間章 崩壊歴251年11月/狂人と親殺し
夜の廃教会を、鮮血と炎が赤く赤く染め上げていく。
元から朽ち落ちていた天蓋は煤に塗れ焦げては落ち、火花と灰を鮮血に染まったカーペットにまき散らす。
熱気と煙が鉄臭い空間に渦巻き、焼け崩れる壁が窓がステンドグラスが、砕け散ってはその場の滅びを加速させていく――。
そんな終幕の舞台のただ中に、一人の男が立ち尽くしていた。
黒い装飾。ザイオンの軍服を自分の物とも返り血ともつかない血に濡らし、真紅の瞳から感情の全てを消し去って、ただただ敵を見下ろす“鉄血の覇者”。
ヴァン・ヴォルフシュタインは、その手に逆手に握った大槍――血の代償魔術で作り上げた槍を眼下に向け、呟く。
「なぜ、ですか……」
感情の欠け落ちた声。努めて、感情を殺した瞳。そして殺意と共に翳した切っ先。
その全ての向かう先で倒れていたのは、既にほとんど死に体の、真っ赤な血に染まった男だった。
黒髪に灰色の瞳の男だ。端正だっただろう顔に野蛮な笑みと無精ひげを生やした、……ヴァンと同じくザイオンの軍服、黒いコートを着ていた男。
その男を冷たい瞳で見下ろしながら、ヴァンは言葉を継いだ。
「なぜ、裏切ったのですか、師匠。ザイオンを……何もかもを、」
問いかけたヴァンをその男は見上げ――やがてその顔に、人を小馬鹿にするような、あざけるような笑みを浮かべる。
「ハッ。……俺がザイオンを裏切ったんじゃねえ。ザイオンが俺達を裏切ったんだ。聖ルーナ平和協定?平和?今更?ハ、ハハハハハハ!笑わせるぜ、まったく……。俺達は戦争の中でしか生きられねえ。戦争が愉しくて仕方ねえ。お前もそうだろ?こっちの人間だ」
「アナタは、違ったはずだ」
「違ってねえよ……。だから結局、殺し合った。だから結局このザマだ。ハッ、まあ……俺としては、悪くねえ気分だ。最後に派手に遊べたんだからな。これで良いのさ……最高に気分が良いぜ。さあ、ヴァン。勝ったのはテメエだ。殺せよ」
「………………」
「そのために来たんだろう?殺すために生きてるんだろう?俺がお前をそう育てた。条件反射だ。人を殺した時だけパパはお前を褒めてやった、良い子だ。ヴァン……。殺した数だけ角砂糖をやるよ。ほら、今目の前にあるのは大将首だぞ?……殺せ」
「…………………」
「殺せ、」
「…………………」
「……殺せェッ!」
男。師匠。――“鮮血の道化”は吠えた。
その瞬間、ヴァンは思考も何もかも全てを捨て去ったかのように、完全にその表情を殺し切り、大槍を男の心臓へと、突き刺しだ。
ぐしゃりと、心臓を――命を貫いた感触が、ヴァンの手に走った。
「は、ハハ……そうだ。これで良い。良い子、だ、ヴァ……ン。先に逝くぜ?地獄でまた、遊、……」
最後まで嗤って逝った“鮮血の道化”の体から、瞳から、意志と狂気が消え去って行き、やがてどこか眠るように、その男はこと切れた。
それを、ヴァンは感情を殺したまま見下ろし……やがてふと身を屈めると、男の首からドックタグを引きちぎり、それだけを手に、その場に背を向ける。
廃教会が焼け落ちて行く。墓標ごと火葬され消え去って行くように、ブラドの身体もまた、炎に呑まれていく。
その全てにただただ背を向け、勝者のはずが敗北を喫したかのような酷く沈んだ表情で、ヴァン・ヴォルフシュタインは歩み去っていった。
その手にある、ドックタグ。認識票。そこには、師の名前が刻まれていた。
“鮮血の道化”――ブラド・マークス。
ただその名前を握り締め、弟子は、息子は、兄は。まだ19歳の青年は、夜道を帰路へと歩んでいった……。
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