2章 障害物競争とポロリと暗躍

 目下、すべきことは何か。


 護衛だ。ロゼ・アルバロスやリリ・ルーファンは狙われている。その警護は必要だろうが、もうルークやサラが付いているから十分である。ならば自分がすべき護衛は?


 サシャだろう。相手が師匠ならサシャやヴァンにちょっかいを掛けてくる可能性がある。そうでなくても、サシャは襲撃を阻止した。それを逆恨みされ“戦争教導団”に狙われる可能性もある。


 故に、他の二人程緊急性が高くないにしても、サシャの護衛もまた必要。

 そんな諸々考えながら……朝日の最中、ヴァンは真剣な表情でこう呟いた。


「サシャ。……お前に危害を加えさせはしない」


 そうして“鉄血の覇者”ヴァン・ヴォルフシュタインは双眼鏡を覗き込んだ。


 聖ルーナ学園女子寮傍の茂みの中に隠れ潜んで。


 そうして眺める5階の右から3つ目の窓では、……たった今目覚めたのだろうか。寝間着代わりのジャージ姿のサシャが大あくびしながら窓を開いていた。


 そして、まず着替えでもするのか。サシャはそのままジャージのファスナーを下ろし……。


「フン。危害を加えさせはしない?……そう言っているお前の行動が一番の害なんじゃないのか?朝から女子寮の覗きとは……英雄の名が泣くな、ヴァン・ヴォルフシュタイン」


 ふと、ヴァンの横から人を小ばかにするような声が聞こえた。


 見ずともわかる。奴もまたずっとそこにいた。茂みに潜み夜中ずっと双眼鏡を覗き込み女子寮を覗き続けていた、生きた戦略兵器。“雷迅の貴公子”。


「ルーク・ガルグロード……。お前に人の事を言えるのか?」

「俺は忠義に従い陰ながら姫様の護衛に勤しんでいるだけだ。お前と一緒にするな。……む?おお、姫様、……いつの間にそのようなレースの寝間着を……」

「レースだと?ルーク・ガルグロード。俺達は今同陣営に所属する同僚のはずだ。護衛対象の位置情報の共有を進言する」

「拒否する。……貴様には過ぎた黒レースだ、ヴァン・ヴォルフシュタイン。貴様は一生、サシャ・マークスのクマ柄下着でも覗いているが良い」

「クマ柄下着などサシャは着用しない。奴はザイオンにいる時から寝る時下着は付けない派だ。おお、サシャ。……やはり今も?」

「なんだと!?なんて文明の程度の低い……。所詮ザイオンなど猿の集まりのようだな、ヴァン・ヴォルフシュタイン。護衛対象の位置情報を共有しろ」

「それは相互に共有すると捉えて問題ないか?」

「…………良いだろう。ただし抜け駆けは許さない。3カウントの後に同時に共有だ」

「了承した。カウントするぞ。3,2,1……」

「「5階の――」」


 ガシャン!そんな音が突如その英雄たちが潜む女子寮傍の茂みに響き渡り……そして英雄達の手にあった双眼鏡が、何かに貫かれ砕け散っていた。


 髪だ。何本もの髪が寄り集まり出来上がった長大な髪の棘。


 それによって双眼鏡を奪われた二人が見上げた先――そこに立っていたのは暗殺装束の美女だ。そんな彼女のロングスカートの深スリットから白い太ももが覗く……。

 その太ももを見据え、英雄達は呟く。


「「サラ・ルーファン……」」

「視線が気持ち悪いんですよ、バカ共。……朝っぱらから女子寮の覗きですか?」

「「誤解だ」」


 ヴァンとルークは声を揃え、そして口々に供述する。


「俺はサシャの身辺警護の為に最善の行動を選択しているだけだ」

「フン……俺は忠義の元動いているに過ぎない。俺に下心など存在しない」

「ハァ……こんな馬鹿どもにあれだけ辛酸を嘗めさせられていたとは……。まあ、良いでしょう。その毒牙がリリに向かないのであれば、許します。他の小娘などどうなろうと構いはしません。しませんが……これはいささか効率が悪いと思いませんか?」

「「………………?」」

「どう考えても護衛は一人で足りるでしょうと言っているのです。まがいなりにも英雄と呼ばれた人材が3人、ここで足止めを喰らってどうするのです。一人が護衛に残って他の二人が狩りに行けば大抵の敵は殺れるでしょう?」

「なるほど、確かに……。分担した方が効率的か」

「フン……。良いだろう。乗ってやろう、その話。俺はここで姫様の護衛を続ける。ついでに、サシャ・マークスとリリ・ルーファンの護衛もやろう。お前たちは狩って来い」

「なぜアナタが護衛役になるのです?……どう考えてもそれは私の役目でしょう、性別的に。私が女子寮に潜伏しリリと生活を共にしリリの全てを見守るついでにサシャ・マークスとロゼ・アルバロスの護衛もします。男は狩りにでも行きなさい」

「悪いな、サラ・ルーファン。……俺は索敵は苦手だ。護衛の方がまだ得意だ」

「フン。俺は永世名誉姫様親衛隊と部下に呼ばれる男だぞ……?特技は姫様の護衛だ」

「言う事を聞きなさいバカ共が……。女子寮覗きたいだけでしょうが」


 呆れ切ったようにサラが言ったところで、ふと、一堂へと声が投げられた。


「わらわはその案に反対じゃよ~~」

「「「理事長……」」」


 3人同時に視線を向けた先。扇子で顔を仰ぎながらこちらへと歩み寄ってくる年齢不詳見た目10歳の少女は、言う。


「この場に護衛が一人というのはそれで良いだろうとは思う。が、護衛役の一人が24時間ずっと護衛し続けるのか?それでは、その一人の負担が過ぎよう。警護対象も3人おるのだぞ?」

「ですが……」

「それに、狩りに行くと言っても闇雲に探して見つかるのか?わらわの方でも捜索に人は出しておる。わらわとしては、お主らには可能な限り常時万全な、切り札で居て欲しい。……敵が英雄級である可能性が高い訳じゃしな。最低でも常時二人は万全の英雄が手元に欲しい」


 そう言って、ルーナは3人を見回し、こう言った。


「時間を決めて警護役を変えると言うのはどうじゃ?午前の警護役。午後の警護役。それから、夜の警護役。役目外の時間は休息。予備兵力。どうじゃ?効率が良かろう?」


 そのルーナの言葉に、3人は考え込む。


「諸々鑑みて、夜の護衛役はサラが良かろう。夜は得意じゃろうし、場所が女子寮じゃ。午前午後の分担はそちらで決めよ。午前の授業を見守る者。午後の授業と放課後を見守る者。どっちがどっちをやる?」


 そう問いかけたルーナを前に、ヴァンは言う。


「……午後の授業というのは?選択授業ですか?」

「まあ、そうなるかの。授業を実施するかどうかは任せるが……」

「フン……ならばその割り振り、姫様に選んでいただくのが筋だろう?」

「む?確かに、言われてみればそうかもしれんのう」

「フン。ザイオン式貧乏学だったか貧相学だったか平坦学だったか……。そんな発育不良な授業と我がアルバロス武勇歴……どちらの授業を受けたいか、姫様に選んでいただこう。まあ、答えは見えてるがな」

「……俺としては構わないが。サラ・ルーファン。お前は?」

「目下覗きを排除できるのであれば、私としては異論はありません」

「フン。決まりだな……。では早速、姫様に選んでいただこう。午後の授業から放課後の自由時間まで、誰の忠義の元で羽を伸ばしたいか……」


 勝ち誇った表情でそう言いながら、茂みから出たルークは堂々と女子寮へと歩み出そうとする。だが次の瞬間、そんな英雄の四肢が白い目で眺めるサラの黒髪で固められ……その光景をよそに、ルーナが言う。


「諸々の説明も込みで、わらわが希望を聞いてくるとしよう。ああ、それから。諸々考えたが、ミスコンの1次予選。その種目を決めたぞ」


 その言葉に向けられた3人の視線を前に、ルーナは笑みと共に、こう言った。


「……障害物競争じゃ!」

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