1章 ミスコンと英雄と”戦争教導団”

200年以上前に大陸を支配していた国家、ソルベニア。その崩壊と共に、崩壊歴と呼ばれる新たな暦が広まって行き、こう呼ばれる時代が始まった。


 “都市国家戦国時代”。


 大陸中に存在する“都市国家”が終わりなき戦争を繰り広げていたその時代、世界中にその名を知られる、一騎当千の英雄達がいた。


 帝政都市国家同盟アルバロスの英雄、“迅雷の貴公子” ルーク・ガルグロード。


 民主都市国家群ユニオンの英雄、“新月の悪夢”サラ・ルーファン。


 そして軍事都市国家ザイオンの英雄、“鉄血の覇者”ヴァン・ヴォルフシュタイン。


 若くから戦場に立ち数多の武勇を打ち立ててきた彼らの青春戦争の日々は、聖ルーナ協定と呼ばれる相互安全保障条約に多くの“都市国家”が署名した事で終わりを迎えた。


 そして同時に、行き場を失った英雄達はある一つの場所に集う事となる。


 その場所こそ――


 *


「――聖ルーナ平和記念学園、でありますか?」


 全ての発端となったその日。崩壊歴253年3月。


 都市国家ザイオン。小国ながら常勝無敗。精強にして勇敢な軍人達が暮らし、傭兵として数多の戦場に顔を出した末、呼ばれた名が軍事都市国家。


 そんなザイオンの中央部。中央庁舎の一室で、ヴァンは呟いていた。


 そんなヴァンの目の前にいるのは、つるりと禿げあがった頭の小柄な老人だ。ザイオンの軍服をキッチリ着込み、老齢に差し掛かりながらも目の力強さが失われない男――ザイオンの指導者、レオナルド・マークス大佐。


 自身のデスクに付いている大佐は、頷く。


「その通りだ。貴官も、知っているな?聖ルーナ協定を批准した各都市国家が、要人の子息を一人ずつ差し出す、相互安全保障を企図したあの稀代のペテン師ルーナの起こした学園である。我が孫サシャも今、その学園でザイオンの文化的優位性を示す為日々励んでおる」

「ハッ!聞き及んでおります!」

「そして先日、その聖ルーナより通達があり……このザイオンもまた、聖ルーナに特別教導員を派遣する許可を得た。そしてその任務を、ヴァン・ヴォルフシュタイン中佐。貴官に、任せたい」

「特別教導員……教導任務でありますか。了解いたしました!ヴァン・ヴォルフシュタイン中佐!直ちに聖ルーナに向かい、戦闘員を養成して参ります!」


 キッチリかかとを合わせたままマジメに言い切ったヴァンを前に、大佐はふとため息をつき、言う。


「ハァ……。違う、ヴァン。戦闘教導ではない。それは禁止されている。教えるのはあくまで、文化的な教養だ」

「文化的な、教養でありますか?」

「その通りだ。だがこれは同時に、新時代において我らザイオンの文化的優位性を示すための文化的戦争でもある。わかるか?」

「文化的、戦争……でありますか?」

「そうだ。聖ルーナには通常の授業と選択授業があるらしい。そして特別教導員が指導に当たるのは、その選択授業だ」

「はぁ……」

「各国の代表者が、各国の特色に応じた授業を行い、文化的交流を図る。これはそのための取り計らいである。だが同時に、これは人材の確保競争でもある。選択授業において、受ける授業の選択権は生徒の側にある。現状、聖ルーナで行われている選択授業は50数クラス。3ケタの若者を引き付ける授業もあれば、ほんの数人しか生徒を揃える事の叶わない授業もある。よってこれは戦争なのだ。わかるか?」

「ハッ!必ずや勝利してまいります!」

「……わかってないだろう?」

「ハッ!必ずや勝利してまいります!」

「……ハァ。とにかく、だ。ヴァン。貴官には聖ルーナに赴き、その選択授業においてより多くの生徒を獲得して来てもらいたい」

「ハッ!ザイオン式に鍛え上げて参ります!」

「……戦闘関連は禁止だと言ったはずだが?」

「ハッ!ですが、大佐殿。では、俺は何を教えれば良いのでしょうか?」

「それも自分で考えろ。ヴァン。お前はこのザイオンの将来を背負って立つ人材だ。だが、戦闘以外を知らなすぎる。それはわしの責任だとは思っている。だからこそ、この任をお前に与えたい」

「……はぁ、」


 良くわからないと呟くヴァンを前に、大佐は言った。


「ヴァン・ヴォルフシュタイン中佐。この任務における全権をお前に委ねよう。命令待ちではなく自己判断で行動しろ。補佐としてサシャも使うと良い。そして、平和な学園でザイオンの文化を他国に示し、また他国の若者から平和を学んで来い。そしてあわよくば、ザイオンの文化的優位性を他国に示し、人材確保に努めるのだ」

「ハッ!……ザイオンの文化的優位性を示してまいります!」


 ヴァンはそう、敬礼と共に応えていた……。


 *


 そしてヴァンは聖ルーナに赴き、特別教導員としての職務を始めた。


 戦闘技能関連が禁止されたため他に自分に教えられるものは何かと悩み、その末に“ザイオン式兵站学”という学問をひねり出し、授業の準備を進め資料を作り気合を入れ直し……。


 そして教壇に立つ。


「ではこれより、“ザイオン式兵站学”の講義を始める!」


 聖ルーナ平和記念学園の一室。午後――選択授業が行われる半円状に席が連なるその第7講義室の最中。


 シーンとした講義室に、ヴァンの声だけが響いていた。


「兵站とは何か。ザイオン式兵站は何を企図したモノか。それは、これまでの講義で諸君らも理解してくれたものと思う。よって今回は、実益ある授業に移ろう。兵站の基礎とは何か……そう。食である!そしてザイオン式兵站学の本質はいかに無用な損失を減らすかにある。ザイオンの国力は低い!だからこそ市民一丸となった兵站理解が肝要なのである!まずは、これだけを覚えて欲しい……。芋に、捨てる部分はない!」


 威勢よく、ヴァンは叫んだ。その声が、シンとした教室に響き渡った。

 シンとした――ヴァンの他に誰一人としていない、教室に。


 いや、一人だけ、その教室には生徒の姿があった。


 あんまり整えられていない金髪に、やる気なさげな灰色の瞳。着ているのは身だしなみを気にする気配0のぶかぶかのジャージの、小柄な少女。


 教室の一番前の席に着いたその少女――サシャ・マークスは、授業中だと言うのにポテトチップスをポリポリ齧りながら、言った。


「ヴァン兄~。熱弁しても身内しか聞きに来てないよ?」


 仏教面で黙り込んだヴァンを目の前に、机にだら~っと溶けつつポテチを齧っては零しながら、サシャは言った。


「ていうかだから私言ったじゃん。ザイオン式兵站学なんてさ、人気でないって。明らかに面白くなさそうじゃんその授業」

「兵站が……面白くない?」

「なんでそこで不思議がれるのかが不思議なんだけど……。普通の子は兵站に興味持たないんだよ?私も興味ないし、」

「兵站に興味がないだと?ふざけるな!あの模範的なザイオンだったお前はどこに行ってしまったんだ?髪を梳け!背筋を伸ばせ!指定された制服を着ろ!サシャ・マークス……貴官はザイオンの未来を背負って立つ人材のはずだ!それが、その腑抜けようはなんだ!」

「貧乏で堅苦しい故郷に帰る前に平和で裕福な学生生活ダラダラ送っても良いじゃん。ていうかヴァン兄も一回肩の力抜こうよ?ほら、おいでおいで~?一緒にポテチ食べよ?」


 そう言って、だらけ切ったサシャは手招きしてくる。


「今は、授業中だぞ?」

「硬いって~。良いじゃん、別に。ヴァン兄の授業なんて誰も聞いてないし」

「誰も、聞いていない?……お前は、」

「付き合いで出席だけしてるだけだから。……今更私がザイオンの節約術学びたがる訳ないじゃん、そもそもヴァン兄にそれ教えたのだいたい私だし」

「……………」

「ていうかさ、だから、話戻るけどさ。言ったじゃん、私。ザイオン式兵站学は人気でないよって。授業聞きにくる子いないよって。もっと他に面白そうな授業他にあるし。ほら、」


 その言葉と共に、サシャは魔動水晶板を差し出してくる。掌より少し大きいサイズの、言ってしまえば情報端末だ。


 ザイオンにいた頃はついぞそんなモノを見たことはなかったが、各“都市国家”の技術が混じっているこの聖ルーナでは普及しているらしい。


 とにかく、差し出されたそれを眺めたヴァンの視界に映ったのは授業のリストだ。

 人気ランキング、とも言えるかもしれない。


「1位はサラ先生のユニオン装飾文化教室。2位はルーク先生のアルバロス武勇歴。ヴァン先生のザイオン式兵站学は~……最下位です」

「……なぜだ」

「面白そうじゃないからじゃない?あと、言いたくないけどさ~、正直別の目当てがみんなあるって言うか」

「別の目当て?」

「そうそう。サラ先生って、美人でしょ?」

「美人……?“新月の悪夢”が?」

「美人な上に、装飾文化教室って言って色々自分で可愛い服着てさ、それ目当てに男子集まって。可愛い服に興味がある女子も集まって~。あと授業中お菓子食べ放題かつ3回に一回プールで授業してる訳よ。わかる、どういう事か?」

「…………?」

「わかんないか。まあ良いけどさ。で、ルーク先生もさ、イケメンじゃん?」

「イケメン?あの生きた戦術兵器が?」

「イケメンだからわーきゃー言いに女子が来る訳よ。しかも授業の内容はルーク先生の武勇伝だから男子も聞きに来るわけ。あと~、ユニオンにしてもアルバロスにしてもさ。姫が強いよね~?」

「……姫?」

「だから姫的な~?私的な立場的な?子がさ~、人気者な訳よ。ユニオンのリリちゃんとか。リリ・ルーファン。ユニオンの代表の娘。ちょっと不思議ちゃんな感じなんだけど可愛いし、男子人気ばっちり」


 言いながら、サシャは魔導水晶板を弄り、そこに写真を表示した。


 写っているのは黒髪に碧眼の少女である。どことなくぼ~っとした雰囲気の愛らしい少女で、特別背は高くないがその割にバストが大分主張している。


「あと、ロゼさんとか。ロゼ・アルバロス。名前通りにアルバロスの皇女様だし、カッコ良くて美人でスタイル良いの。女の子人気凄いし。ほら、」


 水晶板に表示されていたのは、赤毛に灰色の瞳の背筋の伸びた少女だ。可愛いと言うよりもうすでに美人と言った方が良いだろう美貌に勝気な微笑みを浮かべている、皇女。


「で、皆こう言うカースト上の子達と一緒に授業受けたいじゃん?1位とか2位とかはそう言う方向の戦略も練ってる訳。でさ~、ヴァン兄もね?どっちかって言うとイケメン寄りだとは思うよ?でも、わーきゃー言われるタイプじゃないよね?地味だし」

「……………」

「私もさ、自分で言うのもなんだけど、そこそこだとは思うよ?でもこう、ね?そこそこなんだよね~。別に知名度ないし。あと貧乳だし」

「……………」

「おまけに肝心の授業は兵站だし。節約術ならぎりぎりまだ誰か聞きに来るかもしれないけど兵站って何?ってところから普通の子は始まる訳じゃん?それで生徒集めるってさ、無理だって。無理。ヴァン兄ホントに真面目にやってるの?」

「……………」


 無限に続く生徒からのダメ出しを前に、ヴァンは仏教面で腕を組み黙り込んだ。

 それから、言う。


「つまり、お前に人気がないのが悪いのか?」

「人のせいにしないで貰って良いですか~?ていうか人気ない私がダメなんじゃなくて人気あるリリちゃんとかロゼさんが凄いの。家柄が良くてお金があって育ちが良くて可愛くて……。今度やるミスコンとかもほぼ一騎打ちだよ?」

「ミスコン?それはなんだ?」

「え~っと、……どの女の子が一番人気者か決めるお祭り?ザイオンではそう言う派手なことやんないもんね。あった娯楽って、振り返ると戦勝記念のお祭りくらい?な~んか、帰りたくなくなってくるな~」


 ポテチをポリポリ齧りながらだら~っと言うサシャを前に、ヴァンは真剣な表情で考え込み、呟いた。


「人気者を決める、祭り?その優勝者が俺の授業を受ければ、他の奴も受けるようになるのか?」

「ん~?まあ、誰かしらは受けに来るんじゃない?リリちゃんとかロゼちゃんとお近づきになろうとして。男子とか露骨に集まって来るかもね~」

「……俺の授業を受けている奴がそのミスコンとやらで優勝すれば良いと、そういう事か?」

「…………出ないよ?」

「しかもそれは文化的な祭典だろう?それにもし、ザイオン出身者が優勝すれば、ザイオンの文化的優位性を他国に喧伝する事もできる。なるほど、これこそが文化的戦争……大佐殿はこの事をおっしゃっていらっしゃったのか」

「絶対違うと思うよ?ていうか出ないからね?」

「そして戦争ならば、俺には義務がある!ザイオンの英雄として、ザイオンに勝利をもたらす義務が!サシャ・マークス……貴官に任務を与えよう」

「イヤです」

「そのミスコンとやらに出場し、ザイオンの文化的優位性を他国に喧伝するのだ。それにより、軽薄にもお前に釣られた生徒を我がザイオン式兵站学の授業に誘導し、ザイオン式兵站学の文化的教養の高さを示すのだ!」

「だから~、イヤだって言ってるじゃん?ハァ……そもそも、出ても勝てないし。ねぇ、ヴァン兄。ロゼさんとかリリちゃんより私の方が可愛いと思う?」

「問題ない。戦力の差を努力と献身で埋めてこそザイオン。俺が全力を挙げて能力値で劣るお前を勝利に導いてみせよう!」


 威勢よく言ったヴァンをサシャはどこかしら~っとした目で眺め、それからハァと、深くため息をついた。

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