「いや~、まったく。ずいぶんとはしゃいでくれたもんじゃのう。わらわの思い付きの平和的イベントを台無しにしようとしてくれおって……」


 イベントホールの奥にある、会議室の様な場所。その上座にふんぞり返る年齢不詳見た目年齢10歳ちょっとの白髪赤目の幼女。


 理事長のルーナを前に、ヴァンとルークとサラ……3人の英雄は直立不動の姿勢を取っていた。


 ミスコンの初日。出場者紹介のイベントは先ほど終わった。参加者の内狙われた可能性の高い3人、サシャとロゼとリリの3人は、別室で待機している。


 そんな状況下で、ルーナは懐から取り出した扇子で顔を仰ぎながら、言う。


「……で?アヤツは何か吐いたか?」

「ほぼ自意識がない状態のようで。身元の確認はまだですが、ほとんど情報は得られないかと。ただ……後ろにいる奴は愉快犯ですね」


 ツラツラそう報告し、サラはルーナの目の前に何かを置いた。

 紙だ。ただのメモ紙。そこに掛かれていたのは、“A.P.A”という何かの頭文字。


「これは?」


 眉を顰めたヴァンへと応えたのは、ルークだ。


「“A.P.A”。“戦争教導団Anti Peace Aggressor”。……平和になって食いぶちと生きがいを失くした破滅主義者共だ。知ってるだろう?」

「……噂くらいならな」


 “戦争教導団”。それは、組織ではなく、思想だ。


 聖ルーナ協定によって平和になった世界。そこに順応しきれず、再びの戦争を望む者達の総称にして、スローガン。


 どこか難しい顔をしたヴァンの前で、ルーナは言う。


「まあ、わらわの敵じゃな。わらわが平和にした世界が気に喰わない奴ら。じゃからまあ、わらわを狙ってくれるなら話が早かったのだが……。目立つ場で令嬢を殺したかったのかの。この人質学園で」


 人質学園。それは、この場所を一番現実的に見た時の呼び方だ。


 平和協定に同意した各国から、令嬢が最低一人ずつ送られてくる場所。平和協定に反した場合に、その令嬢の身柄の安全は保障できないと言う暗の脅しの様なモノである。


 平和の象徴にして、平和をつなぎとめる楔。

 そこでおきかけた襲撃事件だ。


「何かがあれば連鎖的にまた憎しみが広がりかねん。で?狙われたのは誰か、心当たりはあるか?」

「正直、あり過ぎますね」

「恨みを買うのは常勝の帝国としては仕方ない」

「うむ。……ヴァン・ヴォルフシュタイン。お前は?ザイオンも恨まれる相手には困らんか?」


 そのルーナの言葉に、ヴァンは暫し腕組みしたまま考え込み、それから言った。


「確信も根拠もありません。ただ……師がちょっかいを掛けてきた気がした」

「師匠……“鮮血の道化”、だったか?お前の名が売れる前に、ザイオンの英雄と呼ばれていた男じゃな。確か、名は、」

「ブラドです」

「ああ、そんな名じゃったな。……死んだと聞いた気がするが?」

「はい。……師匠はザイオンが平和協定を受け入れるのを嫌い、反乱を起こした」

「反乱?」

「クーデターです。軍事都市国家が平和協定など屈してどうなる。傭兵産業がなくなればザイオンは飢えるだけだ。そう言う大義名分を掲げて、ザイオンの中で賛同者を募り、ザイオンを掌握しようとした。そして……俺が殺した。確かに心臓を貫いた。はずでしたが、」

「実は生きていた、か?」

「死体の確認までする余裕はなかったので。俺も師匠も、……殺しても死なないから英雄とまで呼ばれた。甘かったかもしれません」

「ほう……。もし仮に今“戦争教導団”を名乗っている奴がそのブラドなら。狙いはお主か?」

「わかりません。俺への復讐は、……師匠は考えない気がする。ただ、戦場だけが自分の居場所だと思っている男です。また戦争の多い時代に戻す為に、大国の令嬢を狙ってここに来た。そこに俺を見つけたから面白がって声を掛けてきたんでしょう」

「遊ぼうぜ?……お前はこっちだろ?ですか?」


 呟いたサラに、ヴァンは頷く。


「似たことを前言われたことがある。洗脳に関しても……俺には扱い切れないが、血の代償魔術はそもそもそう言う術式だ。自分の血を混入させた相手を操作する。わざわざミスコン中に襲撃してきたのも……師匠ならやる。面白がって派手な場で大国の令嬢を殺そうとするだろう。“戦争教導団”の思想も、師匠の思想とほとんど変わりない」

「状況証拠だけ揃っていると言う訳か」

「だが、根拠があると言う訳でもありません」

「ふむ……。師匠、のう……」


 ルーナはそう呟き、暫し顔を扇子で仰いだ末、こう言った。


「なら……別に心配することなど何もないのではないか?」

「は?」


 思わず呟いたヴァンを前に、ルーナは平然と続けた。


「止めを刺しそびれたのだろう?取り逃がした。ということはお主はその師匠よりもう強いと言う事ではないか。なら、また来たならまた撃退すれば良いだけだろう?」

「……ですが。あれは、俺に多少ツキがあったと言うだけで、また戦った時どちらに転ぶかは、わかりません」

「つまりは互角。ほとんど同格と言う事じゃな。なら、尚の事……わらわはなんの心配もする必要はないな!なぜなら~、わらわの手元にお主と同格が他に二人おるしな!ハッハッハッハッハッハ!」


 快活に笑い、ルーナは扇子で顔を呷っていた。

 そんなルーナを前に心なし眉を顰めながら、ヴァンはサラとルークに視線を向ける。


「一応立場上、今は完全に味方ですよ?」

「フン……」


 サラは呟き、ルークはつまらなそうに鼻を鳴らしていた。


「まあ、そういう事じゃ。身に余るなら余所にも荷を投げるが良い。一応、対策やら捜索やらはこちらでしておく。方針が決まったら、お主らにも何かしら指示を出すが……今日はもう良い。休め。というか休ませてやれ。お主らのように襲撃され慣れている訳ではなかろう、あの令嬢達は。ああ、それから。ミスコンは継続するからそのつもりでおれよ?」


 そう言い放ったルーナを前に、サラとルークは眉を顰める。


「わざわざまた派手に狙える機会を作ってあげるんですか?」

「このずさんな警備のまま、か?」

「名うて3人雁首揃えてずさんも何もないじゃろう?それに、雲隠れされるより動いてくれた方がこちらとしても潰しやすい。何より、この襲撃に屈して平和な祭典を中止したら、それこそ“戦争教導団”に屈した事になるじゃろう?妨害を越えて完遂せねばな!」


 そう言ったルーナに、サラとルークは微妙な表情を浮かべる。


「ギャンブルじゃよ、ギャンブル。わらわはお主らに賭けたのじゃ。こう言うのに全部勝ってきたからわらわは“奇跡の聖女”。世界を平和に導いた乙女な訳じゃ……期待しとるぞ、英雄!ハッハッハッハッハ!」


 ルーナは扇子で顔を仰ぎながら、高笑いしていた。

 それを前に、サラとルークは呆れたように顔を顰め、やがて一礼と共にその場を後にしていく。


 そんな二人を両脇に、ヴァンはまだ浮かない顔で考え続け……と、そこで、だ。


「おい、」


 去り際、ルークが声を投げてきた。それに視線を向けたヴァンへと、ルークは言う。


「……迷いがあるなら俺が殺るぞ」

「いや。……もし、本当に師匠が来ているなら、蹴りをつけるのは俺の役目だ」


 言い放ったヴァンへと「フン、」と一つ鼻を鳴らし、ルークは歩み去っていく。

 それをよそに、ヴァンはまだ、腕組みして難しい顔をし続けた。


 *


 “鮮血の道化”、ブラド。


 戦災孤児だったヴァンを拾い、ヴァンに血の代償魔術を教え、ヴァンを軍人にした男。


 ほぼ直接戦闘に特化した極め方をしたヴァンとは違い、搦め手も含めてより深く血の代償魔術を極めた、難敵。


 いや、難しいのは何もブラドが強いからだけではない。もっと他に……。


「……ヴァン兄、どうかした?」


 ふと呼びかけられ、ルーナと話していた部屋を後にしたヴァンは我に返った。


 目の前には、サシャがいる。ヴァンが出てくるまで部屋の外で待っていたのだろうか。未だザイオンの軍服を着ているサシャは、不思議そうな表情でヴァンを見上げていた。

 

「いや。何でもない」

「そう?……そっか。あ、それよりさ!ねえこれ、ちょっと見て!」


 そう言って何やら嬉しそうに、サシャは手に持つ魔導水晶板を見せてくる。

 そこに映っていたのは……ランキングだ。


 ミス聖ルーナコンテストの、リアルタイム暫定順位。どうやら全校生徒が持っているその魔導水晶板で、ミス聖ルーナコンテストの期間中、常時支持率が表示されるらしい。


 そしてその暫定順位の一番上に……先ほど体術で襲撃者を撃退した小柄な少女の名前があった。


「暫定ミス聖ルーナになっちゃった。いやまあ、……正直運良いだけな気がするけどさ。ちょっと凄くない?一瞬だけでもロゼさんとリリちゃんに勝ってるんだよ、私!」


 そんな風に微笑むサシャを前に、ヴァンはふと笑みを零し……言った。


「良くやった、サシャ。……お前の働きによりザイオン式格闘術の優位性が他国に証明されただろう。故郷の敬愛するレオナルド・マークス大佐も、お前の活躍を喜んでくれているはずだ。よって……褒美をやろう!」

「ホント!なにくれるの?可愛いドレス!?」


 と、前のめりに言ったサシャを前に、ヴァンはフッと笑みを零し、懐から何かを取り出した。


「お前にやる褒美。それは、お前の大好きな……」


 そしてヴァンは、懐から取り出した、袋。そこに詰められた半濁した結晶の群れをサシャへと差し出しつつ、言った。


「……角砂糖だ!」

「………………そっか、」


 貧しくも心温かい故郷ザイオンにいた頃はそれで大喜びしていたはずの妹分は白い眼をヴァンに向けていた。だがそれを気にせず、ヴァンは言う。


「しかも今回は特別サービスだ。角砂糖、3つ。……貴官に進呈しよう!」

「袋ごとですらないんだ……」

「嬉しいだろう?」

「う、うん。……気持ちはね。ていうかヴァン兄、角砂糖持ち歩いてるの?」

「内緒だぞ?」

「頼まれても言わないよ……。何も自慢できる点がないもん……」


 そんな事を言いながら、サシャは角砂糖の入った袋を漁りながら歩み出していく。

 そんなサシャの後、ヴァンはゆっくり歩んでいった。


 ……どこか、心配するような表情で。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る