「本日18ヒトハチ00マルマルより参加者の発表式典。その後、1週間ごとに1次予選と2次予選が行われ、最後に最終選考。最終選考の参加者は、1次予選の優勝者と2次予選の優勝者。及び予選通して最も多くの支持を得た者の3名。審査員は……この聖ルーナの全校生徒、か」


 受付を済ませ、参加資料を受け取り、やってきたその場所。


 いつも“ザイオン式兵站学”の講義を行っている第7講義室で、資料を見ながらヴァンは呟いていた。


 それを前に、机にだら~っと崩れながら、サシャは言う。


「それ結局ただの人気投票ってことじゃない?やっぱりやる前から結果見えてるよ、ヴァン兄。ロゼさんとリリちゃんの一騎打ちだって」

「いいや。やるまで結果はわからない。確かに戦力差は絶望的だ。だが、寡兵で逆境を打ち破ってきたからこそ俺達はザイオン!数の差は質で補えば良い!」

「その質で負けてるって話してるんじゃなかったっけ、今」

「……質の差は道具で埋める!」

「その道具すら負けてると思うよ、ヴァン兄。リリちゃんもロゼさんもドレス選ぶって言ってたけど、そもそも私ドレス持ってないし」

「ドレスが、ない?……フ、何を勘違いしているんだ、サシャ。いつ俺がお前にドレスを着せると言った?」

「もしかしてドレス位着させてくれるのかなってちょっと期待してたんだけど……そっか。何?制服で出ろとか言う?」

「その通りだ。だが……お前が着るのは聖ルーナの制服ではない。ザイオンの制服である!」


 その言葉と共に、いつの間にか用意していたのか……ヴァンは教壇の下に置かれたバックから一着の服を取り出した。


 ザイオンの制服――軍服である。黒地の、堅苦しく色気の一切ないパンツルック。それを見せびらかしながら、ヴァンは言った。


「見ろ、この機能的なデザイン。遊びの一切ない通気性と防塵性に優れた様式美……これぞザイオン!このデザインこそ、ザイオン!この制服に袖を通した暁には……サシャ。お前の慎ましい胸にも宿るはずだ、」

「今慎ましいって言及する必要あった?」

「いや、蘇るはずだ!ザイオンの魂、あの頃のお前が持っていた質素倹約、そして仄かな甘さを至上とする心。堕落してしまったお前に、俺は、戻って欲しい。あの頃……角砂糖を貰って大喜びしていたあの頃のお前に!」

「そう言う栄養状態で育ったから私こんななんだけど?」

「と、言う訳でサシャ。お前の勝負服コンバットスーツはこれで決まりだ」

「え~~~、」


 凄くイヤそうにサシャは呟き、差し出された軍服一式を受け取るとしげしげ眺め、言った。


「これ着て、ミスコン出るの?周りの子綺麗なドレス着てるのに?」

「お前は俺とペアルックだ!」

「なんで得意げに嫌気がさす情報追加しちゃうの?私普通にイヤだよ、ヴァン兄。どうせ出るなら普通にドレス着たいし。ていうかさ、」

「なんだ?」

「……このミリタリ服着てミスコン勝てるって本気で思ってる?」


 呆れたような視線で、サシャは見上げてくる。それを前に、ヴァンは堂々と胸を張り、言った。


「ならば、逆に聞こう。サシャ……周りと同じドレスを着て、それでお前は勝てるのか!」

「そ、それは……。そもそもそこで勝ち目ないって推薦者が思うような子をミスコンに出すなって話だと――」

「――ザイオンの基本戦術とは!電撃攻勢プリッツクリークである!」

「聞いてよ、ヴァン兄。出てあげるからドレスぐらい買ってよ~」


 そんなサシャの言葉を当然の無視して、ヴァンは続けた。


「ザイオンは小国である。寡兵で大国に挑まんが為、その基本戦術は電撃攻勢。奇襲すら辞さない勢いでもって敵本陣に強襲を仕掛け制圧する……そう!機先を制す者が戦を制すのだ!」

「なんの話してるの?」

「ミスコンもまた電撃攻勢である。本日18ヒトハチ00マルマルより行われるのはただの顔見せ、出場者紹介……そう思い込んでいる大国の油断を付くのだ!」

「わかるように言ってくんない?」

「考えてもみろ、サシャ。各国の令嬢が集う学園で開かれるミスコン……。その場に現れている時点で可愛い事は前提条件。誰しもドレスで着飾るだろう。そんな華の中にドレスを着たお前と言う蕾を並べたところで……埋もれるだけだ!」

「私もうほぼ背伸びてないし蕾じゃなくて咲いてこれだよ?」

「だが、だがである!その咲き誇る花の最中に突如一人の職業軍人ザイオンが混じり込めば……どうなる?」

「浮くね」

「そう、目立つのである!」

「悪い意味でね」

「お嬢様、お嬢様、典型的ザイオン、お嬢様……。明日の学校の話題は突如ミスコンに現れた典型的ザイオンで持ち切りになるだろう。お前は知名度を得るのだ!そしてその知名度はお前の勝利を呼び込む狼煙となる。今後行われる競技、そこで活躍するごとにお前はザイオンの子として審査員の注目を浴び印象を深める事となるのだ!」

「……なんか普通にそれっぽいこと言われてもリアクションに困るんだけど」

「よって、サシャ!お前のドレスはこの軍服だ。オペレーション“リトル・ザイオン・サージェント”……やってくれるな?」


 そう問いかけたヴァンを前に、サシャは暫し考え込み……それからこう言った。


「でもヤダ。どうせ出るなら可愛い服着たい」

「聞き分けのない事を……どうせお前は言う様になってしまったと!フ、俺は既に学習している。故に!別の選択肢も特別にお前にくれてやろう、サシャ!」

「なんかヴァン兄楽しそうだね?」


 呆れたように言ったサシャを前に、ヴァンはまたかばんを漁り、そこから新たな衣装を取り出した。


「それって……」

「そうだサシャ。お前もザイオンにいた頃に良く着ていた、ザイオンの民族衣装……。ザイオン式つぎはぎ風ワンピースである!」


 その言葉と共にヴァンが差し出したのは、ロングスカートのワンピースだ。


 質素倹約を旨とする小国、ザイオンの特色を大いに加味した圧倒的無地の灰色。そしてほつれや破れを手作業で直した形跡の見え隠れする圧倒的刺繍跡の数々。


 得意げにそれを見せてくるヴァンを白い目で眺め、サシャは言った。


「つぎはぎ風じゃなくて純然たる着古しだよね?」

「着古しではない!限られた資源のザイオン式有効活用である!しかも、喜べサシャ……これは俺の手縫いだぞ?」

「だから嫌気がさす情報追加しないでって……。それ着て何?悪目立ちしろって言うの?」

「同情票を手に入れるのである!綺麗なドレスの、お嬢様、お嬢様、……ボロボロのワンピースの子、お嬢様。その並びを目にした時、大衆は皆思うだろう。あれ?あの子だけ一人だけボロボロのワンピース着てる……後半覚醒するタイプだな?とな!」

「メタ思考やめようよ……」

「俺が学習したミスコンによると、そのパターンは間違いなくボロボロの子が王子様に選ばれる奴だ。間違いない。フ、横でハンカチを噛み締めるお嬢様共の姿が目に浮かぶようだ……」

「それ教材おとぎ話じゃないよね?」

「という訳で、サシャ。このオペレーション“イビリお嬢様ザマァシンデレラ”、」

「やらない。着ないよ?でも普段着にするからその服だけ頂戴?」

「……これですら、イヤだと言うのか?ならば、仕方がない。もう一つ、お前のドレスを用意してある。それも、お前にしか着こなせないドレスを」

「それあるなら最初から出しなよ……」


 呆れた視線を向けるサシャを前に、ヴァンはまたカバンを漁り、そこから一着の服を取り出した。


 服……というか、水着を。


 競泳水着の様なスタイルの一体型の紺色の水着。胸の所に白いワッペンがくっついていて、そこにサシャの名前が書き込まれている。


 そんな水着を手に、英雄は堂々と言った。


「これこそ、お前に一番似合う衣装……ザイオン式水陸両用運動服である!」

「スク水じゃん……」

「お嬢様、お嬢様、ザイオン式水陸両用運動服の幼児体形、お嬢様……。その並びを見た生徒達はイヤでも脳裏にお前を焼き付けるだろう。これを着用する事によって、……お前は明日から“スク水の子”として圧倒的インパクトと知名度を得るのである!」

「もういじめだよそれ。不登校になるよ」

「まあ聞け、サシャ。俺も悩んだんだ。測る前から既に知れていたお前の幼児体形をどう映えさせてやれば良いのかと真剣に思い悩んだ末、……辿り着いたんだ。これはある意味お前にしか着れない衣装だ」

「そんな事ないと思うけど?」

「いいや、そんな事はある。考えてもみろ。ロゼ・アルバロスやリリ・ルーファンがこの衣装を身に付けたらどうなる?……なんか卑猥だろう?」

「考え過ぎだと思うよ?あの二人も着ると思うよ、授業で」

「それに引き換え、お前がこの装備を装着した場合に沸き上がる感情は、……そう、安心感。健やかに育って欲しいと願うその心は同情と応援に繋がり引いては我らザイオンの勝利に繋がるのだ!」

「繋がらないよ。痴女だよ、ミスコンで水着審査でもないのにスク水着て出場する女の子は純然たる痴女だよ。イメージダウン甚だしいよ」

「下がる程のイメージが、サシャ……お前にあるのか!?」

「だからそんな子出すなって私永遠に自虐し続けてるよね?」

「という訳で、これがお前のドレス。……これぞ、オペレーション“ニッチハント”である!」

「もう認めちゃったじゃんニッチな層をターゲットにしますって……」

「安心しろサシャ。そう言うマイノリティ程情熱に本気を出すモノだ。軍服にしろ質素ワンピースにしろスク水にしろ……あるいはお前と言う金髪ロリにしろ!」

「ロリではないよ?16歳だよ?」

「そこに興味を持った奴らはお前を応援するだろう。そして、お前にお近づきになる機会を求め、このザイオン式兵站学の教室にもやってくるはずだ!」

「私が来たくなくなって来たよこの教室……。そのニッチ層が押し寄せてきたらなんか身の危険を感じるよ……」

「身の危険?何にだ?」

「う~ん……言いたくないけど現状一番怖いのヴァン兄かな」


 そう言ってそっぽを向いたサシャを前に、ヴァンは怪訝そうに眉を顰め、それから言った。


「まあ良い。とにかく、サシャ・マークス!……戦場に身を投じるのは貴様だ。だから今回は特別に選ばせてやろう。さあ、どのドレスを着る?」


 そう言い放った英雄を前に、サシャは遠い目をして、呟いた。


「普通のドレス、着てみたかったな……」

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