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ザイオン式健康維持向け適度な運動教室。
それは……びっくりするほど優しかった。ウォーミングアップと称して中距離シャトルランをやらせたと奴が指導役を務めているとは到底思えない丁寧な柔軟体操から始まり、軽いジョギングの末に短距離走を何本か。それだけで授業は終わり、その後ご褒美の角砂糖。
途中何度か見学に来ていた“雷迅の貴公子”と“新月の悪夢”の進言で微妙にメニューが変わりつつも基本は低負荷の運動に終始し、その授業後に元気が有り余っている皇女に対してザイオン式格闘術の講義と実習。
そんな風にやってもやらなくても変わらなそうな運動をして日々は過ぎていき……そして、ミス聖ルーナコンテストの出場者紹介のその日から、1週間後。
1次予選開催の、その日。
「少し掴めた気がするぞ、ザイオン式格闘術……」
「良くあんなにヴァン兄に挑めるよね、ロゼさん。アレ肉弾戦の化け物なのに」
「リリ。瘦せたのかな……?」
「痩せた!痩せたよ~!凄い痩せた、……ように見えるよ?うん。なんていうか、ベストなスタイルを維持してるよ?あの、元で完成形だったからわざわざ人外寄りにチューニングされないで欲しいって大人が、うん……」
サシャは両隣にいるザイオン式諸々学の受講者に相槌を打ち……それから周囲を見回すと、ため息をついた。
「ハァ。……結局私出場してるし。ていうかさ、」
「ん?」
「……どうしたの、サシャ?」
「いや、どうしたのじゃ、なくてさ……」
言いながら、サシャは右隣を見る。そこにいたのは、ロゼだ。
運動が得意なだけある引き締まった肢体。それに少しそぐわない程のバストサイズを誇る、25という番号の入ったワッペンを胸元に付けている、白いビキニの少女。
そしてサシャは左隣を見る。そこにいるのは、リリだ。
本人が比較したがる対象がバキバキなだけで充分痩せていて、けれど痩せすぎてもおらず雰囲気も何もかもが柔らかそう。その雰囲気にマッチした暴力的なバストを誇る……26という番号の入ったワッペンを胸元に付けた白いビキニの少女。
更にサシャは周囲を見てみる。白いビキニの胸元に番号入りのワッペンを付けた巨乳の美少女がいっぱいいた。
そして最後にサシャは自分の胸元を見る。
ちょこ~んと、ちょっとだけあるバストを白いビキニが隠していてむしろそこに装着された27番のワッペンの方が目立っていそうなスタイルである。
そんな諸々に、サシャは肩を落とし、呟いた。
「なんで水着なの?ていうか、なんで……プールなの?」
サシャがそう呟いた、その瞬間。
このプール――正確に言うと聖ルーナにいくつもある学業施設の一つ。
超巨大な湖を内包し天井に青空のペイントが張られている屋内湖のど真ん中にある浮島の上で、サシャよりもさらに幼児体形なスク水の年齢不詳が、マイクを手に飛び跳ねていた。
『――待たせたな、皆の衆!ミス聖ルーナコンテスト第1次予選、“どきっ!?美少女だらけの水上障害物競争(ポロリもムフフフフ~)”……始めるぞ~~っ!』
「なんか古いよ。容姿で隠しきれない何かが漏れ出てるよ、理事長」
呆れ切ったようにサシャは呟き、そしてそれと同時に、この屋内湖の岸辺にある観客席で、見学に来た生徒達が主に野太い歓声を上げていた。
そして魔導技術の粋を完全に無駄遣いした浮遊+リアルタイム映写機能のある巨大な水晶板にマイクを持つスク水ルーナの姿が映り込み、ノリノリで色々口上を述べている。
それを呆れて眺めたサシャの横で準備運動のように体を伸ばしながら、ロゼは言った。
「水着審査も込みなんじゃないのか?まあ、……1位を取ってしまえばそう言う些事に囚われる事もない」
「……1次予選1位。2次予選1位。あと、予選通じての人気1位が、最終選考行きなの」
「正直もう私棄権したいんだけど……」
「なら、すれば良いんじゃないのか?」
「……ヴァン教官。優しいし。怒んないんじゃない?」
「怒りはしないだろうけどあの良い大人拗ねはするって言うか、下手なサボり方すると後々数倍めんどくさい事になる気がするんだよね……」
そんな風にロゼやリリと話している間に、ルーナの口上が終わったらしい。とりわけ大きい歓声が客席から上がり――そして、ルーナの声が響いた。
『では!ミス聖ルーナコンテスト第1次予選、“どきっ!?美少女だらけの水上障害物競争(ポロリもムフフフフ~)”……スタ~~~トっ!』
途端、サシャ達の前に張られていたテープが落とされ、白ビキニの美少女達は一斉に走り出した。
そしてその先頭――誰よりも早くスタートに反応し明らかに他と格の違う運動能力でコースを踏破していくロゼの背中が、遠ざかる。
「うわ、やる気凄いね、ロゼさん」
「……運動では負けられないんじゃない?プライド」
そんな事を言いながら、余りやる気ないサシャとリリは、ゆっくりスタートする。
コースは、水上障害物競争だ。障害物と言っても、途中途中で小さな浮島が乱立している程度で、特段目立った障害は見えない。ゴールはルーナがいる中央の浮島。
そこへと、ロゼが超絶的な身体能力で邁進している。小さな浮き島を数段飛ばし――驚異的なバランス感覚で飛び跳ね踏破していき、その度に白ビキニのバストが揺れる。
その光景が、巨大な水晶板でリアルタイムに映していく
「「「――おおおおおおお!」」」
そして男子生徒が歓声を上げる。
「まあ、こうなるよね……。なんか、すぐ終わっちゃいそうだけど。ていうかリリは?走らないの?」
「うん。……リリね。こないだちょっとね。悔しかったの」
「え?」
「このミスコン。普通にやったらリリ勝つと思うの」
「凄い自信だね……」
「自信とかじゃなくてね。リリ、ユニオンの子だから。取引先いっぱいいるの。完全にユニオンの傘下じゃなくてもね?ユニオンに花もたせた方が良いって考える子結構いるの。だから、やる前からほぼ勝ちなの。リリがどうこう関係ないの。ユニオンの子が勝つの。負けるとしてもアルバロスなの。でも、サシャが暫定1位だったでしょ?」
「え?あれは、偶然って言うか……」
「商機も勝機も握った人が勝つの。偶然でも運でも、それを握った人が偉いの。サシャにそれ握られちゃったの。だからロゼは今一生懸命走ってるの。リリは……ここはビリが美味しいと思うの」
「どういう事?」
「……うんとね」
と、マイペースにリリが呟いた、その瞬間。
『そして、現在ビリは……おおっと!?これはどういう事だ!?リリ・ルーファンとサシャ・マークスが、歩いているぞ~~っ!?何か作戦があるのか~~!?』
ルーナの実況の声と共に、浮遊装置付きの魔道具――カメラが二人へと近づいてきて、その姿を魔導結晶板へと映し出す。それを横目に、リリは言った。
「サシャ。ニコニコ手を振ろう?」
「え?うん……」
言いながら、ちょっとぎこちない笑みと共にサシャはカメラに手を振る。その横で、愛らしい表情でリリもまたカメラに手を振っていた。
そしてそんな二人の水着の美少女が映し出されると――おおおお!という歓声が、観客席から響き渡った。
それを耳に、愛らしい笑顔のまま、リリは言った。
「……狙って1位は運が絡むの。狙ってビリなら、必ず目立てるの。フフフ、」
「それめちゃめちゃ黒い事言ってない?」
「黒くないの。合理的なの。こう言うのって基本1位かビリが一番目立つもんなの。ここで勝とうとするより目立った方がリリの勝算高いの」
「……なんか、思ったより本気でやってるね」
「可愛い可愛いしか言われないで育ったから。負けるとヤなの。リリも、多分ロゼも。それに、この競技の障害物。足の速さあんまり関係ないと思う」
「……?どういう、」
サシャが呟いた、その瞬間。ドーンという爆発音が、先頭辺りから響いた。
*
雷鳴が轟き、雷迅が走り抜ける。
雷の群れだ。どこに落ちるか定かでない雷鳴の群れがコースの途中にある大きな浮島の上で轟き、やがてそれらは雷迅の牢となり水上の浮島を制圧する。
もはやほとんど足の踏み場、進む道すらない程にその場を埋め尽くす稲妻の群れ。
その最中に一本だけ開いた道。ただ一条だけ一切雷鳴が落ちないその通路は、けれど、落ち続ける稲妻の群れよりも尚突破の難しい怪物の守る唯一の活路にして死地。
その果てに立ち防波堤となる英雄は、その道を通り抜けようと画策する無法者を見据え、――”雷迅の貴公子”。
ルーク・ガルグロードは言い放つ。
「通りたければ通るが良い。栄誉が欲しければ、勝ち抜き奪い取って見せろ。その覚悟のないモノは、通さない。この範囲制圧術式、“
(((完全にバカのネーミングだ!?)))
白ビキニの美少女達は、心の中で同時に叫んだ。
そうして足止めを喰らった集団に、最後尾をのんびり進んでいたサシャとリリは追いつき、言う。
「……この障害物競争難易度おかしくない?英雄越えなきゃいけないの?」
「正面突破よりコネと袖の下の方が大事だってリリ思うの。このレースに人生がつまってるの」
「そのコース走る人生正直凄い嫌なんだけど……」
「でも、こう言う障害を取り除いてこそノブリスオブリージュだと思うの。そう言う正々堂々さが
「ねぇそれホントに白ビキニ着てする話?」
そんなことを言っている間に――英雄の作り上げた道を、一人の少女が堂々と歩んでいた。
エントリーナンバー25番。ロゼ・アルバロスだ。
ロゼは稲妻の群れの中央を一切怯えた様子なく歩み、問いを投げる。
「なんのつもりだ、ルーク」
「問われなくてもわかりましょう、姫様」
「わかりたくないな、ルーク。……私は公平な勝負。そして勝利が好みだ」
「存じ上げております」
「ならば退け。私の勝負に。私の勝利に。……泥を塗るつもりか?」
そう問いかけたロゼを、ルークは真剣な表情でねめつけ、言った。
「……そんなことを申されましても、俺の後にもっとヤバイシスコンが控えている上にその先にいるのは微妙に行動の読めないバカでありまして、俺としては無論。もちろん、姫様の勝利は俺の手など煩わせることなく盤石だとは存じておりますが如何せん英雄級を突破するとなるといかに姫様と言えどここである程度のアドバンテージを稼いでおかねばその勝利を盤石とは呼べないかと自称永世名誉親衛隊として愚考しまして――」
(((あの騎士めっちゃ言い訳する!?)))
少女達は心の中で叫んだ。そんな視線を一身に受けながら、ルークは言う。
「――どうか、姫様。ここは何も言わず先へとお進みください。雑兵はここで永遠に足止めしておきます。なんなら姫様が通過した暁にはこの浮島ごと雑兵を全て灰に変え、」
「ルーク」
「ハッ!」
「……私は世界一可愛い。お前はそう言っていたな」
「はい」
「なら、みんなが通っても最終的に私が勝つだろう、このミスコンで。違うか?」
そうロゼが問いかけた、次の瞬間。
突如、浮き島を制圧しきっていた雷迅の全てが突如として消え去り……そして、その場を制圧していた英雄はその場に座り込み、呟いた。
「……無粋な真似を致しました」
(((余りにもチョロい!?)))
少女達は思った。そんな少女達へと振り返り、ロゼはどこか気恥ずかしそうに咳払いすると、言う。
「コホン……すまない、みんな。馬鹿が余計な手間を取らせたな。さあ、ここからが障害物競争のスタートだ。共に往き……みんなでゴールを目指そう!こんな馬鹿の事は忘れて!」
(((姫様身内に冷たい……)))
そして、またトップを邁進し始めたロゼの後を付いて、少女達はコースを進み始めた。
「頑張ってくださいね?」
「きっとその内振り向いてくれますよ?」
「ロゼさんも心の中ではきっと頼りにしてますよ?」
負けを認めて浮島の隅っこに座り込んだルーク。そんなルークへ、ミスコン参加者たちは生暖かい声援を送りつつ、先へと進んで行く。
そしてそんな集団の最後尾を、サシャとリリはゆっくり歩んでいった。
「英雄ってみんなバカなのかな?」
「……負けても良い戦いの匙加減に慣れないって、お姉ちゃん言ってたの」
そしてルークには特に何も言わず、二人は進んで行き……そして、次の瞬間。
「……そもそも負けても良い戦いなんてないって、お姉ちゃん言ってたの」
そうリリがほくそ笑んだ、次の瞬間――
「いやもう、正直知ってるんだよね、何起こるか……」
――サシャは呆れた様子で呟いていた。
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