ザイオンとは小国である。


 その戦闘は基本的に劣勢から始まる。故に戦場の主導権を握るためザイオンの戦術的モットーは電撃攻勢、強襲制圧。機先を制し戦略的、そして質的優位を確立すること。


 そんなザイオンの前線に立つ兵に求められる前提は基本が死闘。死に体になってからこそがむしろザイオンの本番。限界を超えた先から始まる事こそがザイオンの圧倒的軍事的優位性。


 不屈の闘志を抱く事こそが前提であるが故に訓練からしてそれはまさに地獄。そしてそんなザイオン式のウォーミングアップとは――。


「――まずは限界に辿り着く事こそが始まりなのである!限界まで苛め抜かれた肉体のその先にこそ真の訓練が始まる!そう!ザイオン式格闘術の神髄とはその技巧にあらず!魂にあるのだ!疲れ切り精神肉体その全ての限界に到達したその瞬間から骨身にしみ付くザイオン!嗚呼、ザイオン!……このザイオン式ウォーミングアップを乗り越えた諸君らは遂に格闘術を身に付ける栄誉を得たのだ!さあ、始めるぞ!ザイオン式格闘術の講義を!」


 グラウンドのど真ん中。当然のように生徒と同じメニューをこなし尚まるで疲労の色が見えないヴァンの前で、……生き残った精鋭達は言った。


「ハァ、ハァ……これが、ザイオン式か。噂には聞いていたが……」

「……中距離シャトルランって絶対準備運動じゃないって、リリ思うの」


 生き残りし精鋭。

 キッチリ400メートルシャトルラン10本をこなした末に肩で息をしているロゼと、2本目からもうサボりだして隅っこで体育座りしていたリリは、言う。


 そしてそんな二人の横で……。


「お、……おぇ。無理だって、ヴァン兄……。これ、おかしいんだよ、やっぱり……既にオーバーワークだもん」


 聖ルーナに来てなまりきったのか。ザイオンにいた頃なら余裕でこなしていたはずのサシャは、グランドの隅に四つん這いになり吐き気を堪えていた。


 そして……それ以外に、グラウンドに生徒の姿はなかった。


 さっきまであんなにいたはずのヴァンの授業を聞きに来ていた女子生徒の群れが消えている。

 ……残ったのは、精鋭のみ。


「ハァ、ハァ、……ふう。だが、これでこそ面白い。ヴァン先生!さあ、ハァ、格闘術を教えて頂こうか……ザイオン式の、ハァ」

「……リリ、この後全部見稽古にするの」

「う、うぇ……。あ……暫定1位陥落した……」


 肩で息をするロゼ。サボってたからノーダメージのリリ。様々な状況の板挟みにあい逃げるに逃げられなかった末兄の修行が無茶苦茶過ぎた余波で暫定ミス聖ルーナの地位から陥落したサシャ。


 そんな3人だけの生徒達を前に、ヴァンはふと膝から崩れ落ち、呟いた。


「……生き残ったのは、これだけなのか?あんなにハーレムだったのに……」

「現状もまあまあハーレムだよヴァン兄?」

「ハァ……数の優位を、質で、ハァ、補ってこそなのでしょう?」

「……ミスコン上位3人残ってるの。警護大人の事情でだけど」


 サシャとロゼとリリは、口々に言っていた。

 確かに、現状もまあまあハーレムである。ミスコン上位3人の美少女が、ヴァンの授業を受けていることは事実。


 けれどその事実を前に……ヴァンは、喜べなかった。


「違う……違うんだ。俺はさっきのあの感じが良かった。教室一杯どこを見ても女学生ばかりなあの光景に、感動したんだ!今は、質より数なんだ……あの華やか過ぎる景色とコール&レスポンスしたいんだ!」

「なんでヴァン兄はダメな方向にばっかり邁進しちゃうの?」

「ダメになった、か。ああ、そうだな。認めよう。俺はダメになっている気がする。だが、あの華やかさ、あの如実に良い匂いがしそうな光景はザイオンにはなかった。俺の中の文明が開化し堕落したんだ……。サシャ。今なら、少しわかる気がする。お前がこの聖ルーナに来てジャージばっかり着るようになった理由が……」

「その話持ち出されると私もう偉そうな事何も言えなくなっちゃうよヴァン兄……」


 そう白い眼を向けたサシャを横に、ロゼとリリは言う。


「良いから早くザイオン式格闘術を教えてください、ヴァン先生。アルバロスの格闘術とどう違うのか興味があるので」

「……生き残った精鋭を大事にした方が良いって、リリ思うの」


 そんな残ってくれた生徒たちを前に、ヴァンはけれどやる気をなくしたような顔で、呟いた。


「……華やかさと賑やかさが足りない」

「ヴァン兄今凄い贅沢な事言ってると思うよ?ザイオンとしてそれで良いの?」

「……でも俺は文明開化したから」

「どんだけワーキャー言われるの嬉しかったの?なんか、身内として恥ずかしいよヴァン兄……。ねぇ、授業しようよ。経緯が色々アレだけど、私がミスコンで目立って、二人生徒が増えたのは確かだし、一応作戦通りだよ?ほら、ザイオンの文化の素晴らしさを知って貰おう?ヴァン兄の変態性じゃなくて」

「だが……」


 まだ浮かない顔で呟くヴァンへと、サシャはふと顔を寄せこそこそ言った。


「それにほら、……来てくれてるのロゼさんとリリちゃんだよ?言ったじゃん、この二人目当てに選択授業受けに来てる子多いって。そのために私ミスコンに出させられたんでしょ?でも、……結果的にもっと大きい餌が釣れたと思わない?」

「大きい、餌……」

「そうそう。だからさ、このまま二人をザイオン式兵站学に定着させられたら、それだけでまた生徒増えるだろうし私もわざわざミスコンでなくて済むでしょ?」

「……確かに」

「だから、ヴァン兄。頑張ってちゃんとした授業しよう?あと、もう私ミスコン棄権で良いよね?」


 しれっと半分自分の要望を混ぜ込みながら、サシャは言っていた。

 そんなサシャを前に、ヴァンは真剣な顔で考え込み、言った。


「……わかった、授業はしよう。だが、サシャ。貴官の撤退は許容できない。勝ち目のある戦から逃げるなど、ザイオンとして言語道断だ」

「勝ち目あると思う?」

「暫定1位なんだろう?」

「暫定1位だったよ、ヴァン兄が無茶苦茶なウォーミングアップしてザイオンの評判落とすまではね?今は……3位です」

「十分優勝を狙える位置だろう?それに……サシャ・マークス!先日の貴官の活躍により、知名度も稼いでいる。この戦争ミスコンはもはや絶望的な戦いではない。サシャ。お前にはミスコンで優勝しザイオンの文化的優位性を証明してもらう。同時に……ロゼ・アルバロスとリリ・ルーファンを俺の授業に定着させアルバロスとユニオンと言う大国にザイオンの文化的優位性を保証する担保となって貰う……。そう、そこまでやれば完全に。ザイオンの文化的優位性が証明される。ザイオンの文化が……この聖ルーナを侵略するのである!」

「……ヴァン兄もしかして調子に乗り始めちゃった?」


 そんなことを呟くサシャを横に、ヴァンはすっくと立ちあがり、直立不動の姿勢のまま、叫んだ。


「総員、傾注!」

「ハッ!教官殿!」

「……けーちゅーって、何?」


 どうやら体育会系らしいロゼが騎士然と胸に手を当てる横で体育座りのリリが首を傾げていた。


 そんな諸々あって手元に転がって来たデカい餌を前に、ヴァンは胸を張り声を張り上げた。


「我がザイオン式ウォーミングアップを潜り抜けた勇者たちよ!貴官らはミス聖ルーナコンテストの参加者だと聞き及んでいる……」

「及んでるどころじゃなくもろ知ってるよね?」

「そして……俺は今大志を抱いた。もし、我がザイオン式兵站学の受講者3人がミス聖ルーナコンテストでの最終審査台を独占すれば……それはザイオン式兵站学の受講者増強に繋がり、同時に、ザイオンの文化的優位性を証明することとなるのである!」

「大志って程偉い事考えてないよヴァン兄?徹頭徹尾美少女で生徒釣る事しか考えてないよ?」

「そして折よく、ある特殊なルートで、俺は近日行われるミス聖ルーナコンテストの一次予選の種目を知っている……」

「さっき発表あったからもうみんな知ってるよ、ヴァン兄。障害物競争だよね?」

「そう!障害物競争である!折よくもザイオンの特色が最も現れる肉体的種目……ザイオンの魂を示すことにこれ以上ないほど有用な機会である!よって……ロゼ・アルバロス!リリ・ルーファン!サシャ・マークス!貴官ら3人に、命令を下す!近日行われる障害物競争に置いて表彰台を独占するのだ!無論、いきなりそれをやれとは言わない。我がザイオン式兵站学の受講者による表彰台の独占を目指し、貴官らに特訓を授ける!」

「ヴァン兄?一人サボったとはいえあのシャトルランくぐり抜けてる時点で別にもう特訓いらないと思うよ?多分ほっといても誰かしら勝つよ?ロゼさんとか、ロゼさんとか」


 白い目で茶々を入れ続けるサシャを無視し……ヴァンは声を張り上げた。


「ではこれより!……障害物競争踏破用ザイオン式ブートキャンプを開始する!」


 厳格かつ熱烈に、そう言い放ったヴァンを前に、ロゼとリリは言った。


「ヴァン先生!……ブートキャンプは良いので格闘術を教わりたいんですが?」

「……リリ、運動したくないんですが?」

「ねえ、ヴァン兄。そのノリね。ザイオンなら結構みんなノるけどさ。今時そんな……」


 と言いかけたサシャを無視して、ヴァンは勢いのままにまた叫んだ。


「ダイエットに効果覿面!君も今すぐガリガリになる!ザイオン式ブートキャンプを開催する!」

「なんか古いんだよヴァン兄……」

「ダイエットに興味はないしな……」


 呆れた様子で呟いたサシャとロゼ。だが、そこで、一人の少女は立ち上がる。


「……リリ。興味出たかもなの」

「「え?」」

「ダイエット興味あるの。……リリ、願わくばお姉ちゃんより軽くなりたいの!」


 何やら変なポイントにやる気を見出したのか、熱意に燃えるリリを横に、サシャとロゼはグラウンドの隅にいる“新月の悪夢”。髪の代償魔術で宙に腰かけ授業を眺めているサラ・ルーファンを見た。


「ん?……なんですか?」


 モデル体型とかそう言う概念の外にありそうな英雄は怪訝そうに呟いていた。

 それを横に、サシャとロゼは言う。


「アレはもう……さ。ジャンルが違うんじゃない?」

「スタイルとか体重とかそう言う次元で生きてないだろう。ガリガリじゃなくて多分バキバキだぞ?」


 そんな二人の視線をよそに、リリは熱意溢れる視線をヴァンに向け、言う。


「ヴァン教官!……リリ、ぷにぷにじゃなくなりたい!バキバキが良いの!」


 その熱意溢れる生徒の視線を前に、ヴァンはフッと笑みを零し、頷く。


「良いだろう、リリ・ルーファン。ではこれより……ザイオン式健康及び体系維持向け適度な運動教室を開始する!」

「「大分難易度下がった!?」」


 そうして、ある程度はぷにぷにを維持して欲しいと言う自身の願望に気付いたヴァン先生の、ザイオン式健康維持向け適度な運動教室は、始まった……。


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