「ねえ、ロゼさんもリリちゃんも、ドレス着るんじゃなかったの?」


 歓声を受けるステージの中央で、ルーナがマイクを手に無限に話している。

 その光景を目の前に、横一列の一番端で、サシャは横にいる二人へとそう声を掛けた。


「まともなドレスなら、着るつもりだったんだが……。ウチのバカがゴスロリしか用意してこなかったからな。数年前ならまだしも、今の私がそれを着ても無理があるだろ」

「……リリは、メイドになる予定だったの。でも、二人がペアルックしてたから。リリもそうしよって思ったにゃん」

「にゃん?……ていうか、ゴスロリとかメイドならまだ良いじゃん、むしろ着たいし。ウチなんてスクみ――」


 と、ぼやくように言いかけたサシャの耳に、ふと、足音が響いた。

 タタタ、と、誰かがステージへと駆けのぼってくる足音。


『と、言う訳でいよいよ~、平和の祭典!ミス聖ルーナコンテスト……を?』


 同じ音を聞いたのか、ステージの中央にいたルーナの声もまた止まり、一同の視線が、足音の主へと注がれる。


 何者かが、ステージへと駆けあがっていた。怪しげな風貌をした男だ。

 着古されたようなボロボロのロングコートに、無地の白い仮面。


 ステージに上がったそんな男が、サシャを睨みつけている。いや、睨んでいるのはサシャじゃない。


(私の、……後ろ?)


 ロゼか、リリ。……仮面の男が睨んでいるのは、そんな大国の要人達だ。


『むむ~?テンション上がっちゃったかの?別に今これ飛び込みOKの仮装パーティじゃないんじゃよ~?……後半コスプレ大会みたいになってたけどの、』


 その場を収めようと言うのか、冗談めかして言ったルーナの声に、観客から少し笑いが漏れていた。けれど、次の瞬間。その笑い声は、悲鳴に近いざわめきへと変わる。


 仮面の男が、懐からナイフを取り出したのだ。護身用、……にしてはずいぶん刃渡りの長い、包丁に近いような、ナイフ。


 それを抜き放った男は、次の瞬間、サシャ達へと駆け出してきた。


 狙いはやはり、ロゼかリリのどちらか、だろう。アルバロスやユニオンに恨みのある誰かなのか、あるいは別の思惑でもあるのか。


 とにかく、突如襲い掛かる刃物を持った男を前に――半分反射的に、サシャは動いていた。


(刃物相手は――)


 ――まず、ビビらない事。そして臆せず相手の懐に飛び込む事。


 ザイオン国民全員必修のザイオン式格闘術のセオリーの元、ザイオン式に襲い掛かられたらとりあえず制圧しようと、サシャは迫る男の眼前へと身を躍らせて、素早く、その懐へと飛び込んだ。


 そんなサシャへと、邪魔だと言いたげに仮面の男はナイフを振り下ろしてくる。

 その一閃は、けれど鈍い。


(……戦闘教育受けてないのかな?)


 そんな事を思いながら、迫るナイフに一切ひるんだ様子なく、サシャは更に一歩、仮面の男の懐へと潜り込んだ。


 そして上げた片手で振り下ろされるナイフ。それを握る腕を受け止め、更に勢いのまま逆の腕の肘を、仮面の男の鳩尾へと叩きこもうとして――。


「……すいません、背、ちっちゃくて」


 ――背丈的に、鳩尾より更に下にある急所の方が狙い易かった。

 結果として、サシャの肘はちょっと生暖かい気色悪い感触を貫いていた。


「――――ッ!?」


 仮面の男が悶絶する。そうして硬直した仮面の男の体の下へとサシャは潜り込み、潜ると同時にナイフを握る腕を引き、貫くように押し当てた肘を持ち上げ……更に同時に足を払う。


 背負い投げだ。一本背負いに近いだろう。自分の筋力と言うより、相手の勢いをうまく利用した投げ。


 それにより、苦悶する仮面の男の体は、軍服を着た小柄な少女の頭上を軽々舞い――そして次の瞬間。


 ダン、という音と共に、男は背中から地面に落下した。

 そうして初撃をいなした仮面の男の腕を引っ張りつつ足で肩を持ち上げ、うつ伏せにしたその肩をそのまま踏んで、そして、


「……手首をひねる、と」

「――――ッ!?」


 仮面の男はまた苦悶の叫びをあげ、極められたその手からナイフが零れ、ステージへと落ちる。


 そうして落ちたナイフをサシャは足で向こうへと滑らせ、また暴れようとした仮面の男の腕をもう一度強くひねり黙らせ……それから、サシャは一つ息をついた。


「ハァ……。びっくりした、」


(((((こっちのセリフだ……)))))


 突然ステージ上で始まった大立ち回りに、観客達は全員思った。

 そうして妙に静まり返ったミスコン会場の最中、一瞬遅れて沈黙に気付いたらしく、謎の襲撃者を組み伏せ撃退した小柄な少女は、会場を見回し……そして苦笑する。


「あ、アハハ……お騒がせしました~、」


 その直後。……間違いなく今日一番の歓声が、観客席から沸き上がった。


 *


『イヤ~大活躍じゃな、サシャ・マークス!特技は格闘術か~?』

『え、ええっと。いや、このくらいならザイオンの人は皆……』


 ステージの中央で、ルーナに呼び出されたサシャがヒーローインタビューを受けていた。


 イベント中に起こったトラブル。突然の襲撃を見事制御し、歓声を受けながらサシャは困ったようにインタビューに答えている。


 それをステージ裏のカーテン越しに眺めながら、ヴァンは呟く。


「……手出しは無用だったか」


 そんなヴァンの横に、細い糸――髪でぐるぐる巻きにされた襲撃者の男が引きずられてきて、そうやって襲撃者の身柄を抑えた、“新月の悪夢”。


 サラは当然のように捕らえた男の背中を踏みつけながら、言ってくる。


「……華を持たせたんですか?危険に晒して?」

「俺が派手にやると血生臭くなりすぎるしな」


 それだけ言って、ヴァンは懐から瓶――空になった小瓶を取り出す。と、その瞬間。


 捕えられた襲撃者の体から、ヴァンの血だろう赤い液体が周囲に漏れ出し、自我でも持つかのように小瓶へと戻って行っていた。


「ああ、そう。いつでも殺れるようにはしてたんですね」

「一応な。……それより、今はこいつだろ。ロゼ・アルバロスを狙ったように見えたが……お前の案件か、ルーク・ガルグロード」

「知らん。……リリ・ルーファンを狙ったようにも見えたぞ?ユニオンのごたごたじゃないのか?」


 そんな言葉と共に、ステージ裏に来ていたルークは、サラが足蹴にしている男の顔から、仮面を外す。


 そうして露わになったのは……特に何の変哲もない、どこにでもいそうな男だ。

 だが奇妙なのは、その顔に笑みが張り付いていることと、その目がどこか虚ろな事。


「私も知りませんね。見知らぬ男です。……何かされているようですね。洗脳の魔術……?」


 呟き、サラがその男の顔を覗き込んだ、その瞬間。


 突如ぎょろりと、笑みを張り付けた男の目が動き、その場に集った英雄達――そしてヴァンを見据えると、呟いた。


「遊ぼうぜ?……お前はこっちだろ?」


 そして次には、……その男は白目を剥き、気を失ったようにガクンと崩れ落ちる。

 それを前に眉を顰め、サラとルークは呟いた。


「遊ぶ?こっちとは……何でしょう?」

「……狂人の戯言だろう。ヴァン・ヴォルフシュタイン。お前に言ったように見えたが、心当たりは?」


 そのルークの問いに、けれどヴァンは腕組みし考え込み、言う。


「……まさかな。殺したはずだ」


 その呟きに、サラとルークは顔を見合わせる。


 それを横に、ヴァンはふとその視線をステージ――その中央で歓声を受け続ける少女。


 サシャ・マークスへと向けた……。


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