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18:00。学園都市国家聖ルーナのイベントホール。
多くの学生、そしてこの学園都市国家の従業員である大人達がひしめくその会場の明かりが、定刻と共にプツンと落ちた。
そしてそれにざわつきかける観客の耳に、マイク越しの声が届く。
『エントリーナンバー0番!稀代のペテン師にしてギャンブラー!各国のおじい共に賭けもちかけて協定作り上げたわらわこそそう、聖女!B??W??H??年齢は永遠に10歳!この学園の理事長にしてこのイベントの主催者にして永世グランドミス・聖ルーナ!』
そして工場の直後、パンとスポットライトがステージに集まり……そこに立っていた一人の(見た目は)幼女を照らし出した。
この学校の制服に袖を通した、白い髪に赤い目の幼女である。
実年齢は不詳だがその活動歴は50年以上。実は吸血鬼とか不老不死の魔術を手に入れた魔女とか諸々まことしやかに囁かれているが、本人は自分を“奇跡の聖女”と自称してはばからない。
そんな理事長ルーナは、マイク片手に観衆へと手を振りながら、言った。
『実況も務める~~、ルーナじゃよっ!盛り上がっとるか~~っ!?』
ミスコンを見に来た男子生徒たちの歓声が上がり、やがて暗転は解けルーナはそのまま司会進行を始めた。
そんなイベントホールの隅の壁際。控室へとサシャを送り、腕組みしてステージを眺めているヴァンは、胸中呟いた。
(……ロリ路線ですら先駆者がいた。く、世界は広いな……)
いくらサシャが幼児体形だろうとあれと並べたら流石にお姉さん。幸いにしてあれは理事長だからミスコンの直接的なライバルにはならないだろうが……。
極めてどうでも良い事を真剣に考えこむ英雄の耳に、ふと足音と共に声が届いた。
「フン。……ヴァン・ヴォルフシュタイン。本当に負けに来るとはな」
言いながら歩み寄ってきたのは、貴公子だ。いや、奇行者だったのかもしれない。
戦場で向かい合っている時は鬱陶しい歩く戦術兵器だったが、こうして平和な場所で顔を合わせてみると鬱陶しさが倍増している。
そんな顔はイケメンな騎士――ルークを眺め、ヴァンは言った。
「ルーク・ガルグロード。……煽りに来たのか?わざわざ?」
「フン。……お前が姫様の圧倒的可愛さの前にひれ伏し姫様に忠誠を誓うその様を見物しに来たんだ。せいぜい目に焼き付けるんだな……姫様の圧倒的ゴスロリツインテールを」
「そうか。……お前ゴスロリ好きだったのか?」
「ゴスロリが好きなんじゃない。これは忠義だ。そう、あれは俺がまだ憂さ晴らしに暴れる事しか知らないゴロツキだった頃。偶然襲い掛かった馬車の中にいた天使に俺の忠義が――」
(こいつ結構しゃべるな)
興味がないと自分語りを聞き流しながら、ヴァンはステージに視線を向けた。
そこでは、ミスコンの参加者が一人一人、呼び出されてはスポットライトを浴びている。
サシャの出番はまだまだ後だ。だが、敵情視察として観察は必要だろう。
(デカいな。全員……)
どことは言わないが。どことは言わないが大変良いものを食べて育ったような美少女たちが次々現れていた。着ているのは思い思いのドレス。確かに煌びやかな光景だが、一人一人の印象はあまり強くは残らない。
(これなら、)
異物としてではあるがサシャは注目を集められるだろう。変人と見られようと無印象よりはずいぶんマシのはずだ。
そんな事を思ったヴァンの耳に――ふと、足音と声が響いた。
「あらあら、誰かと思えば雁首揃えて……。負けに来た事は褒めてあげましょう。ヴァン・ヴォルフシュタイン。ルーク・ガルグロード」
「「サラ・ルーファン……」」
ヴァンとルークは同時に呟いた。そんな二人の元に、“新月の悪夢”の異名を取る美女にして英雄、サラ・ルーファンはニコニコと歩み寄り、言う。
「ですが、どう期待した所でアナタ達が今宵味わうのは絶望。私のリリの圧倒的猫耳メイドを前に、己の姫の醜さを知りなさい!」
「お前はシスコンの猫耳メイドフェチだったのか……」
「猫耳メイドフェチ?まさかそんな、下劣な欲情を妹にぶつけるはずもないでしょう?リリは何を着ていても世界一可愛いんですよ?今日はたまたま、猫耳メイドが私の中の淑女に刺さる日だっただけです、ハァ……」
美人の英雄級の暗殺者のお姉様の目が熱を帯びトロンとして鼻息が荒かった。
関わらないようにしたいとステージに視線を向けたヴァンの逆隣りで、ルークが言う。
「猫耳メイドだと?フン……わざわざ侍従の恰好をさせるとはな」
「欲望が見えますよ、ルーク・ガルグロード。本当はアナタの姫にメイド服を着せたいのでしょう?」
「フ、フン。そんな謀反など、起こすわけがないだろう?」
「動揺が見えますよ、ルーク・ガルグロード。ご主人様と呼ばれたいんでしょう?」
「フン。浅はかだな、サラ・ルーファン……。俺にその願望は一切ない。俺は駄犬と呼ばれることに喜びを覚える忠義の漢だぞ?」
「ならば呼んで差し上げましょう、駄犬。この黄ばんだ犬畜生が。フフ、嬉しいですか?」
「(姫様に限る)だ、ビッチが」
「そう鼻息を荒げないでください。気持ち悪いですよ、黄ばみ野郎。ねぇ、駄犬2号?」
(よそでやって欲しい……)
仲悪いのか一生いがみ合っているルークとサラにはさまれながら、ヴァンはステージを眺め続けた。
と、そこで、だ。エントリー順での紹介なのか、漸く主役の一人がステージに現れるらしい。ルーナの声が響き渡る。
『そしてそして~~、遂に真打登場か!エントリーナンバー25番!家柄最強腕前最強美貌と品位も当代最強!正統なるザ・帝国プリンセス!B85W63H83~~~ロゼ・アルバロス!』
紹介の声に歓声が答え、その最中、ステージの中央に――凛々しい少女が進み出た。
赤毛を後ろで結わえた、美貌と品格を備えた少女。そんなロゼはスポットライトと歓声を浴びながら、ステージの中央で立ち止まると、礼儀正しく一つ頭を下げる。
そんな彼女の服装は、けれど聞いていたゴスロリではない。むしろその対極である。
凛々しい服を着ている。アルバロスの軍服――いや、騎士団の制服と言っても良いだろう。黒を基調にしつつ金色の刺繍を縫い付け、肩には赤いハーフマント。それこそルークが着ているのと同じような、凛々しい服装。
それを眺め、ヴァンは呟いた。
「ゴスロリ、じゃない?」
「男装……騎士装束ですって?浅ましい……姑息にも女性票を狙いましたか!?」
サラもまた呟き、二人同時に、横にいたルークへと視線を向ける。
その視線の先――ルークは何やら呆然と膝から崩れ落ち、地面に手を突き呻いていた。
「姫様……なぜですか。着てくれると、言っていたはず……どうして。どうしてゴスロリじゃないんですか」
生きた戦略兵器とまで言われた稲妻の魔術の使い手はただただ嘆いていた。
それを見下しつつ、ヴァンとサラは呟く。
「これがあの“雷迅の貴公子”か……」
「あらあら、小娘一人掌で転がせず良くも貴公子と呼ばれるモノですね。忠義の底が知れたと言うモノ……そのまま平伏し見上げなさい。我が妹の圧倒的猫耳メイドの破壊力を……」
そこでまた、ルーナの声がその場に響き渡る。
『そして対抗馬!エントリーナンバー26番!ユニオンの御曹司は~~~まさかまさかの不思議ちゃん?のんびりぼんやりマイペース!だけどボディはダイナマイッ!B87W63H88……。リリ・ルーファン!』
その呼び声にまた、会場から歓声が上がった。
「キャア~~っ!リリ!リリィ!ハァ、ハァ……」
ヴァンの横の“
そしてそれらの中、猫背気味の少女がステージの中央へと歩み出る。
セミショートの黒髪で、どことなくのんびりぼんやりした雰囲気の少女。ステージの中央でスポットライトを浴び、マイペースに観客に手を振っている。
そんな彼女の服装は――見覚えのある服である。
深いスリットのロングスカートに、袖の広がったぶかぶかの袖のどこかの民族衣装の様な服。そう、
「……メイド服じゃないな」
ボソッと呟いたヴァンの横で、さっきまでキャーキャー言ってた残念なお姉ちゃんは突如ふら~っと背後の壁に寄り掛かり、額を抑え呻いていた。
「着るって、言ってたのに……語尾ににゃんまで付けてたのに……気まぐれに反抗したんですか?別の服着たくなっちゃったんですか?じゃあもうしょうがないですフフフもう、……何着てても可愛い。可愛いですよね?ね?駄犬1号と2号?ね?」
「……これが、“新月の悪夢”か」
「ね?可愛いですよね?頷きなさい。殺しますよ?」
「姫様。ゴスロリ着てくれるって言ってたじゃないですか……」
横で残念なお姉さんが圧のある目で訴え、逆では残念な貴公子がひたすら地面に語り掛けていた。それらに挟まれ……ヴァンは思った。
(もう、……無視するか)
そうして視線を向けたステージ。サラと似たような服を着たリリは、最後にもう一度観客に手を振り、退いていく。
そしてそれと入れ替わるように、ルーナの声が響く。
『おおっと、まだまだ主役はいるぞ!?エントリーナンバー27番!国も何も色々ちっちゃい!だけどだけど、気合は十分!大国食いのザイオンの令嬢!B79W63H81……サシャ・マークス!』
その呼び声にも、ノリの良い男子生徒達の歓声が上がり、サシャがスポットライトの下に歩み出た。
ちょっと困ったような笑みのまま観衆に手を振る、……ザイオンの軍服に袖を通した少女。ステージの中央で立ち止まった背の低い少女は、苦笑したまま敬礼のポーズを取り、下がって行く。
そんなサシャへも、歓声は投げられ続けているが……。
(弱いな、インパクトが……)
ヴァンは歯噛みした。ステージの奥ではドレスを着た出場者達が横一列に並んでいる。その中で一人だけ男装していれば目立つかと思ったのだが……現実は違う。
(ドレスを着た、お嬢様、お嬢様、騎士装束、女暗殺者衣装、軍服……)
途中からコスプレ大会である。何なら男装という点ですらロゼと被っている。
その現実を前に……ヴァンは崩れ落ち、呻いた。
「ク……目立ち切れない。やはり、無理やりにでもスク水を着せるべきだったか……」
「お前そう言う趣味だったのか」
「やはり度し難いド変態でしたね、“ロリコンの覇者”……」
「違う……俺はザイオンの勝利の為に最善の戦術を選択しようとしていただけだ」
両サイドにいる“ゴスロリの貴公子”と“シスコンの悪夢”にそう答え、ヴァンは立ち上がりステージを眺めた。
ステージの隅っこで、サシャがロゼやリリと何やら話している。
アルバロスの衣装。ユニオンの衣装。ザイオンの衣装……つい数年前まで同じ服を着た兵が殺し合っていたのと同じ格好で、華やいだ雰囲気の中、親し気に。
(平和、か……)
ヴァンは胸中どこか自嘲するように呟き……と、そこで、だ。
「ん?」
ヴァンの視界に、何かが映り込んだ。ステージへと駆け寄る何者か、だ。
それを目にした途端――ヴァンはその顔から完全に感情を消し、懐にある血のつまった瓶へと手を伸ばした……。
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