9
“戦争教導団”の襲撃はなかった。
終始平和かつ賑やかに、ミスコンの1次予選は終わった。
そんな報告を受けつつルーナに拘束をほどいて貰い、やっと自由になったヴァンは一人、聖ルーナの街を歩んでいた。
諸々やっている内に、日が落ちたらしい。眺める街並みは夜であっても煌びやかで、そこを歩んでいく生徒たちは暢気に楽しそうにしている。
そして、一部の女子生徒はヴァンを見てひそひそ何か話し、一部の男子生徒はそれこそ英雄を見るようにヴァンへと不格好に敬礼していた。
ヴァンの戦果……というかヴァンの身内のサシャが今日あげた活躍の数々に対するリアクションだろう。
(……なんだか複雑な気分だな)
“鉄血の覇者”は難しい顔で妹分の今日の
そして英雄はまた考える。
(こんぺいとうではリアクションが微妙だったな。もっと良い甘味を探すか)
割り振り的には今はサラが護衛に付いている時間だろうし、ヴァンやルークよりは世渡りが上手だろうサラはうまく労っているだろう。
そちらは今は任せて、ヴァンは新たなねぎらいの品を探して夜の街をふらつくとしよう。
あるいは……。
「おい、ヴァン。……人探しでもしてんのか?」
ふと、声が投げられた。ずいぶん聞いていなかった……元、ヴァンの直属の上官の声。
それを耳にした瞬間、ヴァンは顔から完全に表情を消し去る。
「ええ。……死人を、探していました。まさか本当に……しかも、そちらから出て来てくれるとは思いませんでしたが」
そして、ヴァンは振り返る。
その視線の先――そこら中で生徒が談笑している平和な聖ルーナのど真ん中に、野蛮な笑みを浮かべる男が立っていた。
着古されたコートを着ている。首にはドックタグ。黒い髪に、灰色の瞳。身なりにそこまで気を使わない性質で、それを示すように無精ひげが伸びている男。
その男――ブラド・マークスを眺め、ヴァンは言った。
「お久しぶりです、師匠。地獄はどんな景色でしたか?」
「悪くない場所だったよ。だが、娯楽が足りねぇ。不思議な事に、遊び相手が足りてねぇんだ。だからこうして這い出てきたのさ」
そんなことを嘯き、ブラドは面白がるような視線をヴァンに向けながら、言う。
「お前は?最近どうよ、ヴァン。ずいぶん、くだらない事ばっかしてるみたいだがよ」
「今のアナタよりは有益な日々を過ごしているつもりです。くだらない事をしているのはそちらでしょう。“戦争教導団”でしたか?」
「ハッ、そうだな。くだらねえことをしてるよ。くだらなくて楽しい遊びだ。平和だなんだほざいてる欺瞞に喧嘩売ってんのさ。お前もどうだ?こっち来いよ。そろそろ暴れたくなって来た頃だろ?」
「俺は多少、文明を知りました。今の暮らしは華やかで良い」
「ママゴトみたいな女遊び覚えたって話だろ?女遊びなら俺もやる。結局本質が獣じゃねえか。暴れて女抱いて、それさえあれば満足って話だ。両方あると尚の事良い。原始的に生きようぜ?もしくはもう、……めんどくせえな。今ここで、」
そう言ってほくそ笑みながら、ブラドは自身の懐へと手を伸ばした。
だが、次の瞬間、懐へと伸び掛けたブラドの手が止まり……その目を楽し気に細めながら、ブラドは背後を向いた。
その視線の先に、チリと言う僅かな稲妻と共に一人の男が着地する。
金色の髪に金色の瞳の、騎士。“雷迅の貴公子”。ルークは現れるなりブラドを睨み、言った。
「ブラド・マークス。なるほど、見覚えがあるな。ヴァン・ヴォルフシュタインの後ろでいつも嗤ってた奴か」
「アルバロスのバカでヤンチャなクソガキか。随分良いタイミングで出てきたもんだな……。男の監視が趣味だったのか?」
「婆の指示に従っただけだ。ピエロが釣れる可能性がある。ヴァン・ヴォルフシュタインを監視していろとな」
「ほう……。おい、ヴァン。お前味方に疑われてるぞ?俺の身内だ、裏切るんじゃねえかってな」
「合理的な判断だと思います。……ルーク・ガルグロード。出血はさせるな。手数が増えるぞ」
「指図をするな。……わかってる、」
呟きと共に、ルークの身から僅かに、威圧的に稲妻が漏れた。
出血させずに無力化するのは、ルークにとっては容易なのだろう。
そんなルークを背に……あるいはヴァンを前に。
英雄と呼ばれた男二人に挟まれながら、けれどブラドはまだ嗤っていた。
「ハッ……おい、良いのかよルークくんよ。ヴァンの味方すんのか?愛しの姫様を辱めた男の助太刀か?」
「その件の憂さはもう晴らしてある」
「本当かよ。本気で言ってんのか?まだムカついてんじゃねえの?あれで憂さ晴らしきりましたって?そんなまともな奴が英雄だなんて呼ばれる訳ねえだろ。お前は何人殺した?ここにいる3人合わせて全部で何人殺したんだ?数えてねえよな、誰も。数え切れねえほど殺した。……楽しく、殺戮した。それこそここにいるガキども全部殺ってもまだまだ足りないぐらいだ。その楽しい時代に戻ろうぜ?なあ、忠義の騎士よ」
その呼びかけを、ルークはただ苛立たし気に睨むだけだった。
それを、ブラドは嗤う。
「ウザがられてるんじゃねえのか、お姫様に。良い恰好出来ねえな、褒めて貰えねえ。なんでだと思う?首級を上げてねえからだ。戦争が無きゃ手柄は上げられねえ。手柄が無けりゃテメェみたいな腕力だけのスラム上がりはただ邪魔なだけなんだよ。だから出世ルート外れてこんな辺鄙な場所に送られてんだろ?なあ、“雷迅の貴公子”くんよ」
「姫様の警護は栄誉ある任務だ」
「そしてそのまま一生警護役止まりで寝室の前で指くわえて待ってる訳だ。どこぞに嫁いだ姫様がどこぞのぼんくらのナニ咥えてる音聞きながらよォ」
「ッ……」
苛立たし気に、ルークは顔をゆがめた。それを前に、ヴァンは言う。
「俺より扱いやすいと思われてるぞ。相手をするな。……この人は挑発が趣味なんだ」
「挑発?違う、これは忠告だ。現実的な話だろ?いつまでもいつまでも確実に、欲しい女が手に入らない。じゃあどうすれば良い?暴れて奪い取っちまえば良いだろ、なあ、ルーク。やろうと思えばできるよな。全部全部敵に回して欲しい女だけ囲っちまえば良い。お姫様を高値の花にしちまってるアルバロスに喧嘩売ろうぜ?手伝ってやるよ」
「破滅主義者が……」
「難しい言葉使うなよ、ゴミみたいな生まれのバカなんだろう?だが人殺しの才能はある。生まれ持った才能を存分に使って、シンプルに生きようぜって話だ。別に組もうとまでは言わねえよ。お前はお前でお前の好きなように暴れれば良い。俺は俺で俺の好きなように暴れる。連帯はねえ。結束もねえ。ただ、敵の敵が増えるだけ。スローガンだよ、“戦争教導団”。俺達が英雄になれた時代に戻ろうじゃねえか。そうすりゃお前、好きなだけ腕づくで、……愛しのお姫様を汚せるぞ?」
嘲笑うブラドを、ルークはひたすら苛立たし気に睨みつけ……やがて冷たい声音で、言った。
「おい。……こいつは俺が殺す。良いな?」
「やめろ。……俺の、敵だ。殺すなら俺がやる」
そうヴァンが言った瞬間、ブラドはその視線をヴァンに向け、ほくそ笑んだ。
「で、父親の血で染まった手で愛しの妹分を撫でてやるのか?ああ、……そもそもお前ずっとそうやってたんだったな。どんな気分だったんだ、人格破綻者。イカれた戦災孤児。サシャもサシャだ。良くお前に懐いてるもんだよな。本当に懐いてんのか?非力な細腕でどうにか英雄の寝首かこうって良い顔してるだけじゃねえの?女は怖ぇぞ、ヴァン。腹の中でどう思ってるかわからねえ。どう、憎んでるかわかったもんじゃない」
「…………、」
苛立たし気に、ヴァンはブラドを睨みつけた。だが、表に出た苛立ちはそれだけだ。
嘲る道化に応える気すらなさそうに、ただただヴァンを睨み続けている。
そんなヴァンをブラドは暫し観察し、それからやがてつまらなそうに舌打ちすると、言う。
「あ~あ、まったく。相変わらずノリ悪いな。飽きたぜ。止めだ、止め」
そしてブラドは何もかも全て嘲笑うかのような雰囲気で、ふと両手を持ち上げ、言った。
「……降参する」
「「何?」」
眉を顰めたヴァンとルークを前に、ブラドは言う。
「勝てねえって言ってんだよ。英雄二人相手にすんだろ?無謀じゃねえかそんなもん。だから降参だ。降伏する。抵抗しねえ。殺したきゃ殺せよ殺人鬼ども。そして本性を認めちまえよ。楽に生きろ、お前らが生きやすい生き方をしろ。血の味を思い出せよ、愉しく殺ってただろう……?ハハッ、」
嗤うブラドを前に、ヴァンとルークはけれど、動けなかった。
殺す事は出来るだろう。だが、どこまで本気かわからないが、相手は降伏すると言っている。それを手に掛ければ、それこそブラドが言っている通りの生き方をすることになる。
もはや英雄でもなんでもない。戦争の時代を喜んで生きていた殺人鬼だと認めることになる。
いやそれ以上に――警戒心が、二人の動きを止めていた。
思惑がわからないのだ。まさか本気で降伏するとは思えない。ブラドはまるで、負けを認めた人間の顔をしていない。
雑兵がそれをするならただの虚勢だろう。だが、ブラドはかつて英雄と呼ばれていた男。
迷い動きを止めた二人を、ブラドは嘲笑い続け……と、そこで、だ。
「聞いていたより尚、めんどくさい奴のようじゃな。“鮮血の道化”」
そんな声と共に、一人の少女――いや、少女の年齢のまま止まっている女が、出来てしまっていた人垣をかき分け進み出ていた。
「……おう、詐欺師の婆か。今日の趣味悪い時代遅れのショー見たぜ?人間兵器博覧会。ありゃダメだ。負けだ。降参する。頼むから殺さないでくれよ……ハハッ」
「面倒な奴じゃな。話が弾みそうじゃ……。ヴァン。ルーク、連行しろ」
「ですが、」
そう言いかけたヴァンを鋭い目で眺め、世界を平和にし、その担保としてこの人質学園を維持している魔女は、言い切った。
「抵抗したら殺して良い。わらわが許そう。生徒の安全が最優先じゃ。……亡霊に無駄に付き合うな」
そして、ルーナはそのまま、人垣を退かして歩み出した。
それを見送った末……ヴァンは懐から血の入った瓶を取り出し、ブラドを睨みつける。
「厚化粧剥げてんなァ。……良かったなヴァン、殺しの命令貰えてよ。これでお前は何も悪くない。免罪符だ」
ブラドはほくそ笑んでいる。それを前に、ヴァンは小瓶から血を流し、その血でブラドを拘束しながら、言った。
「……憎まれるつもりで殺した。だが、まるで憎まれてないのは、わかる。だから、少し困りました。師匠。アナタにとっては、寂しい話かもしれませんが」
そう嘯いたヴァンを前に、ブラドは笑みを零し、呟いた。
「ほう?……言う様になったじゃねえか、クソガキが」
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