背後で雷迅と鉄線がぶつかり合い、浮島が揺れ爆音が響き渡っている。

 そしてそんな戦場の向こうで、今回の予選は諦めたのだろうか。


「次の種目何かな?」

「無茶苦茶じゃないと良いよね?」

「でも、理事長だからな……」


 他のミスコン参加者は暢気にお喋りを始めていた。そんな光景を眺め、爆心地を越えまた駆け出しつつ、サシャは胸中呟く。


(結果論だけど、上位になったな……。なんか私そう言うのばっかりな気がする)


 運が良いと言うべきか、悪いと言うべきか。そんなことを考えるサシャまでロゼは追いついてきて、声を投げてきた。


「フゥ。……サシャ。なんでお前そんなに匍匐前進速いんだ」

「ザイオンだと子供の頃からやるし。あと……邪魔なパーツが少ないって言うか小、……ね?それより、この流れだと次いるのって……」

「正々堂々勝負しような、サシャ」

「う~ん、どうしよっかな~」


 正直別にミスコンで勝ちたいと思っている訳ではないが、どうせ勝てるなら勝ちたい。


 そんな風に、さっきリリが浮かべていたのと似たような悪だくみするような笑みをサシャは浮かべ……やがて二人の視野に、最後の障害が見えた。


 ヴァンである。浮島のど真ん中に腕組みして突っ立っている、“鉄血の覇者”ヴァン・ヴォルフシュタイン。


 そんなヴァンの前で、……リリが何やら右往左往していた。


「……通して、ヴァン教官?」

「悪いな、リリ・ルーファン。俺は最終防衛ラインだ」

「……邪魔しないで?」

「悪いな、リリ・ルーファン。俺は邪魔をしろという命令を受けている」

「……幾ら欲しい?」

「悪いな、リリ・ルーファン。戦場に立った上で金で陣営を変える事はない。傭兵として、それは信用問題になるからな」

「……むぅ、」


 拗ねたように呟いたリリが、右に通り抜けようとする。

 ――その瞬間、腕組みした英雄は瞬間移動の様な速度でリリの前に立ち塞がった。


 それを嫌がって今度は左に通り抜けようとするリリ。

 ――その瞬間、腕組みした英雄は瞬間移動の様な速度でリリの前に立ち塞がった。


 魔術は使っていないらしい。だが、身体能力一つで、ヴァンは腕組みしたままリリの往く手をふさぎ続けている。


「……ウチのバカやサラ・ルーファンより、やる気がないのか?」

「いや、多分そうじゃなくて……なんか変な遊び覚えちゃっただけな気がする」

「変な遊び?」


 ロゼが首を傾げた先。

 また突破しようとして腕組みしたヴァンに通せんぼされたリリは、拗ねたように言う。


「むぅ。……通して、ヴァン教官」


 通せんぼされて右往左往する水着の美少女を前に、“鉄血の覇者”ヴァン・ヴォルフシュタインはフッと笑みを零すと、言った。


「悪いな、リリ・ルーファン。通す訳にはいかない。……これはこれでなんか楽しいしな!」

「またダメな文明に目覚めちゃってる……。女の子通せんぼして喜んでるだけだよ、あの21歳」

「……難儀な人だな」


 呆れたようにロゼは呟いた。そんなロゼを横に、サシャはそれこそイタズラするような笑みを一瞬だけ零し……そして次の瞬間、一気に駆ける速度を上げた。


「でも今回は珍しく褒めてあげるよ、ヴァン兄!足止めありがとう!最終選考出るから今度こそ可愛いドレス買ってね!」

「サシャ、お前……」

「あ……。追い付かれちゃったの」


 口々に呟くロゼとリリを横に、最終障害物が身内だったサシャは、向こうに見えるゴールテープへと向けて、勢いよく浮島を駆け出した。


 だが、次の瞬間――。


「――悪いな、サシャ」


 そんな呟きと共に、楽々突破しようとしたサシャの前に、腕組みしたヴァンが立ち塞がる。


「え?……ヴァン兄、私の邪魔もするの?なんで?」

「今の俺は最終防衛ライン。誰も通すなと理事長閣下より厳命を受けている。命じられた以上、俺はこなさねばならない」


 融通利かなそうな顔でそう言い放ち、サシャの往く手をふさぐヴァン。それを横目に、ロゼは言う。


「この隙に――」

「――隙などあると思うか?」


 その言葉と共に、勢いのまま突っ切って行こうとしたロゼの目の前に、腕組みしたままのヴァンは移動していた。


 それを横目に、サシャとロゼは同時に、何も言わずゴールテープへと駆け出そうとして――。


「「「……甘いぞ、リリ・ルーファン。サシャ・マークス。そして、ロゼ・アルバロス!」」」


 次の瞬間、リリとサシャの目の前にも、腕組みした“鉄血の覇者”は姿を現す。


 そう、3人の前に、だ。まるで分身しているかのように、3人のヴァンがそれぞれ、サシャ達の行く手を阻んでいた。


「これは……分身する魔術、か?」

「ヴァン教官、そんな魔術使えるの?」

「いや、違うよ。これ多分……」


 三者三様に呟いた少女達の前で、分身しているヴァンはフッと笑みを零し、言う。


「「「その通りだ、サシャ。これは魔術ではない。鍛え抜かれた肉体の神秘……。これぞ、ザイオン式反復横跳びである!」」」

「「ザイオン式反復横跳び……?」」

「別にザイオン式じゃないよこれ。ただただヴァン兄が化け物だから反復横跳びで残像出てるだけだよ?ザイオンに出来る人他にいないよ……ハァ、」


 そんなため息一つ。腕組みしているヴァンの残像を腕組みして見上げ、サシャは言う。


「ヴァン兄。私は通してよ。ここで1位になったら私最終選考に行けるよ?そしたらさ、私も目立って、ザイオン式兵站教室の生徒も増えるんじゃない?」

「――甘えるな、サシャ!」

「えぇ……?」

「確かに、ここで俺が手を抜けば、お前は最終選考に行けるだろう。だが……それは行っただけだ!お前が勝ち取った勝利ではない!その勝利に、生徒達はいかほどの価値を見出すと言うのだ!皆無と、呼んでも良いだろう。リリ・ルーファン!ロゼ・アルバロス!……お前達もまた、我がザイオン式兵站教室の生徒である!だが、だからこそ!俺は甘えた顔をするわけにはいかない!勝利を拾うな、勝ち取っえみせろ!俺と言う英雄を越えるのだ!不利を覆すその姿にこそ、人々は見るだろう。ミス聖ルーナの栄誉ある姿を!」

「ヴァン先生……」

「この人急に熱血教師みたいなこと言い出してるの……」

「ヴァン兄。本音は?」

「フ。……もうちょっと俺と遊んでいけ。華やかな水着の少女達よ!」

「ヴァン、先生……」

「何でもかんでも正直に言うのって、良くないと思うの」

「変な遊び楽しくなっちゃっただけじゃん」


 三者三様……ではなく。一貫して残念な大人を見るような視線で、サシャ達はヴァンを眺めた。

 それから、3人は顔を付き合わせる。


「これ、どうやって突破するんだ?難儀な人ではあるが……本当にただ残像が見えているだけだとするなら、普通に突破できないぞ?フィジカルに差があり過ぎる」

「……う~ん。あ、でも、反復横跳びなら、このままほっとけばそのうち勝手に疲れて勝手に戦線離脱すると思うの」

「いや、ヴァン兄ホントにフィジカル化け物だから。下手すると一週間くらい反復横跳びし続けるよ……」


 会議を始めた3人は同時にヴァンに視線を向けた。


 その視線の先、残像を出し続けているヴァンは満足げに言った。


「「「フ……困れ。困るが良い水着の少女達よ!」」」

「文明の開化度が10代前半くらいで止まっちゃってるんだけどね」

「私達を困らせて遊んでいるだけだと言うのか?」

「凄くめんどくさい大人なの……」


 3人は呟き、そしてまた顔を付き合わせる。


「で?どうするんだ?案がある者は?」

「愛嬌と袖の下が効かないとリリもう何も出来ないの。それ以上頑張る気もないの」

「う~ん……」


 サシャは腕組みし暫し考え、それからチラッと背後の景色を眺めると、言う。


「……ちょっと、案。あるんだけど。協力して貰って良い?」

 

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