サシャ・マークスとヴァン・ヴォルフシュタインは、血縁上の繋がりはないが兄妹の様なモノである。


 戦災孤児だったヴァンがサシャの家に引き取られ、幼い頃から一つ屋根の下で暮らしていた。


 そしてサシャから見たヴァンは、今も昔も変わらず、典型的なザイオン。端的に言えば、生真面目かつ強引な馬鹿である。根がマジメな少年が戦時下で軍隊式に育てられた結果生まれた融通の利かない男だ。


 まあ正直、サシャもザイオンで暮らしていた頃は似たようなモノだったかもしれないが、平和で発展した聖ルーナに来て、良くも悪くも肩の力が抜けた。


 そして祖父のレオナルドは、ヴァンにも似たような変化を期待しているのかもしれない。


 戦時、ただ生真面目に戦争だけ続けていた男に、戦後の生き方を学ばせようと特別教導員としてこの場所に送って来たのだ。


 そうして、平和な場所。聖ルーナ平和記念学園やって来たヴァンは、到着から1か月程たった今。


「79、63、81……149センチ。79か……。く、絶望的に戦力が足りない」


 サシャのスリーサイズに悩んでいた。


「3センチ盛って尚80に届かないとは……」

「ねぇヴァン兄~?やめて?79連呼しないでよ……泣くよ?」


 そんなヴァンに血の縄で簀巻き状態にされ肩に担がれながら、サシャは大きくため息をついた。


 そんな二人を、町行く人々――ほとんどが学生なこの都市国家の住人達がおかしなものを見るように眺めていた。


 学園都市国家“聖ルーナ”。それがこの都市の名前だ。都市一つが国家であり、都市一つが丸々学園。


 街の中心には古城を思わせるような本校舎があり、その周囲には数々の施設。そしてそんな学校を取り囲む下町のように、様々な店が立ち並んでいる。


 そんな街並みを本校舎の方へと連行されながら、サシャはため息をついた。


「ていうかヴァン兄、スリーサイズに興味持つ感じだったっけ?」

「興味はない。だが俺はこの数日全力を挙げてミスコンに付いて学習した」

「学習しちゃったんだ……」

「背と胸はデカい方が良い。ウエストは細い方が良い。ケツは審査員の趣味による」

「ヴァン兄今日してる発言全部セクハラだからね?」

「だがお前の身体的スペックが如何に低かろうと問題ない。ミスコンで問われるのはただの容姿だけではない。品格知性特技……複合的な女性的魅力を全て加味した上で一番美しい女性を決めるのが、ミスコンだ。安心しろ、サシャ。足りない数センチ分別の魅力で補えば良いだけだ!」

「足りない足りない言わないでよ……。あ~、ちなみにヴァン兄。私の魅力って何?」

「……これから考える」

「なんかひねり出してよ。やる気出ないんだよずっと~~~っ!ミスコン出ろミスコン出ろ言う割にまるで褒められてないし。サシャ可愛いからミスコン出なよ~、ですらないじゃん?別に特別可愛くはないけどほかに人身御供の候補がないから出ろって消去法じゃん?もういっそヴァン兄が女装して出たら良いんじゃないの~?」

「俺が、女装を……?確かに、それなら身長的にもバスト的にも数値上のスペックが跳ねあがるか」

「真面目に検討しないでよ……。バストじゃないよ、チェストだよ」


 そんな事を言いながら二人は進んで行き、やがて本校舎の横にあるホールの内の一つに辿り着いた。


 イベントホール、と呼ばれる巨大な建物だ。入学式や卒業式、全校集会などの式典を行うオペラハウスを思わせるような巨大な建物。


 ミス聖ルーナコンテストの会場にして受付も兼ねているその場所のエントランスへと二人は踏み込み、と、そこでだ。


「……あ。サシャなの。サシャと」

「ヴァン・ヴォルフシュタイン。……“鉄血の覇者”か」


 片やどこかぼんやりした声。片や生真面目そうな芯のある声が届いた。

 同時に二人の少女が、こちらへと歩み寄ってくる。


 一人は、猫背気味であどけない顔立ちの、セミショートの黒髪に碧眼の少女。


 もう一人は、モデルのように背が高くスタイルも良く、品のあるきりっとした顔立ちの、赤毛を後ろで結わえた灰色の瞳の少女。


(リリ・ルーファン。ロゼ・アルバロス……)


 サシャの話の通りなら、この二人もミスコンに参加する……優勝候補。

 そう言われるだけの事はあるだろう。顔が良いのはもちろんの事、歩み寄る度に二人とも大いに揺れている。


 生真面目な顔で少女達の胸を凝視するヴァンの前に二人は立ち止まり、サシャへと言う。


「……サシャも、ミスコン出るの?」

「出場する気になったのか?嫌がっていただろう?」

「イヤだし出場する気ないけど連行されてきたの。ハァ……」

「……そうなんだ。リリも、だいたい同じなの。ロゼも」

「お互い大変だな。なぜだか保護者の方が盛り上がって……」


 話し始める3人をよそに、ヴァンは動いた。


 肩に担いでいたサシャを、リリとロゼの間に立たせ、そして腕組みし見比べる。

 ……3人の、胸を。


「ヴァン・ヴォルフシュタイン。ヴァン先生。勘違いなら、謝りますが。ずいぶんぶしつけな視線を感じますが……」


 言いながらロゼは腕組みしていた。豊満なバストが寄せて上がっている。


「ヴァン兄……よそにまでセクハラは止めようね?国際問題だよ?」


 呆れつつ頬を引き攣らせているサシャは、平坦である。


「…………?」


 どこかぼんやり首を傾げているリリ。特別背が高い訳でもない彼女のバストもまた、大きい。なんならロゼより大きいだろう。


 そんな3人をヴァンは見比べ、やがて悔し気に言った。


「く……これがボン、キュッ、ボンと言う奴か」

「違うよヴァン兄?それ横に3人並べて真ん中の子けなす言葉じゃないよ?」

「やはり絶望的な戦力差だ……どの程度盛れば勝てるんだ。ロゼ・アルバロス・リリ・ルーファン。参考までにバストサイズを教えてくれないだろうか?」

「ヴァン兄そろそろ捕まるよ?」

「噂では聞いていたが大分、難儀な方のようだな」

「これが、英雄の末路なの……」


 3人は呆れたような視線をヴァンに投げていた。

 と、そこで、だ。


「フン。……誰かと思えば寂れた田舎の血生臭いケダモノか。こんな人里深くに何しに来たんだ、野蛮人」


 そんな言葉と共に、エントランスの奥から一人の男がこちらへと歩み寄って来た。


 金髪に金色の瞳の――まさしく貴公子の様な美青年。身に付けているのは優雅で華美なアルバロス騎士団の制服で、マントを羽織を胸にいくつも勲章をくっつけている。


 そうして歩み寄って来た男を前に、ヴァンは眉を顰め、言った。


「ルーク・ガルグロード……」


 アルバロスの英雄だ。“雷迅の貴公子”ルーク・ガルグロード。稲妻の魔術の使い手で、戦時下幾度もヴァンと渡り合ってきた、世界最強格の生きた戦略兵器。


 異名通りに貴公子然とした物静かな雰囲気のその男は、ロゼの横に立ち止まると、言う。


「まさかとは思うが、……貴様もミスコンに参加させようと言うのか?そこのサシャ・マークスを」

「だとしたら、なんだ?」

「フン。やめておくんだな。恥をさらすだけだぞ?」

「何?」


 眉を顰めたヴァンを前に、ルークは勝ち誇ろうような笑みを浮かべ、言う。


「お前の敗北はもう決まっている、ヴァン・ヴォルフシュタイン。いや、お前だけじゃない……このミスコンは既に実質的に出来レース。姫様が出場すると決まった瞬間に優勝者は決定している。なぜなら……」


 そこでルークは言葉を切り、自信満々の笑みをこぼすと、叫んだ。


「――ウチの姫様が世界一可愛いからだ!」

「やめろ、ルーク……」

「ヴァン兄これ。これだよこれ。これが正しいミスコンに出場させる時の行動だよ?簀巻きで無理やり運んでくるんじゃないんだよ?褒めて煽てて、もう~、しょうがないな~ってさせるんだよ?わかる?」


 ルークの言葉にロゼは照れくさそうに頬を掻き、サシャは真顔でヴァンを眺めていた。それを前に仏教面で首を傾げたヴァンに、ルークは続ける。


「うちの姫様は世界一可愛いだろう?家柄品位性格スタイル、全てにおいてウチの姫様が最強であると俺の忠義が叫んでいる……。そもそも!ミスコンテストという概念自体がナンセンスなんだ……。世の中には2種類の性別しかない。姫様と……それ以外だ!」

「お前……そう言う感じの奴だったのか」


 なんだかんだ戦場で顔を見合わせまくって長い付き合いではあるが大体敵対。

 友好的に話した事はないアルバロスの英雄を前に、ヴァンはそんなことを呟いた。


 と、その瞬間、である。


「――聞き捨てなりませんねっ!」

「――ッ、」

「その、声は……」


 突如として威勢の良い声が鳴り響き、ヴァンとルークは戦時下の反射で咄嗟に臨戦態勢を取った。


 そんな警戒全開の二人。そして呆れたように大人達を眺める3人の少女の頭上。


 ――美女が、空を歩いていた。


「ロゼ・アルバロスが優勝する?出来レース?やる意味がない?ええ、認めましょう。やる意味がないと言う一点は。けれど、……勝者は違う。やらずとも、わかります」


 黒髪に碧眼の、細身の美女だ。冷徹な美貌をその顔に称え、身に纏っているのはどこかの民族衣装の様な深いスリットのスカートに、袖口が大きく広がったぶかぶかの長袖。


 スレンダーで微笑みを絶やさず――敵対する相手を恐怖の底に陥れる暗殺者、暗器使いにして、髪の代償魔術を使うユニオンの英雄。


 “新月の悪夢”。

「「サラ・ルーファン……」」

「どうしてみんなフルネームで呼び合うの?」


 呆れて呟いたサシャをよそに、サラはリリの隣へと着地した。そしてキリッとした視線をヴァンとルークに向け、言う。


「……ウチの妹が世界1可愛いに決まっているでしょう?殺しますよ、馬鹿ども」

「開幕からボルテージ上がり過ぎだよ……」


 肩を落としたサシャを横に、リリがボソッと呟く。


「……頼りがいのある困った姉なの」

「言われなくてもわかるよサシャちゃん……」

「妹が世界一可愛いだと?フン、身内びいきが過ぎるな、サラ・ルーファン……」


 そう睨みつけたルークを横に、ロゼがため息交じりに呟いていた。


「お前も人の事言えないと思うぞルーク」

「姫様、そのような……。俺のこの忠義は身内びいきではありません。世界の理です。ありとあらゆる全ての事柄に置いて最終的にアルバロスが勝利するようにこの世界は出来ている……アルバロスは常勝無敗。それはミスコンでも変わりません」

「常勝無敗?あらあら、やはりバカなんですね、はき違えた騎士道の黄ばみ野郎。アナタは既に我々に負けているでしょう。ほら、リリ。言ってあげなさい。今、学生達の間で一番人気の授業はなんですか?」

「……お菓子食べ放題で3回に1回水着回なお姉ちゃんの装飾教室なの」

「この時点でもう勝敗は知れている!ロゼ・アルバロスよりもウチの可愛い可愛いリリの隣で授業を受けたいと、世にいる全ての生物は心の奥底で願っている事でしょう……」

「フン……脱いでるだけだろうが、俗物庶民が」

「脱ぐ度胸すらない貴族主義者が、負け惜しみですか?」


 ルークとサラはひたすらいがみ合っていた。

 その光景をヴァンは眺め、それから呟く。


「……バストサイズスペックの差は認めよう。だが、その国力の差を努力で埋めてこそザイオン。貴様らの様な大国に後れを取る気はない。我が敬愛する指導者、レオナルド・マークス大佐は言っていた。ウチの孫が世界一可愛いと!」

「なんか違うよヴァン兄?ヴァン兄だけ言葉が借りものだよ?」


 呆れて呟いたサシャを脇に、ヴァンは言い切る。


「このミス聖ルーナコンテスト……勝者は既に決まっている。我らザイオンの代表者!サシャ・マークスである!」

「フン……まだ戦意を失わないか、」

「宣戦布告と言う訳ですね。良いでしょう。リリ?こんな口論は幾ら続けたところで無価値です。ステージ衣装を選びに行きましょう?……お姉ちゃんが可愛い服選んであげますからねっ!」

「……お任せなの」


 さっき殺すとか黄ばみ野郎とか言ってたとは思えない笑顔で手を引いていくサラに連れられ、リリはロゼとサシャに手を振り立ち去って行った。


 それを見送る――気配すらなく、ルークはさっとロゼの横に傅く。


「姫様。我々も、ドレスを選びに参りましょう。あの庶民共に見せつけてやりましょう、殿下の宝刀、姫様のゴスロリツインテールの絶対的破壊力を……」

「どさくさであれな趣味を押し付けようとするな。まったく……。騒がせて悪かったな、サシャ。このバカには後で言い含めておく」


 そしてロゼはルークを引き攣れ、その場を後にしていった。

 それらをヴァンは見送り……呟く。


「英雄には、人格破綻者しかいないのか?」

「ホントにね?びっくりだよね?その通りだと思うよ、ホント。私この一か月改めて痛感してるからね?ヴァン兄も頑張って改めようね?」

「……改める?俺が?」

「ハァ、もう良いよ……。とりあえず、参加させるなら書類出して来たら?もうなんか、逃げられない流れっぽいし。ハァ……」


 ひたすらため息を吐くサシャを前に、ヴァンは仏教面で、首を傾げた。

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