6
どういう経緯でついていくようになったのか、ヴァンは正直良く覚えていない。
確か、ついて行けば楽に食い物を手に入れられると思ったんだっただろう。
そうしている内にいつの間にか弟子にされた。多分それすらジョークの様なモノだ。師匠は連れ歩くヴァンを指さされ、“息子か?”と問われるのを嫌がった。だから弟子と言う言い訳が出来た。
そしてその言い訳の後を追う様に、訓練を受けるようになった。
そしてヴァンに血の代償魔術の才。戦闘の才があると気付いた瞬間から――ヴァンは師匠のコピーとなるように育てられた。
完全なコピーではない。完全に同一の人間になれる訳もない。技を絶やさないように継いでいく対象、ですらない。
では、何のコピーなのか。
わからなかった。
訓練を受けて暫く経って、あの家が住処だと言われて、サシャに会って……それから数年、あの家で暮らすまで。
ある日、ヴァンは気付いた。
自分はコピーで、ある意味作品なんだと。
寂しい娘にペットを与えるように。
血塗れの手で触れる気になれない娘に、身代わりを与えるように。
あるいは祖父に可愛げのある息子を与えたのかもしれない。
そしてもっと大局も見ていたのだろう。“鮮血の道化”と言う英雄に寄った軍事都市国家ザイオンに、“鉄血の覇者”と言う新たな英雄を与える。
その全てが、だから準備だ。
ヴァンの才覚が自分に届き得ると知った瞬間から、師匠は準備を重ねてきた。
そして機を見て、大義名分を見出して――平和な時代のザイオン。その障害になる
だろう、好戦的な軍人を引き連れてザイオンに離反し、その全てをヴァンに処理させた。
不穏分子を。その筆頭である自分自身を。
そして死にたがりは満足して死んだ……はずだったのだろう。
けれどそれすら叶わずに、道化は道化だとどこまでも自分自身を嘲笑ったまま――。
「――ハハハハハハハハハハハッ!」
理性を。タガを。躊躇いを。全てを自分から手放して、“鮮血の道化”は血と炎の舞台の最中嗤い続けている。
大鎌が振り回される。派手で大雑把でその割によどみない動きで、巨大な得物が踊り狂う。
元々、師匠はこうだったのだろうか。ヴァンと言う自分のコピー。ヴァンと言う前衛役を拾う前の“鮮血の道化”は、大鎌を手に戦場を制圧していたのだろうか。
迫る大鎌――それを、ヴァンは手に持った大槍で弾く。
脈絡なく爆散する地面、そして血の霧に覆われた空間。
その爆散を、直感のままにヴァンは躱す。
そうして防戦一方のように動きながら――常人では隙にすらならないだろう攻撃の狭間を、大槍は穿っていく。
「ぐ、ガハ、……ハハ、まだ死なねえなァッ!」
腹部を大槍に貫かれたブラドはよろめき、だが次の瞬間にはその大槍を自ら引き抜いた。その傷痕が、一瞬で修復されていく――。
そうして躰の傷だけは消え去った道化は、嗤いながら血の槍をヴァンへと投げ返してくる。
そうして自身へと迫って来た槍を、ヴァンは表情一つ変えずに掴み取りまた構え、再び迫る大鎌。襲い来る爆炎の悉くを躱しながら、問いを投げた。
「師匠。……アナタの望みは?何ですか?」
「わかるだろう、ヴァン!
咆哮と共に、大鎌を両手で握り締め、ブラドは正面からヴァンへと突っ込んでくる。
その動きは、さっきまでより更に速い。ヴァンと同じように血を吸わせた衣で自分の動きを補強しているのだろう。
いや、それだけではない。それよりも更に速い。ブラドの背後に、爆炎が散っている――。
(爆炎で自分を吹き飛ばして、加速……?)
そう言う技を使っているらしい。そう言う技も、使えたらしい。初めて見る技だ。
これが、師匠の――前衛をやる時の本気なのだろうか。
ヴァンは観察していた。弟子として師匠の技を。
――観察する余裕すら、ヴァンにはあった。
才能の問題か、あるいは若さの問題か。老獪さを捨てた戦場ならば、その優位は完全にヴァンの方にある。
「ハッハァッ!」
愉しそうに、ブラドは大鎌を振り下ろして来る。
それを、宙に浮かべた2本の大槍。交差させたそれで悠々と受け止め、カウンターのように、手に持つ大槍を横薙ぎに、ヴァンは振るった。
肉を断ち切る感触が、ヴァンの両腕に伝わってくる。
真一門に裂かれたブラドの腹部から夥しい量の血が流れ――流れたそばから修復され、元に戻って行く。
それを眺めながら、ヴァンは言った。
「……戦わないと言う選択肢は?」
「ねぇな!……俺の気が収まらねえ!」
「戦場で、死にたいと?」
「それが筋だろう?……
絶叫と共にブラドは身を躍らせる。周囲にいくつも血で出来た大鎌が現れ、ブラド自身の手にある大鎌が横薙ぎに振り抜かれると同時に、それら全てがヴァンへと襲い掛かってくる。
全方位から迫る血の刃。それを前に、けれどヴァンは躊躇なく前に出た。
とりわけ威力のある師の手にある大鎌。それは、宙に浮かんだ2本の大槍で受け止める。
そしてそれ以外の刃は――無視だ。
刃がヴァンを捉える。だが、鳴り響いたのは硬質な音だ。
ヴァンの血を吸い、鋼鉄の強度を持ったその衣に。
あるいは、薄皮一枚の奥。そこを流れる――鉄の硬さを持った血の全てに。
道化の刃は防ぎ止められ――そして“鉄血の覇者”は躊躇なく前に出た。
突き出したヴァンの大槍が、ブラドの胸を貫いていく。そうして師匠に刃を突き立てながらも、ヴァンは言った。
「――だとしても俺は、師匠を2度も殺したくありません」
「ガハッ、……ハッ!それが人串刺しにして言う事か?」
「……矛盾していますか?不思議ですね。多分、師匠に似たんでしょう」
「ハッ……言うじゃねえか、クソガキがァッ!」
自嘲ではなく楽しそうに“鮮血の道化”は嗤い――その周囲にある全てが爆炎に変わり、辺り一帯を呑み込んでいく。
その爆炎に飲み込まれる前に、ヴァンはその場から飛びのいて、宙に浮かべた槍の上に、身軽に着地した。
そんなヴァンの顔にも――僅かに笑みが浮かんでいた。
戦闘が楽しい。そんな感情は確かにある。そう、育てられたから。
師匠とじゃれていて楽しい。この場に至る状況の全てには似つかわしくないようなそんな郷愁も、ヴァンにはある。
ブラドとの修行もこんな感じだったのだ。
問いかけて嘲笑われて言い返して殴られる。そうしていつも圧倒されて、けれど気付けば食らいついていけるようになり、やがて肩を並べ師が後ろに引くようになり――。
そして、2年前に完全に上回った。決断しきれないままに離別した。
その続きが今、目の前にある……。
「嗤ってんじゃねえか、ヴァン。やっぱテメエもこっちだろ?派手に戦争し続けようぜ?」
爆炎の最中、ブラドも笑っている。
おそらく、師匠にとって……それも本音なのだ。
全力の戦闘に一定の快感を得ている。一度君臨してしまえば挑む相手は限られる。
長く君臨した末に師匠が作り上げた最強の障壁にして作品が、ヴァン。
自分を殺し自分の全てを終わらせるために作った弟子。
自分の死後の全てが円滑に滞りなく進むように飼いならし調教した、番犬。
唯一の誤算がブラドの魔術の才能が有り過ぎて、死んだはずなのに蘇生してしまえた事な辺り、本当にどこまでも道化のようだ。
だが、それも無限ではないらしい。
今付けたブラドの傷。その修復の速度が、落ちている。
それを、……ブラド本人も認識したのだろう。
「無限に、とはいかねえらしいな、やっぱ。ハッ、やっと底が見えてきたぜ……。もうちょいだ、ヴァン。頑張って殺せ」
「……いっそ抵抗を止めて頂けませんか?」
「んな事する訳ねえだろう?そいつは筋が通らねえ……」
「筋?」
「ああ、筋だ。英雄と呼ばれるまで殺しまくった。嫁の死に目も娘の誕生も無視して殺し続けた。テメェを巻き込んだ。テメェを利用してる。……マジで自殺するなら16年前にすれば良かった。それをせず殺しまくった狂人の、筋だ。血塗れ過ぎてな、あっさりくたばる権利すら俺にはねえ。暴れて、憎まれて、足掻いて足掻いて足掻いた末に死ぬ。英雄の末路はそうじゃなきゃな……」
嘯き、ブラドはまた大鎌を構えた。
英雄の末路。狂人の末路。
自殺するには殺し過ぎた。楽になるには裏切り過ぎた。
全て自責だ。自責を抱え続けて破綻した
この期に及んでヴァンは迷った。
殺さないつもりでいた。説得しようと思っていた。だが、今ブラドが語った言葉は、ヴァンにも理解できる思想だった。
それこそ2年前だ。師匠を殺したその後に、ヴァンも深い自責に沈んだ。
その選択肢の中に自殺もあった。どのみちもう世界が平和になるのなら、ヴァン・ヴォルフシュタインと言う英雄が存在する理由はないはずだ。
今更平和を謳歌する権利が、ヴァンにあるのか。その世界を生きるには自分は塗れ過ぎている。
だが自殺は選ばない。選べない。そうしてたやすく楽になる権利は自分にはない。
ならばどうするか。どう、生きるか。どう……死ぬか。
迷い、考え……やがて答えを出す。
戦時下のように、ただ命令に従い感情を殺すのではない。
誰かを真似たように、その削り落ちた感情の上に笑みを張り付けるのでもない。
ヴァンは選択し……意志の輝きのある目で、師匠を見下ろした。
それを前に、ヴァンの迷いが済むまで待っていた男は、悟ったのだろう。
――もう、
「来い、ヴァン」
「はい、師匠……」
もはや言葉は短かった。
短い言葉の直後――鮮血に染まり焼け落ちるオペラハウスに、嵐が巻き起こる。
“鉄血の覇者”は、蹂躙を始める。
ヴァンは足場を蹴った――次の瞬間にはもう、血の槍を握り締めた覇者は道化の目前にいる。
「ハハハッ!」
嗤って道化は迎え撃つ。振り抜く大鎌――その刃は爆炎を纏い加速し、覇者を捉える。
――はずだった。だがその小細工よりも覇者の方が速い。
鮮血が舞い踊った。大鎌を握る道化の両腕が、武器を握ったまま撥ねとばされ吹き飛んで行く。
そしてそれを目で追いかけている間に、ブラドの身体に痛みが走る。
腹部に深々と、大槍が突き刺さっていた。ブラドの腕を撥ねた大槍の刃を返したのだろうか。それとも、別の槍に持ち替えたのか。
それすら認識できないうちに、別の痛みがブラドの背から胸を貫く。
大槍がブラドの背を貫いていた。覇者の意志の通りに、覇者の手足のように自在に動く大槍。それが正面突破と同時に背中から、ブラドの身体を貫いていた。
「ガハッ、」
ブラドは血を吐く。――吐いた直後に、傷が癒えていく。
その速度は遅い。遅いが、まだ治る。跳ね飛ばされた腕に切り口から血が伸び掴み取り引き戻し癒えていく――。
けれどその修復が終わる前に、また新たな痛みが、ブラドの身を貫いていた。
大槍が3本。新たに、ブラドの胴を。足を貫いている。そして貫いた直後――その3本の槍は血と変わり解け、そしてブラドの周囲でまた大槍の形を持つ。
(ハッ……容赦ねえな、)
手塩にかけた弟子の殺意に、道化は満足げに嗤い――嗤いながらも反撃を試みる。
爆炎。巨大で圧倒的な爆炎が、ブラドの周囲を包み込んだ。
今出来た穴。ゆっくりふさがって行くその体中の出血部位から、血を、魔力を消費し、周り全部を巻き込む巨大な火柱を上げる。
だが――もはや完全に、圧倒しきる気なのだろう。
決死のはずのその爆炎。それを放つ寸前に、ヴァンは悠々とブラドから距離を取っていた。
しかも、ただ距離を取って躱すだけではない。躱すと同時に大槍を操作し、反撃をしたはずのブラドの身体にまた、大槍が突き刺さる。
「ぐ……、」
呻き、よろめく。その身体から流れ出る夥しい血はもはや浮かぶことすらなくただ流れ落ちるだけで、傷の修復はもはやなされているかどうか怪しいくらいだ。
だとしてもブラドはまだ倒れなかった。
だとしてもまだ戦闘を続けることを選んだ。
理由はシンプル。ただ一つだ。
「――まだ死ねてねぇぞ、ヴァン!」
咆哮と共に、ブラドは駆け出す。その両腕、修復しきらずともくっつきはしたその両腕で、血で出来た大鎌を握り締め、眼前に佇む覇者へと、道化は挑みかかって行く。
そんなブラドを、静かに――意思のこもった目で見据えた覇者は、ただ、事実を告げた。
「いいえ、師匠。……もう、終わりです」
それだけを呟く。それだけを呟いて、――ヴァンは避けもせず、ブラドの大鎌を身に受けた。
大鎌がヴァンの首筋へと奔り、刈り取ろうと振り抜かれる。
だが、――その刃が、弟子の首を刈り取ることはなかった。
鳴り響いたのは硬質な音だ。ヴァンの、首筋。人体の急所のはずのその場所に、けれどブラドの大鎌は浅く食い込むばかりで、渾身のはずがもう断ち切る事もできず、ただただ受け止められる。
そうして、死に体の敵の最後の一撃を甘んじて受け止めた“鉄血の覇者”はその拳を握り込むと、呟いた。
「また、俺の勝ちだ。……ブラド、」
次の瞬間――鉄拳が、ブラドの身を撃ち抜いた。
死に体でなくても響くだろう、文字通り鉄の硬度を得た拳。
それによる全力の一撃が、ブラドの胴を思い切り捉え、その威力で、ブラドの身体は、軽々と吹き飛んで行く。
「がっ……」
もはや、うめき声を上げる事しかできない。
なすすべなく吹き飛ばされたブラドは、焼け落ちて行くオペラハウスの最中を弾み転げ回り……やがて、血の沼のど真ん中で、大の字になって倒れ込む。
「ハ、……ハハハッ、」
倒れ込んだ道化は嗤う。まだ立とうとその身体を動かす。いや、動かそうとする、だ。
だが、もはや完全に体力を使い切ったのだろう。身体はピクリとも動かない。
それに安堵したように笑みを零し、道化は言った。
「……ここまで育つとは思わなかったよ。ヴァン……今度はしくじるなよ?」
満足げに嘯く道化へと、ヴァンはゆっくり歩み寄った。
そして次の瞬間。半ば担ぎ上げるように、ヴァンはブラドに肩を貸すと、その身を引き吊りながら、焼け落ちるオペラハウスの外へと歩み出す。
「……あァ?おい、何のつもりだ、ヴァン」
「また、俺の勝ちです。今回も、俺の勝ちだ。けれど、次はどっちに転ぶかわからない」
「次……だと?ふざけんじゃねえよ、クソガキ!殺すぞ!」
苛立たし気に唸った死に体の男を運びながら、ヴァンは嗤った。
「どうぞ。……やって見せてください、師匠」
「……クソが、ふざけんな、」
「ふざけてません。説得、しようと思っていました。ですが、さっき思いました。それは傲慢な気がする」
「傲慢だと?」
「俺も師匠も、殺し過ぎた。だから、楽に死ぬ権利はない。そして、死に方を自分で選ぶ権利はない。他人の生き方にも死に方にも、口を出す権利はない」
「お説教かよ……」
「師匠の選択が正しいとは、俺は思いません。だが、だとしても、それは師匠の選んだ生き方だ。命令されるのでもなく、状況に縛られるのでもなく、師匠自身が選択した道だ。その選択を俺の意志で歪めるのは傲慢だと思う。だから、意志は尊重する。だがもし、その意思がまた、次。俺の選択と矛盾した場合は、また……師匠を止めようと思う。それが俺なりの、師への筋の通し方だ」
「……クソが、」
それだけしか言えなくなった道化を引きずって、覇者は笑みを零す。
「もう、俺は師匠の部下ではありません。師匠の命令に従う必要はない。だから、殺さない。それを選ぶ権利が俺にはある。俺が勝ったから」
「チッ」
「気に喰わないならまた喧嘩を売ってくれば良い。飽きるまで付き合いますよ」
「……良い性格してやがんな」
「師匠譲りでしょうね」
そう皮肉を返したヴァンを横に、ブラドはやがて一つため息をつき、呟いた。
「……まったくだな。ウゼェ奴に育てちまったもんだ」
ブラドは嘯き……やがて、二人は焼け落ちるオペラハウスを後にしていく。
砕け焼け落ちたその壁の大穴から、外へと踏み出す。
そこに広がっていたのは、血の霧に覆われた街の姿……ではなかった。
いつの間にか、霧は晴れていた。
いつの間にか、夜も開けて、白み始めた空が彼方で輝いている。
それを見上げて、ヴァンは呟く。
「……2年前。憎まれるつもりでアナタを殺した。だが、憎まれなかった」
「あァ?」
「だから困った。戸惑った。そして、……だから、俺の戦争は、終わったんだと思います。許されたから」
呟きと共に、身動きできないブラドを引きずりながら、ヴァンは更に歩んでいく。
その歩んでいく先――そこに、心配して来てしまったのだろう。
真っ赤なドレスを着た少女の姿を見つけ……ブラドは、思い切り、決まりが悪そうに顔を顰めていた。
「師匠ももう、許されていたでしょう?憎まれていなかった。どうしますか、師匠。……まだ、戦争を続けるんですか?」
その言葉にブラドは項垂れ……やがて深くため息を吐くと、呟いた。
「……わかった。俺の負けだよ」
そうして父は兄に肩を組まれ、……娘の元へと運ばれる。
夜明けに白む空の下。
何年振りかわからない。下手をすれば物心ついてから初めてかもしれない。
一堂に会した家族は、ゆっくり、ぎこちなく、話し始めた……。
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