3
自分達の周囲で、何かが起こっている。
それは当然、サシャ・マークスもわかっていた。
そもそもミスコンの最初に襲撃を受けたし、その後護衛として英雄が時間を決めて監視に付くようになった。そしてその護衛役が突然、ルーク一人にもなった。
だから、何かしらが起こっているのは確実である。そしてその内容を詳しく知らされないのも、知ったところでサシャ達に何かできる訳でもないのだろうと分かっているから、別に不満もないし、特に不安もない。
英雄が3人身近にいるのだ。それ以上の安全はないだろうし、何よりヴァンは気兼ねなくはしゃいでいた。だからサシャは全部ヴァンに任せておけば大丈夫だろうと思っていた。
戦時中と同じだ。家で帰りを待つ。帰ってきたら歓迎する。それはサシャの癖の様なモノで習性の様なモノで、そして願掛けでもある。
帰って来たヴァンがいつも通りのくつろぎ方をしていれば、何も悲しいこともなければ何も不安がることもない。まるでサシャに会おうとしないお父さんも無事だろう。
何かあったら、ヴァンは多分隠せないだろうから。表情を見ればわかる気がするから。
そしてその漠然とした勘は、お父さんが反乱を起こした時のヴァンの余裕のなさを見て、正しいと証明された。
ヴァンはお父さんを討った。それが出来るだけの力のある人材が、ザイオンに他にいなかったから。そう言う諸々がわかるから、サシャはまたヴァンに全てを任せた。
お父さんのドックタグを持って帰って来たヴァンに、いつも通りに温かいスープを作った。そしてその後も務めて普段通りを演じた。
聖ルーナに来たのは、良かったと思う。そもそも快適だし、1年。全てから距離を置けた。
1年後にヴァンが来た。元々恨むような感情はなかったけれど、1年間が空いて全部昔の出来事に出来た。ヴァンも同じだっただろう。ザイオンとは違う聖ルーナの光景にはしゃいでいたようだし、なんだかんだずっと楽しそうにしていた。
だから、前より賑やかな普段通りがあった。のだが……。
(……戦争してた時みたい、)
第7講義室から移動して、調理室。ミスコン参加者の一人が教官役を務めるお菓子作り教室。周囲では女子生徒たちが、とりあえずの基本として始めたクッキー作りに精を出している。
「薄力粉と強力粉……一体何が違うんだ?」
「端的に言えば粉の粗さかと。ちなみに、姫様が今見ているのは重曹です」
「重装……?重武装なのか?」
「そうです。だいたいそうです姫様がそうおっしゃるなら間違いありませんそれが世界の真理です」
目の目に並べられた白い粉の数々に眉を顰める皇女を前に毒から回復した騎士が真顔で倒錯していた。
そんな光景を見るでもなく眺め、サシャは調理室の隅っこに視線を移す。
そこで、ヴァンは腕を組み佇んでいた。お菓子作りに混じったりと聖ルーナに来てからのヴァンならやりそうなはしゃぎ方を一切せず、ただただ腕を組み時間が過ぎるに任せている。
そう。何もしないのだ、本当に。必要最低限しか、行動しない。
それがヴァン・ヴォルフシュタインと言う英雄だった。
命令があって戦争があれば無類の活躍をするのだろう。だがそれ以外の時間は本当に必要な事しかしない。睡眠、食事と訓練。家にいる時のそれ以外の時間は全て、完全なる待機。
例外はサシャが何かに誘った時だけだろう。遊びたいと言えば乗って来るし、それをしている時は大体楽しそうにしてる。だが、それ以外の時間はただ命令を待ち続けるだけ。
(……楽しそうにしてたのにな)
ヴァンの余裕が完全に削ぎ落されるくらい不味い状況なのだろうか。それとも、もっと別の事情か。
作業の手を止めヴァンを眺めていたサシャへと、ふと声が投げられた。
「お熱い視線を見ちゃった気がするの……」
「え?」
呟きと共に視線を向けた先。そこには、何やらニヤニヤしたリリの顔があった。
「……ヴァン兄。お兄ちゃん。だけど血がつながってないって聞いたんだけど、……どうなの?リリ興味深々なの」
「「「「え~~~?」」」」
リリの言葉に、周囲にいたお嬢様達が全員露骨に身を寄せて来ていた。
それらの中、サシャは止まっていたお菓子作りの手を動かし始めつつ、言う。
「べ、別に……。ていうか、リリちゃんは良いの?お菓子作りしないで。もしかしてめちゃめちゃ得意とか?」
「お菓子は作るものじゃないの。その辺の大人に甘えたら出てくるものなの」
「もう完全に筋金入りだね……」
「それにリリ、だってもう予選通ってるし。フッフッフ……みんな作れるようになるなら逆に出来ない方が目立てるし可愛いの。リリは、てへ?砂糖と塩間違えちゃったの~。……しても許されるパブリックイメージだからむしろしくじった方が最終選考まで見据えた場合の勝率高いと思うの」
「……ホント、筋金入りだよね」
「それに、私より今はサシャなの!故郷の英雄な血のつながらない兄への熱い視線に熱い興味があるの……。ね、みんな?」
「惚れ薬使う?」
「絶対に現実になる恋のおまじないあるよ?」
「フヒヒ……隷属させる?」
悪ノリし始めている……というか、ミスコン始まってから大体みんなそうだったノリのまま言ってくるお嬢様たちをよそに、生地をこねながら、サシャは言う。
「使わない。……ていうか、そう言う話題ならあっちの方が熱いんじゃない?」
そう言ってサシャが視線を向けた先。
「砂糖、粉砂糖、角砂糖……なぜだ?何が違うと言うんだ……」
「痛み入ります。……ちなみに姫様が見ているのは、」
「塩だろう?そのくらいわかる。私を舐めるなよ?」
「いいえ、ただの塩ではなく岩塩です」
「…………何が違うって言うんだ!?」
姫と騎士が遊んでいた。それを横目に、リリは言う。
「アレはどうせ弄っても不毛なの。それより、リリはサシャとヴァン兄(血のつながらない)に興味深々なの。……渡されそうになってたお菓子回収してたの。その心は?」
「だって、毒盛られそうになってたから……」
「でもでも~、出たくない出たくない言いながらお兄ちゃん(血のつながらない)の為にミスコン出てるの!」
「出ないと多分ザイオン式って供述しながら誰かしら拉致ってくるし」
「で、でもでもでも~~。あ。……フッフッフ、風の噂で~、無理やりスリーサイズ測られそうになっても無抵抗だったって聞いたの」
「「「「え~~~?」」」」
「……だってまあ、兄だし。下心とかないだろうし。そもそも、そう言う感情向けてる相手に自分よりスタイル良い女の子半裸にして突き飛ばすと思う?」
「……中々強情なの」
「強情じゃなくて、別にそう言うんじゃないよ。ただ……」
「「「「ただ~~~~~!?」」」」
リリ含めたお嬢様たちは全員前のめりに言ってきた。
それを前に、サシャはため息一つ、呟く。
「……どうせなら楽しそうにしてて欲しいなって思うだけ。楽しい思いした事、あんまないだろうし」
そう呟いたサシャを前に、お嬢様たちは全員何も言わず微妙な表情を浮かべた。
そしてリリもまたつまらなそうな表情を浮かべ、言う。
「これはこれで弄りにくいの。むぅ……」
そしてリリはフラフラ、ロゼとルークの方へと歩みより、ロゼへと言う。
「お姫様は忠義の騎士の事をどう思ってるんですか?」
「アルバロスの恥」
「もったいなきお言葉です。……もう一度言ってください姫様」
「もう完成形なの……」
ブレない二人にリリはつまらなそうにしていた。
それを眺めたサシャへと、周囲にいるお嬢様たちが小声で言ってくる。
「必要だったら惚れ薬上げるよ?」
「おまじないも」
「隷属も」
それらに苦笑し、サシャはヴァンをちらりと眺め、小声で言う。
「良いよ、今は。……でも、レシピだけ後で教えてくれる?」
その言葉にお嬢様たちは小さく頷き、各々自分の作業に移って行った。
それらの最中、サシャもまたお菓子作りに戻って行く。
(ミスコン勝ったら……楽しそうにするかな。また、)
そんなことを考え、ちょっとやる気を出しながら……。
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