第11話 英雄叙事詩

 プルルルル プルルルル ガチャ


 8月11日 午後4時半頃


「もしもし安之助です。カイ市で戦争が起きるですって……! 戦争だなんて……!」


 安之助は誰かと電話していた。その相手が語る戦争の勃発について、安之助は一切疑うことなく信じていた。


「メガネの友人が訪ねてきて、次は秀二を連れてくると約束していったんですか。えぇ、彼なら出会ってすぐから秀二の真価に気づいていたでしょう。いつも秀二に引っついていましたから」



 安之助との電話を終えたあと、相手の人物はジェル軍曹に注文をつけていた。


「おい長老さんよ……せっかく救助してやったのに、またオタスの杜に帰らせろとはいったいどういうことだ」


 ジェル軍曹は長老に怒っていた。どうやら、昨晩オタスの杜から長老を救助してまだ半日しか経っていないのに、長老はオタスの杜へ帰りたがっているようだ。


「またあの危険な悪路を通ってオタスへ行けってのか。どうかしてるぜあんた……そうでしょうドレイク(Drake)少佐!」


「やめろジェル軍曹。先住民の長老を叱りつけたとなれば問題になるぞ。特にお前のようなルーシ系がしたとすればな」


 ドレイク少佐はジェル軍曹をなだめ、長老には要求とおりにする旨を伝えた。    

 彼は187センチメートルの巨漢だ。軍にて血反吐を吐くような訓練を重ねて培かったその険しい雰囲気も、長老には経緯を払い、穏やかな雰囲気を纏っていた。


 ユーリを伴い、長老をオタスの杜へ護送した。無事にユーリと長老をオタスの杜へ案内し、彼らは帰還した。道中、ジープで風に吹かれながら2人は会話をしていた。


「どうして長老は、あのユーリとかいう子どもを連れてオタスへ帰ってきたんですかね。ユーリもえらく乗り気で気持ち悪かったですし」


「さぁ、なんとも言えないな」


 会話する2人は、軽い余震に揺られた。最近の地震の多さに、ドレイクは違和感を覚えていた。カイ市にばかり集中する地震は、あまりにも不自然だった。


 そして彼は、過去にズヴェーリ研究所からカイ市に派遣されてきた男が言っていたことを思いだした。


「以前山辺という男が、この地震には、キムンカムイというズヴェーリが関わっている可能性があると言っていた」


「ズヴェーリが地震だなんて。眉唾物まゆつばものですね」


「だがなジェル。近年の地震を背景に考えれば、なにか人為的なものが作用しているような気もするんだ」


「戦史にそんな戦略は存在しません。つまりズヴェーリに地震は起こせません。少佐はいつからオカルト信者になったんですか?」


 ジェルは真剣にそんなことを話すドレイクをからかった。しかしドレイクは本気で信じていた。それくらいこの地震は異常だった。

 ドレイクは、これまでの常識の範疇はんちゅうで想像していては、きっと正解にはたどり着けないのだろうと考えていた。


 彼は合理的思考を大切にしていたが、今回ばかりはそうではなかった。そして余りにも真面目な顔をしているドレイク感化され、ジェルも不思議と信憑性を感じた。


「地中で地震を起こすなんて……可能なんですか?」


「地下に暴れられるだけの空間があればな。カイ市には旧地下都市開発計画の跡地があるはずだ」


「にしても、ズヴェーリが地震を起こす理由なんてないでしょうに」


「ズヴェーリには、人間のように戦略を立てられる程の知能はないと、山辺氏は言っていた」


「動物以上人間以下のインテリ動物。団体行動ではなく、誰かが命令して地震を起こさせているわけですね。誰です?」


「カイ市という州都直下型地震を起こせば、損害をこうむるのは現体制だ。現体制を弱体化させて得をするのは……」


「NIsカンパニー……ですか」



 軍人2人は、合理的な推理をしていた。しかしドレイク程利口ではないジェルは、訝しんでいた。


「確かに黒い噂はありますが、あんなのただの噂でしょう。優良企業が地震を起こすものですか?」


「優良企業のイメージは前社長の時代の賜物だろう。噂に信憑性と露骨さが増したのは近年……地震が起こりだした時期も含め、岸川が社長に就任して以降だ」



 オタスの杜


 ユーリは長老とともにオタスの杜を訪れていた。


「ユーリ君、君はカムイが好きなのじゃろう?」


 長老はなんの脈略もなく、直球に尋ねた。


「カムイ……それは先住民アイヌの言葉で神様を意味し、草木やズヴェーリなど自然に根ざした存在を指す……この尊さに気づいたなら、虜になっても仕方がありません」


「フッフッフ、魔術師である私にはなにもかもお見通しだよ、ユーリ君」


 長老の家の中はアイヌやウィルタなど先住民族たちの民芸品で溢れていた。ユーリはこの部屋に歓喜した。


「こんな部屋がカラハリン州にまだ残っていたとは……要らないものに溢れたこの地にもこんな聖域が……ここは……僕の理想郷です!」


「我々先住民たちは弥纏に土地を占領されて以来、土人とそしられ、檻の中の動物のように見世物にされた。文化は破壊され、今となっては、これらの品々は希少価値の珍しいものになってしまった」


 長老は、自身の幼少期を想起した。目の前で破壊されていく故郷と自分たちのアイデンティティを懐かしみながら。


 そんな弥纏国籍の占領はある日突然終わりを迎えた。

 約100年前のこの日、つまり『8月11日』に中立条約を破ったルーシ連邦は、北カラハリンから南カラハリンへと攻めいってきた。

 先住民含め、弥纏国民は船で敵に背をむけ逃げた。だがそんな無抵抗な人々さえ、ルーシ連邦軍にむざむざと殺された。

 大勢の同胞どうほうを失った幼き日のことを長老は語った。


 ユーリは長老から直接、先住民の神話を聞きたいと思った。幼き頃秀二に教わり、自分を変えるキッカケとなった物語だ。


 長老は願いを聞きいれてくれた。そして静かに語りだした。それはアイヌの神話『英雄叙事詩』である。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ある日のこと、カムイたちが住む空高くの天上界カムイモシリ

 そこに住む天空を翔ける蛇のカムイカンナカムイは、地上モシリを眺めていた。それは地上モシリに生える美しき春楡ハルニレ、チキサニカムイを眺めるためだ。


 カンナカムイは見とれるあまり体勢を崩し地上モシリへ転落し、チキサニカムイに衝突した。

 するとチキサニカムイはまたたくく間に燃えあがり、子を身籠みごもった。


 そして息が絶える寸前に、子を2ふたはしら産みだした。その子供らの名前は『オキクルミ』と『ポンヤウンペ』。


 オキクルミは自分や自分を産んだ自然を神様カムイと呼びあがたてまつる人間のアイヌと親しくなり、彼らとともに島の他民族ウィルタやニヴフらを攻めた。


 かつては蝦夷えみしと呼ばれ忌み嫌われ、アテルイやモレといった英雄が死した今は、弱小民族であった。 

 しかしオキクルミという人間の姿をした強力なカムイの味方は彼らを闇に落とした。

 島の固有種のズヴェーリさえ手玉に取り手先のように操るオキクルミは、アテルイやモレをも凌駕りょうがする一騎当千の英雄だった。

 それゆえ、アイヌはその力で飽くなき欲望を満たそうと、終わりのない侵略を始めたのだ。

 

 そんなアイヌを見限ったオキクルミは、美しい湖に住みつき、姿を変えて長い眠りに就いた。その際にオキクルミは、アイヌたちにこう告げた。


『人間が争いを起こすとき、カンナカムイがチキサニカムイを燃やしたように、再び人間の姿に戻り、地上モシリを焼き払わん』


 その言葉を恐れたアイヌは侵略をやめた。それから500年、この島から争いはなくなり、戦争や国境という火種となる概念は、言葉とともに消えた。

 それは世界の中でも稀有な奇跡。ズヴェーリも争いを忘れ、自然の化身として神様カムイと同視されるようになるほど、穏やかな形質になった。


 アイヌは感謝と畏敬の念から、オキクルミを島のズヴェーリの始祖と崇めるようになった。


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 アイノネ宅


 秀二はアイノネ宅の庭にいた。庭の木で造られた秘密基地のような小部屋の中で仰向あおむけになり、枝や葉のあいだの木漏こもれ日をじっと浴び、ボケーっとしていた。

 1日のエンドロール、西日が現れ、もうすぐまた夜が来るのだ。


「ここにいたの秀二お兄ちゃん!」


 声の主は、アイノネだった。ヴァシリと遊んだあと、帰宅してきたようだ。


「実はね、お友達から遊びに来てって誘われてるんだ。一緒に行こう! 疲れも吹っとぶし後悔させないから!」


 暇を極める秀二は、この誘いを受けた。向かった先は、中央区の一等地にある大豪邸。


「おう、よく来たなアイノネ。そして……初めまして、秀二君」


「久しぶりだね、王者!」


 家主はなんと、あの日TVで見ていた、シャクシャインだった。

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