6
アルバロスとユニオンの軍がこの都市の近郊にいる。今はルーナが止めて、この都市に入って来てはいないが……入ってきたらどうなる?
仮にその二つの軍勢が、ブラドの言う様に戦争を起こしたがっているとしたら?
占拠されて要人の子息がその大国の人質になる……どころではないだろう。
戦時下猛威を振るっていた大国2陣営の軍勢がいるのだ。占拠どころかそのまま、この聖ルーナはアルバロスとユニオンの軍隊による戦場に成り代わり、そうなればもう完全に、ルーナの作り上げたこの平和な時代というシステムは壊れる。
それが、ブラドの狙い。だとするなら……。
(また襲撃がある。また襲撃すると、予告された)
そして、止めてみせろとブラドは言っている。
止めて欲しいのだろうか、ヴァンに。あるいは、ただただ本当に遊びたいだけなのか。
どちらであれ止める事には変わりない。問題はどう止めるか。そもそも、予告された次の襲撃は何か。
(都市内部か都市外。どこかにいる伏兵で襲撃を掛ける……。だが、それだけで理事長が他国の軍隊がここに入ることを許可するか?仮に伏兵に英雄級がいたとしても、兵力はまだこちらが上だ。血の代償魔術によるルークかサラの洗脳。それをした上で……)
そこで、何かに気付いたと言わんばかりにヴァンは眉を顰め、やがて呟いた。
「……本来の戦術目標は、それか。なら、」
呟き、地下牢を後にしたヴァンはそのまま、おそらくルーナがいるだろうイベントホールへと歩み出した。
と、その途中で、だ。
ミスコンの2次予選はもう終わったのだろうか。ぞろぞろ会場を後にしていく集団の最中に、……何やら眼鏡とスーツを装備させられて三下チンピラマフィアみたいになっている騎士を引き攣れたメイド達の姿があった。
そしてそのうちの一人が、ヴァンに気付いたらしい。
「あ、サボりのヴァン兄だ!……ご主人様~~~っ!」
何やら随分上機嫌なサシャ。メイド服を着つつ何やら王冠を被っているサシャがこちらへと駆け寄ってきて、そして満面の笑みと共に言う。
「私、メイド王になったよ!」
「……メイド王ってなんだ?」
と呟いたヴァンの元に、他の3人もまた歩み寄ってきて、そしてやはりメイド服を着ているリリは言った。
「リリ、メイドを嘗めてたの。まさかお菓子作りするだけの競技のはずだったのに機転と運動神経と腹黒さとツッコミ能力を問われた上で尚ご主人様を虜にしつつも袖にするバランス感覚を求められる超高難易度競技なんて知らないの。あんなの理事長にしかさばけないの……ていうか出場した方が目立てたの……リリは所詮、毒舌メイド長の器ではなかったの……」
「何があったんだ一体……」
と、呟いたヴァンを前に、案の上メイド服を着ているロゼが何やら遠い目で言った。
「……ドジっ子メイドのロゼ・アルバロスです。いっそ解雇してくださいご主人様」
「お前は何をやらかしたんだ……」
ヴァンは呟き、それから腕組みして言う。
「一体何が行われていたんだ?お菓子作り対決じゃなかったのか」
「リリも、そう思ってたんだけど、蓋を開けてみた……はぐ、」
答えかけたリリの口を、サシャが背伸びして手で覆い……そしてちょっと拗ねたようにサシャは言う。
「サボりのヴァン兄にはおしえな~い、」
「来てくれなくてもきっとと応援してくれてるとか言……はぐ」
何か言いかけたロゼの口もまた、サシャはやはり手で覆い、言う。
「それはそれって言うか、ホントに見てないと思わないって言うか、思ったより大変だったって言うか……。とにかくヴァン兄!私メイド王になったよ!」
「だからメイド王とは……。2次予選で優勝したと言う事か?」
そう問いかけたヴァンを前に、サシャは得意げに胸を張り、言った。
「ファイナリストです!」
「ファイナリストなの!」
「……こんなはずじゃなかったのに、」
胸を張る二人を横に皇女様は何か残念な雰囲気を纏い始めていた。
そんなロゼの背後でスーツ姿の騎士がメガネをくいっとやりながら言った。
「ご安心ください、姫様。暫定順位は1位……姫様も事実上ファイナリストです。おそらく、3回ボウルをひっくり返してペタン座りしながら大泣きしたのが大衆の心を掴んだのかと」
「言うな、ルーク。……そんな事実はない。私の記憶からはすでに消してある」
なんというか……ずいぶん色々波乱があったらしい。
そして、この感じなら襲撃もなかったのだろう。
そんなことを思い、ヴァンは腕組みしメイド3人娘を眺め……それから言う。
「……何事もなかったなら良い。ルーク・ガルグロード。理事長は?」
「イベントホールにまだいるぞ。……緊急か?」
「違う。だが、報告はある。イベントホールだな?」
それだけ言って……やはりはしゃぐ気にもふざける気にもなれず、ヴァンはそのまま歩み出しかける。
が、そんなヴァンの足に、何かがぶつかった。
「む?」
見ると……ヴァンの足をリリがしれっと踏みつけていた。
「……?なんだ、リリ・ル―ファン」
問いかけたヴァンを横目で見上げ、そして次の瞬間、リリは言う。
「……ファイナリストなの~~っ!」
横にいるサシャ。ヴァンのリアクションが悪かったせいか、さっきまでの上機嫌がなりを顰めているサシャを、両手でヒラヒラさしながら。
それを眺め、ヴァンは言った。
「……把握している」
「それだけなの?……サシャ頑張ってたの。誰かに言われて出てるミスコン」
不満げに言ったリリを前に、ヴァンは若干顔を顰め、それから頭を掻く。
「……把握している。悪いが、リリ・ルーファン。これは完全に余計な世話だ。ハァ……サシャ」
「う、うん。何、ヴァン兄?」
「好きな色は……変わったか?聖ルーナに来て」
「え?……変わってないと、思うけど……」
「……そうか」
そしてそれだけ言って、ヴァンはリリの足を躱し、イベントホールへと歩み出した。
そんなヴァンの後ろ姿を眺め、リリは首を傾げる。
「ヴァン教官キャラ変わった?」
「いや、ヴァン兄元々あんなだよ?聖ルーナ来てから、楽しそうにしてただけで」
「……楽しめないだけの事情がある、という事か」
口々にそんなことを言い合い、3人は同時に、事情を知ってるだろうルークへと視線を向けた。
「……俺は口数の少ない男だ」
「本当に口数の少ない人は自称しないよ……」
「誰かしらに釘さされてると見たの」
「ハァ……アルバロスの名誉が。日に日に……半分私のせいで!?」
人の事言えなくなって来た皇女様が頭を抱え、そんなロゼと、サシャとリリは慰めていた……。
*
イベントホールの奥。いつか、ミスコンの参加者発表の直後に英雄3人が集められたその部屋に、ヴァンは踏み込んだ。
途端、奥のデスクに付き魔導水晶板を弄りそこらにある通信用の魔道具を弄っていたやはりメイド服のルーナは、視線すら向けずに言う。
「む?おお、そっちから来おったか。手間が省けた。……わらわの言いつけを破るとは良い度胸じゃな、ヴァン。どうせ我慢できず師に会いに行ったのだろう?そんなに牢屋が好きならお主も独房に入るか?ん?」
そのルーナの言葉を無視し、ヴァンは言う。
「アルバロスとユニオンの軍勢が迫っていると聞いた。……本当か?」
「やはり把握した上で投降したのか、奴は。“戦争教導団”。組織ではなくスローガン。……つくづく面倒な話じゃな。一つの目的のために勝手に動く個人の群れ。連帯はない。連携もない。じゃが、相互に触発はされる。何を話した?奴は何を吐いた?」
「その軍勢を利用する気らしい。そう、宣戦布告された」
「宣戦布告、のう……。もう一度令嬢を襲撃する。それを大義名分に進駐したユニオンとアルバロスの間で、小競り合いが起こりやがて戦争か。なら、すぐ殺す気はないのじゃろうな。リリかロゼ、出来れば両方を捕らえ、それを助けると言う大義名分を持ったアルバロスとユニオンが無理やり聖ルーナに侵攻する。……その呼び水が、この軍勢か」
「この軍勢?」
眉を顰めたヴァンを前に、ルーナは持っている魔導水晶板を弄りながら、言う。
「先ほど報告があっての。この都市の南西10キロ。そこに、今は放棄された古い鉱山がある。そこにどうも、ならず者が集まっておるらしい。先に言っておくが、ユニオンともアルバロスとも別じゃぞ?おそらくじゃが……」
「師匠の集めた兵?」
「うむ。奴がアルバロスとユニオンの兵を認識しているなら、筋書はこうじゃな。鉱山に集った兵でこの聖ルーナを襲撃する。同時にブラド自身も暴れ、一時的にロゼとリリ、そしてこの人質だらけの不可侵領域をならず者が占拠する。それを取り返すと言う大義名分の元アルバロスとユニオンの兵が聖ルーナに進軍し、両方占拠を目指す。その流れの中でロゼかリリのどちらかでも倒れれば、」
「戦争時代に逆戻りか?」
「そもそも聖ルーナがならず者に占拠されれば、その時点でわらわの作った平和はほぼ終わりじゃ。ここにいるのは要人の群れ。それをお互いに差し出しておるから世界は平和。じゃが、逆に言えばここを握ればいくらでも世界中に火種を巻ける」
そこで、ルーナは魔導水晶板を机に投げ、ヴァンへと言う。
「という訳で、英雄。本来なら、わらわの言いつけを破った罰を与えたいところじゃが……人材が足りん。罰の代わりに働いて貰う」
「その鉱山を制圧してくれば良いのか?」
「やはり軍事絡みは話が早いの、お主。サラとルークはそれぞれ別の任務についておる。開いているのはお主だ。お主が裏切る可能性は、わらわは考えない。信用する。制圧するのじゃ。ただし……無論、可能な限りで構わんが」
「殺すな?」
「うむ。……我らは平和を唄っておるしな。英雄に殺戮をさせる時代ではないと示したい。これは希望論じゃ。必ずしも順守はせんで良い。可能な限り捕虜にせよ」
「収容先は?」
「丁度近くに大国の軍勢がおるからな。奴らに預ける。……その交渉はもう、終わった。やると言わせた」
「……ユニオンとアルバロスか。だが、奴らに預けても、逃がして聖ルーナを襲わせるだけじゃないのか?」
「じゃから捕虜は全てユニオンに預けさせる。ユニオンの方が話が早かったからの。預けた捕虜を仮にすぐさま自由にすれば、それは明確な聖ルーナ協定への違反じゃ。これは世界規模の相互安全保障条約じゃぞ?破った奴が悪になる世界をわらわが作ったのじゃ。既にユニオンの代表に言質も取ってある。捕虜を逃がした場合は、それはここに来ているユニオンの軍勢、その現場の独断。ユニオンが世界の敵になるのではなく、その現場の部隊が全員世界の敵、犯罪者なのじゃ。……そもそも、戦争したがる個人が現場に出ているとも限らんしの。現場は上の意向に従うだけじゃろう」
そう、遊び0の鋭い視線で呟き、それからルーナは言った。
「ブラド・マークスの護送に付いても同時に話を付けた。その身柄もユニオンに護送する。ただし、目下発見したならず者どもを排除した後に、じゃ。護送中に襲撃されて軍勢率いた“鮮血の道化”が捨て身になられてはかなわんからな。段階を踏む。まずはお主が制圧してからじゃ。異論は?」
「ない。……俺がそいつらを制圧すれば終わる話か?」
「だと良いと思っておるがの……。少なくともあの道化の手札のウチの一つは消せる。気がかりがあるなら聞こう」
そう言ったルーナを前に、ヴァンは暫し考え込み、言った。
「……師匠の本当の戦術目標に関して、進言がある」
「なんじゃ?」
「アナタの防衛体制を聞きたい。……世界の平和を維持している楔の」
言ったヴァンを前に、ルーナは一瞬眉を顰め……それから腕組みし、呟いた。
「令嬢を狙うと見せかけて、真の狙いはわらわか。なるほどな」
「師匠は明確にこちらの駒を散らしている。監視役、令嬢の護衛役……そして制圧役。英雄3人散らさざるを得ない状況にした上で、人的資源の問題で手薄にさせた一番平和を壊しやすい標的を狙う。本気で戦争時代に戻したいなら、今の平和な時代でバランスを取っているあなたを殺すのは、個人で出来て最大級に世界情勢を歪める手だ」
「ふむ、忠告を聞いておこう。わらわの方で対処する。わらわの身柄じゃしな。他は?」
「鉱山の制圧は?すぐ出発か?」
「そうして欲しい、ところじゃが。ユニオン側での捕虜収容準備まで少し時間がかかるの。急いでは貰うが今すぐとは言わん。詳しくは現地でユニオンの指揮官と話せ。細かいことは全てお主に任せる。……まだ何かあるか?」
そう問いかけてくるルーナを前に、ヴァンは腕組みし暫し考え、それから言った。
「……ミスコンはまだ、やるつもりか?」
「無論じゃ。今更やりませんなんて言う訳なかろう?」
「なら……出発前に、仕立て屋を紹介して欲しい」
「仕立て屋?」
「別にただの服屋でも良い。だが、……可能な限り高い方が良いだろう。高級品が欲しい。俺も貧乏な育ちだからな。値札の額が誠意だと思う」
「ほう……贈り物か?」
どこか面白がるように……それこそさっき政治やら軍略の話をしていたのとは全く違う笑みを零したルーナを前に、若干ウザそうにそっぽを向きつつも、ヴァンは言った。
「無理やりミスコンに出場させた妹分がファイナリストにまで残ったんだ。ドレスくらい高い奴を買ってやりたい。欲しがってたしな……。悪いか?」
「悪い訳がなかろうが……。わらわ的にはそう言うのだけず~っと、やって欲しかったんじゃぞ?ホントはな。良し!連れて行ってやろうぞ仕立て屋へ!そしてわらわも一緒に選んでやろう!」
「……そんなことしてる時間はあるのか?」
「時間は作るものじゃよ、ヴァン?それとも何か?お主にドレス選べるだけの知識があるのか?」
そう言ってきたルーナを前に、ヴァンは僅か渋面を浮かべて黙り込み、やがて、言った。
「……お願いします、理事長」
「うむ。大船に乗った気でおるが良いぞ!その位の手伝いは喜んでする。そなたも応えよ、若き英雄よ」
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