4章 電撃攻勢

 3日で仕上げます。ルーナと共に赴いた仕立て屋で、1週間後に間に合わせてくれと倍額払ったヴァンに、店主はそう約束していた。そしてその二日後には、完成したドレスを受け取ったと言う報告をルーナから受けた。今頃、その衣装はサシャの元に届いているだろう。


 到着し次第すぐ動いてくれ。作戦を立案したルーナはそう言っていた。

 収容の準備が整っていない。暫し待機しろ。鉱山傍で合流したユニオンの現場指揮官はそう言っていた。ヴァンを足止めして鉱山にいる連中に情報を流したいのか、色々飛び越えて上から来た急な命令に現場としてやる気が出ないのか、あるいは聖ルーナの占拠を視野に入れているから余計な捕虜など抱えたくないのか。


 どれだかわからないが、実際にヴァンが制圧に動いて良いと言う許可を得たのは、到着から4日後の事だった。


 上層部と現場。現場指揮官と傭兵よりも、商人と上客の方が幾分誠意ある関係性を構築できる。そうぼやいていたのは……どうせ師匠だろう。


(……こう言うのは変わらないんだな、結局。戦争中から変わらない)


 胸中ぼやきながら、ヴァンは一人。夜の荒野を鉱山へと向けて歩んでいく。


 山というより丘。絶壁が月夜の最中に聳え立っていて、その手前にある古ぼけた街並みの最中に、篝火がいくつも見える。


 地形や立地は頭に入っている。遠い昔――それこそ“都市国家戦国時代”よりも前の時代に作られた鉱山だ。そこへと歩み、懐から血の入った小瓶を取り出しながら、ヴァンは月夜を見上げ胸中呟く。


(最終選考は、いつだ?……2日後か?まだ、間に合うな……)


 ヴァンが引っ張り出した末、サシャが辿り着いた晴れ舞台だ。優勝云々、ヴァンの“ザイオン式兵站学”への生徒集め云々、……そう言う事情は脇に置いても、見に行きたい。


 ドレスまで贈っておいてその後放置ではサシャが拗ねるかもしれない。いや、拗ねすらせず諦めて受け入れてしまうだろうか。師匠との関係性のように。


「……説得。出来ればな、」


 それが最良である。サシャにとって……あるいは師匠にとってもきっと、最良の選択だ。


 そしてその説得を仕切ることが極めて難易度の高い事であるとも、ヴァンはわかっている。そもそも一度、ヴァンはブラドを殺す選択をしたのだ。その上で今度はなどと虫の良い話であることはこの上ないし、現実問題として結局今、ヴァンはブラドの敵としてしか動けない。


 師匠は襲撃を企てているのだ。だからそれを阻止しなければならない。


(結局何もかも同じなのか。2年前と……)


 静かに、アンニョイに。……これから戦闘に赴くとは思えないようなことをぼんやりと考えながらヴァンは歩んでいき、やがてその姿が篝火に照らされる。


「あァ?なんだお前……その服、ザイオンの」

「ボスと同じ傭兵崩れか?……食い扶持失くして仲間になりに来たのか?」


 歩哨、だろうか。松明を手にした男が二人、ヴァンの目の前に立ち塞がった。


 汚い身なりをしている。だが、その身なりの割に姿勢が良い。元々訓練を受けていたのか、あるいはブラドが仕込んだのか。


 どちらであれ、そこらの山賊よりは動けるだろう。


 そう見て取りつつ、けれど焦ることも動じることもまるでなく、ヴァンはその顔から表情を消して、答えた。


「おそらく、……俺はそのボスの弟子だ。けれど、お前たちの敵でもある」

「ハァ?」


 怪訝な表情を浮かべる男達へと、ヴァンは歩み寄った。

 そんなヴァンを前に、男達は身構え――けれど、今更身構えるようではもう遅い。


 ヴァンが二人に何かを投げつける。

 小瓶だ。ヴァンの血の入った、小瓶。宙に浮かんだそれが、突如としてパリンと、内側から弾ける。


 その場にまき散らされたのは、血だ。ヴァンの血。血の代償魔術の使い手の武器。


 宙に舞う血はすぐさま意思を持つように動き、歩哨らしき二人へと襲い掛かって行く。


「な、」

「――クソ、」


 声を上げる二人の動きは対照的だった。

 片や、驚いたように動きを止める。片や、即座にその場から飛びのき、襲い来る血を躱す。


(動きの良い奴がいるな)


 ただそれだけを考えて、ヴァンはただただ、敵陣へと歩んでいく。


 そんなヴァンの横で、躱さなかった男の首にヴァンの血が蛇のように絡みつき、締め上げ窒息させていく。


 気絶したのだろう。ヴァンの血に締め上げられた男がぱたりとその場に倒れ――躱した男は顔を顰め、ヴァンを睨みつける。


「……ヴァン・ヴォルフシュタインか。クソ、」


 そして次の瞬間、その男はヴァンへと松明を投げつけ、踵を返して陣地の奥へと逃げ出していった。


(判断も良い。……ある程度以上の戦闘経験もある、)


 投げつけられた松明を宙に舞う血で弾き飛ばしながら、ヴァンはやはりそのまま、ただただゆったりと、敵陣の奥深くへと歩んでいく。


 今逃げて行った奴は、仲間にヴァンの襲来を知らせるだろう。それを阻んでしまうことは出来る。だが、ヴァンは見逃した。


 ――迎撃に向こうから出て来てくれた方が、処理が楽だから。


 ふと、周囲で騒ぎが起こる。鐘の音がどこかから鳴らされ、男達の叫び声が古ぼけた街の最中に響き渡り、荒い足音がそこら中から響き渡る。


 その戦時下良く聞いた音に僅かに顔をしかめながら、ヴァンは腕組みしただただ歩んでいき――。


 ――ふと、ひゅんと、風切り音が鳴った。


 矢だ。即座に武器を手に取り、この夜の中正確にヴァンに矢を当てる技量を持った奴がいたらしい。


 歩み続けるヴァンの頬に、飛来した矢は命中した。けれどその一矢はヴァンの頬を貫くことはなく硬い物に弾かれたかのように逸れていき、ヴァンの頬にはただただかすり傷だけが残る。


 そのかすり傷から血が流れ、流れたそばから宙に浮き……そしてヴァンは今矢が飛んできた方向に視線を向けた。


 物見台がある。その上で弓を手にした男が、信じられないモノを見たとばかりに目を見開いていた。そんな男へと、ヴァンの周囲を舞う血の一部が飛んで行き……首に絡まり締め上げる。


(100人程と聞いていたが……。雑兵ではないのか?まあ、師匠の兵なら当然か、)


 胸中呟き、ヴァンは左に視線を向けた。その視線の先――物陰から一人、剣を手にした男が突っ込んできていた。


 一閃が振り抜かれる。それをけれどやはり、ヴァンはただただ眺めるばかりで躱そうとも防ごうともせず――。


 カン!鳴り響いたのは、そんな硬質な音だ。


「なッ――、」


 切り掛かってきた男は、驚愕の声を上げる。その手の剣は、ヴァンの肩口に食い込んでいた。ほんの僅かに――薄皮一枚裂いた程度に。


 硬いのだ。ヴァンの肉体の硬さ、強度が、およそ人間のモノとは思えない。

 それこそ鉄でも打ったような感触が、痺れが剣を握る男の手にはあり……そして、そんな男を、ヴァン・ヴォルフシュタイン。


 “鉄血の覇者”は腕組みしたまま冷淡に眺め、言った。


「良い腕だ。余生を牢獄で過ごすには惜しい。……これは虫の良い話だとは、分かっている。だが、提案だけさせてくれ。逃げて、どこか平穏な場所で、静かに暮らせ。戦争はもう終わったんだ」


 そう言ったヴァンを、剣を握った男は睨みつけ、叫んだ。


「俺だけ生き残った……。俺だけ、平穏の中でなど!」


 叫び声と共に、その男は再び剣を振り上げる。その刀身が、僅かに揺らめく。

 光?いや、風か何かだろう。そう言う魔術を剣に乗せ、――斬鉄を試みるらしい。


(喰らってやっても良いな)


 覇者はそう思った。それで振り上げた刃がへし折れるなら。

 けれど、たとえ剣を折ったところで、挑む気概は消えないだろう。男の目にはそんな暗い熱さがあった。


 だから――、


「う、……が、」


 振り上げられた男の手首。あるいはその首に血が絡みつき締め上げていき、やがて男の剣に宿っていた揺らぎが消え、剣を取り落しながら、その男は気を失い倒れ込んでいく。


(……説得は、難しいな。制圧の方が幾分も楽だ)


 胸中呟き、ヴァンはそのまま歩んでいく。

 やがて、ヴァンは広場に辿り着いた。この鉱山、この街の中心だろう。


 ど真ん中に一際大きい篝火のある広場。そこに踏み込んだヴァンを取り囲むように、武器を手にした男達が、ヴァンを睨みつけていた。


「ヴァン・ヴォルフシュタイン……英雄か、」


 ある者は戦闘を心待ちにするように嗤い。


「覚えているぞ……お前は仲間を殺した。恨む気はない。だが、許す気もない」


 ある者は昏く稀代の殺人鬼を睨みつける。


「お前も戦争で成り上がったんだろう?俺も……」


 若そうな奴もいる。千差万別、この時代にまだ武器を手にしている理由は様々だろう。


 共通しているのは、戦争の継続を望んでいる事。そして、師匠の言葉に乗せられているのだろう事。


 そんな敵の群れを見回し、ヴァンはふと、組んでいた腕をほどいた。

 同時に、その周囲に舞っていた血が全て地面へと零れ落ち、小癪な魔術を捨て去った覇者は、コートをそこらに脱ぎ捨て、拳を握り敵を見据える。


「――そちらにも事情はあるんだろう。俺にも、事情がある。俺の勝手で、俺の流儀で、……説得を試みさせてもらう。来い、雑兵共。憂さ晴らしの相手ぐらいならしてやる」


 言い放った“鉄血の覇者”を眼前に、戦争にうなされた男達は、雄たけびを上げた――。


 *


 同じ頃。


 牢獄の奥深く。手かせ足かせ目隠し……そんな、この平和な学校の設備ではそれが限界なんだろう緩すぎる拘束を受けた男は、呟いた。


「お?……なんだよ、バレたのか。まあ良いさ、上々だ。個に依存し過ぎるのも考え物だな……一人散歩に行くだけで戦力3分の2だ」


 そしてブラドは身じろぎし、手枷の嵌められた両手を握り込む。その瞬間――ブラドの首に、冷たい感触が触れた。


 細く鋭利な感触。紐――ワイヤーだ。それが、ブラドの首に掛けられたらしい。

 目隠しのまま感触でそれを確認し、それからブラドは愉し気に、頭を左右に揺らす。


「んなビビんなよサラちゃん。それとも何か?俺が血ィ出す手伝いしてくれんの?」


 言いながらワイヤーで自分の首を切ろうとする。だが、流石にそれをするとブラドがやりたい放題になるとわかっているのだろう。髪の代償魔術……魔術で制御されたワイヤーはしなやかに、ブラドの肌を裂こうとはしない。


「あ、そう……。ただビビってるってだけか。力量差を理解してる訳。英雄、英雄、英雄。見上げる分には一括りだ。だが、全員完全に同じ強さな訳ねえよな。英雄並みの人材がこの都市に4人いる。誰が一番強いのかは知らねえよ。けど、一番ザコでカスなのはテメエだよ女」


 嘲笑したブラドに、サラは応えない。ただ、苛立ちはしたらしい。首を締め上げてくるワイヤーの力が強くなった。


 けれどそれすら嘲笑う様に、ブラドは続けた。


「そもそもこの代償魔術、未完成だろ?まあ、ヴァンも似たようなもんだけどよ。血やら髪やらを操る術じゃねえ。身体の一部を代償に派手な奇跡を起こす術だ。そこまで修練しきれてねえだろ、サラちゃんよ。それとも何か?隠し玉があるか?なら見せろよ。今もう切り時だぜ、切り札の。ほら、やれよ。ラストチャンスだ。今を逃すと……大事な大事なリリちゃんが傷物になるぞ?」

「――ッ、」


 声ではない。息遣いだ。苛立ちの余りほんのわずかに、暗殺者は音を立てた。

 それを聞いた瞬間――ブラドは嗤った。


「……そこか、」


 そして次の瞬間――爆音が地下に轟いた。


 炎だ。イヤ、炎など飛び越えてもはやそれは純然たる爆発だろう。


 ただただ破壊的な魔力の群れが地下の牢獄を呑み込み壁を扉を、狙った方向にある全てを焼き打ち砕いていき――そして、ブラドの首に掛かっていたワイヤーの感触が、焼き切れるように消え去った。


「だから言ったのによ……」


 呟くブラド。握り込んだ拳で、その爪で、掌を裂いたのだろう。その手からポタリポタリと血が垂れ、垂れたそばから浮かび上がり、ブラドの手枷と足かせへと纏わりつき、それらを外していく。


 そして自由を得たブラドは、伸びをするように立ち上がると、体中をコキコキ鳴らした末、親指で目隠しをずらした。


 そうして眺めた先――壁が何層も、焼け焦げくりぬかれている。そしてその先に、黒い繭があった。


 人間大の、黒い――鉄に近い高度のワイヤーで編みこまれた、繭。

 それを見つけて、ブラドは面白がるように言う。


「おお、流石に防いだか。やるじゃん、サラちゃん。……三下の割によ、」


 そうブラドが嘯いた瞬間――黒い繭の一端が解け、その奥から、殺意のこもった美女の瞳が、ブラドを貫いた。


 同時に、その空間全てに、風切り音が鳴る。


 目を凝らさなければ見えない程に細いワイヤーの群れ。それらが獰猛に、空を裂き瓦礫と化した壁を裂き、ブラドへと襲い掛かってくる。


 けれどそれを前に、ブラドは動じる気配なく、呆れたように呟いた。


「遅いんだよ。……ラストチャンスはもう吹き飛んだ」


 瞬間――空間を埋め尽くしていた風切り音が消え去った。同時にはらりと、サラの身を守っていた黒い繭が全て、ほどけて落ちる。


「な、……これは、」


 呻くように呟き、自分の体を抱きしめながら、サラはその場にしゃがみ込んだ。


 そんなサラの足に、……最初の爆炎と同時に周囲に飛ばしていたのか。意思を持ったような血が這いまわっていて、サラの足を浅く裂くと、その切り傷から体内へと滑り込んでいく。


 瞬間、


「あ、……っ、」


 嬌声の様な声を上げかけて、サラは酷く苛立たし気に、ブラドを睨みつけていた。

 そんなサラへと、頭を掻きながらブラドは歩み寄る。


「んな怒んなよサラちゃん。……言っとくけど俺のせいじゃねえんだぜ?これ、なんでか女に変な効き方するんだ。まあ、大抵の奴はすぐ完全に人形になってなんもねえんだけど……耐えられちまうような奴はな、ちょっと気持ちよくなっちまうみてぇだ。まあ、戦争し過ぎて完全に武器になっちまってっけど、元々はそう言う魔術だったのかもな……」


 言いながら、ブラドは身動きできなくなっているサラへと歩み寄ると、血の滴る手をサラへと差し出す。


 それを、……血の代償魔術の作用でだろう。僅かに紅潮した頬で、憎々し気に睨みつけ、サラは嗤った。


「品のない真似を、するんですね。……ケースの指輪が泣きますよ?」

「……ハッ。どっちにしろもう泣いてるさ。16年前にな、」


 嘲笑うような呟きと共に、ブラドの手から夥しい量の血が零れ落ちていき、サラの身へと被さって行った……。


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