロローグ 崩壊歴253年6月/女子寮と英雄とスリーサイズ

 朝日に照らし出される“聖ルーナ平和記念学園”の絢爛豪奢な女子寮へと、一人の男が歩み寄っていた。


 軍服の上に黒い軍用コートを羽織った長身の男だ。年の頃は二十台前半。髪は黒く瞳は赤く、その顔立ちは端正でありながら堅物一辺倒。


 そんな男は、女子寮の入り口横に立ち止まると、カーテンの閉められた窓の群れを見上げ……声を張り上げた。


「総員、傾注!」


 良く通るバカでかい声である。その声に、何事かとばかりにカーテンが開かれて行き、寝起きらしい女学生たちが一様に、不審者を見るような視線を男へと向けた。


 けれど不審者はまるでひるまず、堂々と名乗りを上げる。


「こちらはザイオン軍特務遊撃部隊所属、ヴァン・ヴォルフシュタイン中佐である!サシャ・マークス!直ちに出頭せよ!繰り返す、直ちに出頭せよ!」


 その男の声に、見下ろしている女学生達は口々に何かを呟き、ある者は部屋へと戻って行き、ある者は不審者――ヴァンの見物を続ける。


 だが、そうして動く窓々の最中、目当ての女子生徒の部屋だけは、カーテンがピクリとも動かない。


(5階……右から3つ目)


 その位置にあるサシャ・マークスの部屋の窓を睨みつけながら、ヴァンは続けた。


「サシャ・マークス!我らザイオンの代表としてこの聖ルーナに入学している貴官には、ザイオンの、そしてその現地指揮官である俺の意向に従う義務がある!来たる祭典に置いて、ザイオンの文化的教養の優位性を他国に示す必要があるのだ!だと言うのに貴官は、まだ、参加書類すら提出していない!これは重大なザイオンへの背信行為である!直ちに出頭しろ、サシャ・マークス!そして……ミス聖ルーナコンテストへの参加を表明せよ!」


 その融通の利かなそうな呼びかけに、やはりサシャの窓は動かない。そして見物していた女子生徒達は顔を見合わせ、口々に言い合っていた。


「……何言ってるのあの人。誰?」

「ヴァン先生でしょ?あの、地味そうな授業の……」

「ああ。ザイオン式兵站学だっけ?」


 そうして女学生達は呆れに似た視線をヴァンへと向けた。それらを前に、ヴァンは言う。


「繰り返す!サシャ・マークス!直ちに出頭しミス聖ルーナコンテストへの参加を表明せよ!そして優勝するのだ!ザイオンの文化的優位性を他国に喧伝する為、貴官が祖父、敬愛するレオナルド・マークス大佐殿からのご期待に応えるため!そして何より……貴官を旗印に俺の“ザイオン式兵站学”の授業に生徒達を呼び込むために!」


(((めっちゃ私情だ……)))


 様子を眺めている女子生徒たちは心の中で思った。


「ミス聖ルーナコンテストの参加書類の提出期限まで、もはや一刻の猶予もない!サシャ・マークス!直ちに出頭せよ!参加書類の記載内容については、問題ない。貴官が模範的なザイオン市民であると仮定し、あらかた俺がザイオン式に記載している!」


(((勝手に書いちゃったんだ……)))


「好きな食べ物は角砂糖!趣味は軍事教練!好きな本は我らが敬愛なるレオナルド・マークス大佐著、“ザイオン式人生論”とした!」


(((色々ヤバイ国の人だ……)))


「だが、この俺をもってしても、知りえない必須項目が参加書類には存在した!だから、サシャ・マークス!この際、良いだろう。出頭のぜひは問わない。ただこの場で口頭で、必要事項への回答を貰いたい!サシャ・マークス!貴官の身長、体重及び……スリーサイズを回答せよ!」


(((なんて堂々としたセクハラ……)))


「繰り返す!サシャ・マークス!スリーサイズを回答せよ!本来なら書類の偽造はザイオンとして恥ずべきことではあるが……貴官の体形を鑑みて、そしてザイオンの国威、文化的優位性の発露を至上命題として、俺はこの瞬間、寛容さを見せつけよう!3センチまでの誤差は許容する!」


(((あの大人盛れって言ってる……)))


「繰り返す!サシャ・マークス!直ちに出頭、もしくは公式発表となるスリーサイズを回答せよ!これは最後通告である!返答がない場合は……実力行使に移行させて貰う!」


「実力行使って、どういう事……?」

「女子寮に侵入してくるんじゃない?まあ、もう敷地内に不法侵入して来てるけど……」

「誰か先生呼んできた方が良いんじゃない……?」

「いや、あの人先生だから……」


 ざわざわ、窓から顔を出す女子生徒は言い合っていた。

 けれど依然、サシャの窓は動かない。それを見上げ……やがて、ヴァンは呟いた。


「返答はなし、か。良いだろう、サシャ。ならば、実力行使に入らせて貰う」


 そしてヴァンは懐から何かを取り出した。


 細長い瓶だ。中に赤い液体の入った瓶。それを、ヴァンは自分の足元へと投げ捨てる。


 次の瞬間。パリンと割れた瓶の最中から、真っ赤な液体が飛び散り――けれど地面に落ちずにふわりと浮き上がり、ヴァンの右手へと巻き付いていく。


 魔術だ。自身の魔力を操り奇跡を為す技術。

 いや、あるいは今ヴァンがやっているのは、その上位。奥義に当たる技術かもしれない。


 この世界の全ての物体は、魔力を持っている。そして、魔術とは自身の体から魔力を放ち奇跡を為す術。ならば、……魔力自体の宿っている肉体の一部を代償に捧げてしまえば、より強力な力を手にする事ができる。


 そんな、会得者の少ない強力な魔術こそ、“代償魔術”。


 瓶詰めした己の血を操るヴァンを見下ろし、窓から眺めていた生徒が呟いた。


「血の、代償魔術……」

「本当に、あの人英雄だったの?」


 同時に、ざわざわと言う騒ぎが女子生徒の間に広まっていた。

 軍事都市国家ザイオンの英雄。一騎当千、世界最強格の魔術師……。


 驚愕の呟きのまま女子生徒達が見下ろす先、“鉄血の覇者”ヴァン・ヴォルフシュタインは懐からメジャーを取り出し……言い放った。


「……サシャ!お前のスリーサイズ。この俺の実力をもってして、測らせて貰う!」


「「「「最低の最強だ!?」」」」


 少女達は叫び自分の事のように怯えて体を抱いていた。

 それらの視線をヴァンは当然のように無視して、跳ね上がる。


 ただのジャンプである。ただの……世界最強格の身体能力を持つ男の、跳躍。


 たった一足で五階の高さまで辿り着き、操る血を足場に変えて、ヴァンは悠々と5階の右から3つ目の窓へと歩み寄る。同時に、ひとりでに動く血がサシャの窓へと侵入を果たし、中から窓のカギを、開けた。


「ど、どうしよ!先生!先生!」

「だから先生あの人だし、多分あの人先生の中でも最強だし」

「性質悪すぎるよ……」


 周囲で少女達が騒いでいたが全て無視して、ヴァンはサシャの部屋の中へと堂々と侵入を果たした。そうして、部屋の中を見回す。


(……いない?逃げたか?いや……)

「そこか!」


 誰もいない、少々散らかったサシャの部屋。その奥にあるクローゼットへとヴァンは叫びと共に視線を向け、同時に血がクローゼットへと殺到し、隙間からその最中へと入り込んでいく。そして、次の瞬間。


「あ!……うわ!?」


 そんな悲鳴と共に、蛇のような血の縄に巻き取られて、一人の少女がクローゼットから引きずり出されてきた。


 小柄な少女だ。金色の長髪はぼさぼさで、灰色の瞳はどこかやる気なさげ。着ているのはぶかぶかのジャージ。


 そんな少女――サシャは、血の縄に囚われたまま、呟く。


「もう~~。だからさ、ヴァンにい。何回言われても私出ないって言ってるじゃん。めんどくさいし……。そもそもリリちゃんとかロゼさんとか出るんだよ?そんなん私が出たってさ、勝てる訳……え?あれ?」


 ぶつくさ文句を言っている途中で、サシャは怪訝な表情を浮かべた。


 そんなサシャの体が、持ち上げられている。いや、吊し上げられていると言った方が正しいかもしれない。手枷のように手首を捕え上げる血に両手を持ち上げられて、サシャは吊るされていた。


 そしてそんなサシャへと、“鉄血の覇者”は歩み寄ってくる。手に持つ巻き取り式メジャーを、シャ~……っと伸ばしながら。


「……じょ、冗談だよね、ヴァン兄?」

「俺は常に本気だ。安心しろ、サシャ。服の上から測ってやる。それでだいたいプラス3センチぐらいになるだろう」


 世界最強格の男は、サシャへと歩み寄り続ける。それを前にサシャは頬を引き攣らせ……やがて、抵抗を諦めたように肩を落とした。


「ハァ。……ウエストだけは直に測って貰って良いですか?」

「良いだろう。それも、ザイオンの為だ」


 そして英雄は、捕えた少女のスリーサイズを測りだした……。

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