第26話 闘獣決勝戦 後編

 アイノネは現れると声援のなさを気にする素(そ)ぶりもなく、幸せそうな顔をしていた。


 秀二は心を揺さぶられた。アイノネも自分と同じで、勝敗ではなくただ『本気』で闘うことを望んでいた。

 闘うことに心から感動して、自分を成長させてくれる“闘獣”の本質を求めていたのだ。


 会場はざわつきだした。舞台上で話す2人の姿は、どこか2年前の王者決定戦を彷彿とさせたからだった。


 やがて2人は離れて所定の位置につき、ズヴェーリを舞台上に上がらせた。2人と一心同体のズヴェーリは、微笑みあっていた。その光景はさっきまでの自分立ちくらみの残像のように見えた。



「行くぞプラーミャ、三大闘獣士の後継者がなんだ! 俺たちは獣王になる英雄だぞ!」


「そんなの関係ない! トゥレンペ、ボクたちだって実力で登ってきたんだ!」


 闘う前から気迫を見せる2人に釣られ、会場は盛況となった。

 先攻は速さで勝るプラーミャだった。


「プラーミャ、まともに近づいたら間接にくっ憑(つ)かれるぞ! 離れて攻撃するんだ!」


 河川敷での闘いからトゥレンペの攻略法を分析し、とにかく距離をとり炎で攻撃するにした。


 ひたすらにこの寸法で戦いつづければ、じきにトゥレンペが戦闘不能に陥るはずだと秀二はそう考えていた。しかし、アイノネは秀二の予想どおりにいく相手ではなかった。


 闘獣の英才教育を受けるアイノネ。彼にとって自分のズヴェーリの弱点である速度の遅さ、それを突かれた場合の補いかたなど、すでに特訓済みであった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 半年前


 璃來はアイノネにいつもとおり闘獣の指導していた。


「アイノネ、お前のズヴェーリは1度敵にとり憑けばそのまま場外へ運べるという大きな利点がある。まぁもっとも……お前はそれを好まないがな……しかし弱点もある。わかるな?」


「うん、トゥレンペは足が遅い。間接がない憑き神のズヴェーリだから走れないんだ。生きものっぽくない見た目してるし、お父さんは『カムイ』って呼んでる。神様って意味らしいよ」


「集中しろアイノネ、その弱点を補うにはどうしたらいい?」


「そんなのわかんないよ……」


 アイノネは璃來のキツい言葉に、少しめんどくさくなっていた。しかしこんなのはいつものことなのだからと、しっかりと問答をつづけた。


「いいかアイノネ、よく聞くんだ。遠距離で攻撃する敵の大半は、炎で攻撃してくる。だったら、こっちもそうすればいいんだ」


「でもトゥレンペにはそんな能力はないよ?」


「いいや、あるんだ。普段は表には出さないがな……」


「どういうこと?」


「実はトゥレンペには、特殊な能力がある。それは……僕が引きだすのは困難なものだ」


 璃來が語る能力、それは純血というアイノネの血筋と、ズヴェーリに理由があった。つまりそれは『光』を利用したものだった。


「どういう能力なの……?」


「それは、舞台中に毒を撒きちらす能力だ。炎を出せないかわりに、トゥレンペは皮膚から霧状の毒を放てるんだ。だがそれは誰でも簡単に命令できる代物(しろもの)ではないんだ」


「ボクにはできる?」


「あぁ、お前ならできる」


「すぐにできるようになるの?」


「僕には分からないよ。でも、お前にならきっとできるはずだ。お前は優秀な闘獣士なのだから……」



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「そうだ……僕は璃來兄と特訓した日々でいろんなことを覚えた。これも、その1つだ!」


 アイノネは叫んだ。


「毒霧を放て!」


 秀二は、毒霧がくるとは夢にも思わず、アイノネやトゥレンペを凝視した。


 すると、一瞬だけトゥレンペの目が「充血」した。身体(からだ)中のアデノシン3リン酸が分解され、あり得ないほどにエネルギーを放っている。


 それに身体(からだ)が耐えきれず、目が充血したのだ。およそ生きものとは思えない見た目は、獰猛(どうもう)で狂暴な、ズヴェーリの『おぞましさ』を体現していた。



 プラーミャは逃げ場を失い毒を浴び、か弱い鳴き声をあげた。観客たちも困惑した。


 しかし、プラーミャの闘志はまだ潰えてはいなかった。徐々に距離を詰めるトゥレンペに、プラーミャは噛みついた。


 黄緑色の毒霧で舞台上はなにも見えなくなっていた。しかしズヴェーリ同士の激しい咆哮(ほうこう)は今も聞こえていた。

 闘獣士同士にも、中の状況はわからなかった。しかし霧が晴れるとたちまち、闘獣士は叫んだ。


「プラーミャ、間接から引きはなせ!」


「骨を折るんだ、トゥレンペ!」


 トゥレンペは、プラーミャの間接に巻きついていた。アイノネは毒霧で相手を倒せなかったことがなく、困惑していた。


 正々堂々とした闘いにこだわるアイノネは、今までこれで相手を戦闘不能に追いつめ、勝利を得てきた。

 しかし、それが通用しないいま、彼は窮地に立たされた。


 次の指示ができず、トゥレンペは同じ行動しかできなかった。

 一方の秀二は冷静だ。ありえない敵と闘いつづけてきた彼にとって、1度闘ったアイノネのトゥレンペは勝てない相手ではなかった。例えそれが、先住民とカムイであってもである。少くとも秀二は、そう信じていた。


「プラーミャ、自分の身体(からだ)を燃やせ! アッコロカムイのどす黒い炎にお前は耐えられた。自分の炎がなんだ。トゥレンペを炙るんだ!」


 口から放たれた燃えさかる炎。それは円を描きながら何度もまわり、プラーミャは自らの炎に包まれた。

 その中から闘志を燃やす目つきは、先程のトゥレンペよりも赤くかった。その目は勝利を信じていた。


 そして炎に耐性がないトゥレンペは炙られて苦しんだ。落とされて焦げた憑き神を、プラーミャは咥(くわ)えた。場外に投げ飛ばすつもりなのだ。


 混乱するアイノネ。自分が敗れる気がして焦っていた。信じていた勝利を失うのは、傲慢さからなのか。彼はそう思った。

 彼の思う傲慢さとは、璃來やヴァシリに抗ってまで貫こうとした『正々堂々』とした闘いのことだ。頭の中には、ヴァシリの言葉が反芻(はんすう)されていた。


『もう分かったでしょ? アイノネ兄は期待に応えるよりも前に、思うがままに闘いたいんだよ』


 彼の言葉に対して、錯乱(さくらん)しだしていたアイノネは、大声で答えた。


「あぁそうだヴァシリ……ボクは思うがままに闘ってでも勝てると相手を舐めてたんだ。でも秀二お兄ちゃんは違う。ボクは戦い方への拘りを捨ててでも勝って、璃來兄と見た闘獣の王者になる夢を叶えなくちゃいけないんだ……!」


 アイノネには敗けられない理由がある。彼には本気で闘い、勝利するべき熱意があるのだ。


 闘いの芻勢(すうせい)はすでに決したかのように思われたそのときだった。 


「トゥレンペ、負けたらダメだ! プラーミャから離れるんだ! !」


 トゥレンペはアイノネの命令に従って、火傷で焦げた体を華麗にしならせ、プラーミャの口をこじ開けた。そのまま逃げだし、距離を取った。


 アイノネはトゥレンペのように血走った目で絶叫した。


「トゥレンペもう一度毒霧だ! そしてプラーミャが倒れてる内に、身体(からだ)を操って場外へ連れだすんだ! !」


 秀二は本気のアイノネに心を打たれた。そこには確かな敵対心と勝利への執着があった。

 秀二はアイノネを見ながら、ニヤリと笑った。そんな秀二に気づいたアイノネもまた笑った。そして言葉にしてその思いに応えた。


「この闘い、負けられないんだ!」


 傷だらけのトゥレンペは再び目が『充血』するほどに集中し、筋肉を収縮させた。

 傷口から溢れでる血と焼けこげた黒さで赤黒く染まった身体(からだ)は、さきほどのプラーミャよりも強烈な闘志を放っていた。

 燃えさかる闘志を放つ真紅の目は覚醒したような殺気を放っていた。


 炎を蓄え、猛攻する気配を見せるプラーミャ。両者のどちらかが次の一撃で倒れることは、誰の目にも明らかだった。

 両者が同時に攻撃を放とうとしたそのとき、秀二は命令を出せなかった。


 彼は動揺してしまった。カムイの意志が心に伝わってしまったからだ。

 一進一退の攻防の果てに、負けたくないという強い意志が『光』を通じて、秀二の耳に届いてしまったのだ。


 秀二はプラーミャとは一心同体で、その心は手で取るようにわかっていた。しかし、そういう以心伝心のような感覚とは異なり、ハッキリと言葉で聞こえてきたその勝利への執念に、彼は心を折られた。


 トゥレンぺの切なる勝利への執着にひるんだ感じた秀二は、ほんの一瞬だけ、勝利への自信を欠いてしまった。



 アイノネの命令で毒霧を放ったトゥレンペ。激しい咆哮(ほうこう)とともに放たれた毒霧は、再び舞台を包みこんだ。


 プラーミャは拍子抜けし、またなぜかはわからないが闘志を失った秀二を感じとった。そしてプラーミャはそのまま戦闘不能に陥ってしまった。


 秀二は本気で闘った。だが心が先に敗れたとき、勝利への闘志が燃えつきてしまった。

 観客たちは鮮烈な決勝戦初出場を遂げたアイノネを讃え、敗者の秀二はただ1人舞台からはけていった。



 悔しくて彼は1人で泣いた。しかし、その悔しさは決勝戦が始まる前に感じた、大人たちへの恨みではなかった。その悔しさは、本気で一生懸命に闘ったこらこそ感じた、負けたという悔しさだった。

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