発表されたミス聖ルーナコンテストの2次予選の競技は、“ご主人様、これが私の気持ちです!必中悩殺!お菓子作り対決~~っ!”だった。


 ~~っ!まで正式名称らしかった。


 そんな、発表されたばかりの予選内容に口々に感想を述べている平和な生徒達を横目に、ヴァンは第7講義室へと向かっていた。


(なんだかな……)


 ミスコンなどしている場合ではないだろう。その思いが強くなる。


 そもそもヴァンとしてはそう言う余暇に関わっている気分ではない。殺したはずの師匠が、この校舎の地下室にいる。その娘が何も知らないままに、第7講義室でミスコンの話をしているのかもしれない。


 何も伝えないのは心苦しい。だが、……終わった話でもあるのだ、ヴァンとサシャにとっても。蒸し返した挙句また父親が反逆者だと告げる位なら、本人がイヤイヤだとしても平和でくだらないミスコンの話をしていて欲しい。


 そしてそのサシャの日常の一部でいることは、ヴァンにとっては義務でもある。


 ヴァンがブラドを討ち、帰ったその日。

 サシャは何も言わずいつも通り、温かいスープを準備してくれていた。


 それはほんの些細な事だろう。だが同時に全てでもある。覚悟でも、あったはずだ。


 ヴァンは難しい顔をしたまま、ガララと第7講義室へと踏み込んだ。


 と、その瞬間、である。


「「「「「ヴァンせんせ~~~いっ!」」」」」

「む?」


 妙に華やかな声の群れが、ヴァンを出迎えた。同時に、10人以上――多くの女子生徒がヴァンへと駆け寄ってきて、口々に言ってくる。


「ヴァン先生の事、前から気になってました!これ、良かったら食べてください!錬金都市国家の、レミー・ハートです!丹精込めて作りました!何も仕込んでないです!」

「ちょっと、抜け駆けしないでよ!ヴァン先生先にこっちを食べてください!占術都市国家のシフォン・アイオーンです!何も仕込んでないのでまず食べてください!」

「呪術都市国家のアリスです。フヒ、……別に隷属のあれとか入れてないのでご賞味、フヒ……」


 ほかにも色々様々、妙にスタイルが良く華のある女子生徒達が、一々名乗りながら笑顔と無罪主張と共に小包を差し出そうとしてきた。


 その華やかな光景を前に、平和ボケから半分立ち返っているヴァンは呟いた。


「モテ期、だと言うのか?バカな……俺は近頃セクハラしかしていないはずだぞ?」

「自覚してたらもう完全アウトだよヴァン兄。は~い、ごめんね~。こっちで預からせて貰うよ~」


 そう言って、女子の群れをかき分けてきたサシャが、彼女たちの手にある小包をひょいひょいと回収していた。


「サシャ?これはいったいどういう事だ?何が起こった?ハニートラップか?」

「恐ろしい事にだいたいあってるよ、ヴァン兄」

「何?」


 眉を顰めたヴァンへと、教室の最前列。いつもの位置に腰かけていたロゼとリリが言った。


「ついさっき、ミスコンの次の競技が発表されたじゃないですか。お菓子作り対決と」

「で、この間の感じからして、八割方英雄が審査員やるんじゃないかってみんな思って……袖の下盛りに来たの」

「袖の下、盛る?」


 呟き視線を向けたヴァンから、つい数秒前までキャーキャー言いながら詰め寄って来ていた妙に華のある女子集団は全員視線を逸らしていた。


 それを横に、ロゼが言う。


「ちなみに、ですが。調子づいてその袖の下の数々を口に入れるとあそこのバカのようになります」


 そうしてロゼが指さした先。教室の隅っこの方で、“雷迅の貴公子”がしゃがみ込み頭を掻きむしり呻いていた。


「うぅ、俺の、忠義、俺の姫様、姫様が、一杯、俺の、忠義、誰に、誰に誓えば、……ああああああああああああ!?」

「……何やってるんだアイツは」

「惚れ薬とか恋のおまじない(強制)とか隷属術とか全部喰らって忠義を見失った騎士の末路がアレなの」

「姫様、嗚呼、姫様……どいつもこいつも姫様に見えるのになぜ誰もゴスロリじゃないのですか……あああああああああ!?」


 忠義の騎士は錯乱していた。

 それを眺め、ヴァンは呟いた。


「……いつもと大差ないような気がする」

「言わないでくださいヴァン先生。ハァ……」

「まあ、そう言う訳だからね、ヴァン兄。女の子からもらったもの食べちゃダメだよ?」


 そう言って、小包を回収しきったサシャは別に食べてないのにもう呆れた視線をヴァンに向けていた。


 そんなサシャ。そして小包を眺め……ヴァンは集っていたハニートラップ軍団に視線を向ける。


「これは、お前たちが作ったのか?お菓子から?」

「「「「「は~~~~~い!ヴァン先生の為に作りました!」」」」」

「まったく同じ言葉と愛嬌に踊らされた騎士の末路がアレだよ、ヴァン兄」

「ゴスロリ、うう、ゴスロリツインテール、してくれれば、忠義を取り戻せる気がします姫様……」

「着ないからな絶対」


 もう半分くらい毒から回復し始めてそうな腐っても英雄に姫様は冷たかった。

 そんな光景をよそに、ヴァンは腕を組み考え込む。


(お菓子から、作ったのか……。どうせ全員お嬢様だろうし、料理絡みならほっといてもサシャが勝つかとも思っていたが……)


 ミス聖ルーナコンテストの2次予選、“ご主人様、これが私の気持ちです!必中悩殺!お菓子作り対決~~っ!”は意外と激戦になるかもしれない。


 そんな事を真剣に考えたヴァンを見上げ、サシャは不思議そうに言う。


「…………?ヴァン兄、なんかテンション低くない?なんかあった?」

「いや……。何でもない。それよりサシャ、お前お菓子作りは得意か?」

「え?まあ、出来なくないけど……。あんまり作ったことないよ?ザイオンのお国柄的に、ね?」

「そうだな」


 それだけ呟き、ヴァンは難しい顔で腕組みしていた。そんなヴァンを見上げ、サシャは一瞬眉を顰め、それから気を取り直すように言った。


「それよりヴァン兄!授業しようよ、授業!みんな聞いてくれるよ、ザイオン式兵站学。ね?」

「「「「「すごく興味ありま~~~すっ!」」」」」

「ほらヴァン兄、文明開化だよ?絶対興味ないけどみんな聞いてくれるって?それにほら兵站学……じゃなくてお料理教室とかお菓子作り教室でも良いじゃん。次のミスコンに向けて、皆で特訓しようよ!」

「……みんなで特訓か。それをしても、勝てないだろう」

「え?」

「手の内を明かすのは避けた方が賢明だ。来てるお前たちも、ミスコンの参加者なんだろう?勝利を目指すなら、手の内は晒すべきじゃないはずだ」


 いつもと同じように生真面目だが、いつものようにはしゃいでいない。


 そう、遊びがないのだ。ミスコンでの勝利を戦術目標、命令のように捉えそれに対して合理的にだけ行動しようとするヴァンを前に、サシャはまた眉を顰める。


 そんなサシャの表情に視線を向けることなく、ヴァンは言った。


「……悪いが授業はなしだ。この時間は次の競技への準備時間に当てる。サシャ、菓子作りはレシピを順守すれば良いだけだろう?この都市の賑わいようなら探せばあるはずだ。勝てるレシピを探しに――」


 と、ヴァンが言いかけたその瞬間、である。


「ヴァン先生!……異議があります!」


 そんな威勢の良い声と共に、向こうで腕組みし席に付いていた皇女が、勢いよく立ち上がった。


「ロゼ・アルバロス……なんだ?」

「はい。……ヴァン先生は先日言っていたはずです。勝利を拾うな、勝ち取って見せろと……。ここで手の内を晒すことを避けて、正々堂々ぶつかり合う事から逃げて、それで勝ち取った事になると思いますか!?フェアな勝負を、するべきだと思います。障害物競争を前に、サシャだけでなく、私の事も、リリの事も……全員をザイオン式兵站学の生徒だと受け入れ、指導してくれたのはアナタでしょう!?」

「……ロゼ・アルバロス」

「断じて!……私がお菓子を作った事がないとかは関係ありません!別に!こないだ勝てるはずだった障害物競争を落として焦っているとかではありません!違います!お菓子作りを教えてくれそうな身内に心当たりがない訳ではないんです!ただ、私は、フェアな勝負がしたい!開くべきです!ザイオン式お菓子作り教室を!みんなとフェアな勝負を、私がするために!」

「ロゼ・アルバロス……」

「開きましょうよ、ヴァン先生!みんなで技術を教え合いましょう!みんなも……みんな。私は、アルバロスの皇女として、公の場で恥を晒す訳にはいかない。焦げたクッキーを出して審査員を悶絶させる訳にはいかないんだ。だから、頼む。……私にお菓子作りを教えてください」

「ロゼさん必死だね……」

「そもそもこないだポロリした時点でもう料理下手とか以前の皇族の恥晒してると思うの……」


 口々に呟いたサシャとリリを前に、けれどロゼは必死にヴァンを見据え、言った。


「ヴァン先生……。どうか、ご慈悲を」


 そんなロゼを、ヴァンは腕組みして眺め……それから、詰め寄ってきているハニートラップ軍団に視線を止めると、問いかけた。


「……他人に教えられるくらいにお菓子作りに自信のある者は?」

「「「「「は~い!」」」」」

「……ならば、教官役は、順番にこなそう。技術開示の上ミスコンでフェアな勝負を行う。異論のある者は出て行って構わない。共有の意志のある者は残れ」

「「「「「は~~~~~い!」」」」」

「ヴァン先生……慈悲を、くださるのですね。ありがとう……」

「ロゼ、ミスコン進むごとにどんどん残念な姫になってる気がするの……」


 華やかな教室は口々に言っていた。

 それらを前に、けれどヴァンははしゃいだ様子なく静かに考え込む。


 そしてそんなヴァンを、サシャは怪訝な表情で眺めていた……。

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