第12話 復讐劇

 シャクシャイン邸を訪れた秀二。秀二を見る彼の目は、どこか高虎に似ていた。


 アイノネはシャクシャインを『王者』と呼んだ。しかし秀二の記憶が正しければ、彼はあの日チェリミンスカヤに敗れて王者ではなくなったはずだ。


 しかしそれに対し、シャクシャインは答えた。試合前に2人でマイクに乗らない音量で話していた場面で、彼はチェリミンスカヤに脅されたらしい。


 だからわざと負けのだそう。後に八百長を裁判で証言し、チェリミンスカヤは王者の座を『剥奪』されたらしい。


わしらの土地に住んでいながら姑息な。島外の者たちには反吐が出るわい。どいつもこいつも、我々を見下しよってからに」


 彼の悪辣な態度は老害そのものだった。秀二は幻滅した。

 それに話を聞いてみれば、高虎から聞いたような闇を聞かされ、またしても幻滅した。


 戦後カラハリン島先住民は名誉回復を目的とした抗議として『先住民会』という人権団体を設立。この団体は非合法な方法、つまり脅迫や賄賂を用いて、三大闘獣士や王者の地位は純血の先住民が選定される出来レースの制度を作りあげた。

 それはつまり、ルーシ系のチェリミンスカヤが王者になれなかったことは、シャクシャインが語るような彼女の脅迫が理由ではないことを裏づけていた。


 侵略者とその被害者という構図を盾にして、先住民会は、公的には敬意を払われて当然の存在となった。偉大な格闘家を排出する悲劇の主人公たちは、ハリボテのヒーローだった。


 アイナはチェリミンスカヤが王者でなくなったことを知っているのだろうか。だとしたら、今すぐにでも教えてあげたいと思った。

 なぜならアイナは今でも、チェリミンスカヤの大ファンだからだ。



 午後6時


 アイノネは帰宅途中、今後の予定を立てた。秀二を森にある近く別荘ダーチャ(Дача)に連れていくと約束した。

 秀二は東区のビーチや、森の秘密基地を想像するだけで、幸せを覚えるほどだった。

 失望からワクワクまでなにもかもを与えてくる都会。今まではユーリやアイナに2日も会わないことなどなかった。

 これまでに構築されたTVや雑誌などの媒体を通じて憧れた都会という、人の輪や夢見ていた世界への意識を変えてしまうおぞましい人工の怪物ズヴェーリに、秀二は恐れおののいた。



 午後七時


 帰宅すると、そこにはギャリー巡査部長がいた。ギャリーは協力者に感謝の意を表明し、晩餐会をもよおしたらしい。

 璃來は友人と外出していたので、高虎はアイノネと秀二を連れて料亭へと向かった。


 会場に着くと、そこには多数の警察官やズヴェーリ使いであふれていた。都会生活で変わってしまったことを悲観する秀二は、ユーリと再会した。


 心の変化のせいか、目に映るユーリは、どこかがいつもと違うように写った。


 どんちゃん騒ぎの料亭内では、ギャリーが同僚で彼と同じくらいの巨漢である黒人警官と、取っくみあいをしていた。


 するとどうやら周りの大人たちは、どちらが勝つのか賭けをはじめだした。その余興は酒宴をく大きく盛りあげた。


「いい加減にしろや!」


 シラフのアビーによる叱責で、半狂乱の盛りあがりは沈静化していった。彼女は姐さん気質で、警察官の中の警察官だった。


「どんどん食えよ秀二! 青春は空腹の連続だからな!」


 酔ったギャリーに対しアビーは、ゴミを見るような視線を向けた。


「ギャリーさん、彼はもう満腹そうな顔をしてますけど」


 煽るようなことを言って遠ざけた。彼女はバディが嫌いなのだろうか。いいやそんなことはない。2人は単なるバディではないのだ。

 2人の腕にはお揃いのミサンガが付けられており、2人が特別な仲である事は幼い秀二にもわかる事だった。 


 去り行く前、残念そうな顔をするギャリーは、子犬のようなどこか憎めない面構えだった。アビーはにどやされてショボくれる姿は、なんだか可哀想にも思えた。

 やれやれといった面持ちのアビーに秀二は質問をした。


「アビーはお酒を呑まないんですか?」


「お酒を呑んだら乱れちゃうから……イタリアの血が入ったクォーターなの。意味は察して? それに、乱れたところを人に見られるのは警察官としての誇りが許さないわ」


 アビーはそう言ってウインクをすると、言葉を付け加えた。


「でも、大切な人と二人きりのときに呑むお酒は格別よ? いつかあなたもそう思うときが来るはずよ」


「じゃあそのときのために、オススメのお酒を教えてください。初めて呑むのは、それにします」


「そうねぇ、私のオススメはワインよ。私のルーツであるお祖父じいさんの故郷、シチリアのワインは格別よ」


 アビーはシチリアというという島にルーツがあった。そこはワインやオリーブオイルの産地として有名だ。


「シチリアはこのカラハリン島同様に、色んな国から侵略された歴史があるの。だから公的機関を信用せず自力で問題を解決する高潔な精神マフィオーネが育まれた。でもそれは道を誤って、マフィアという犯罪集団になってしまったの」


「反発して警察官になったんですか?」


「そうよ。この島にもそういう輩はいる。そういうのを排除して清らかな街にしたくて、警察官になったのよ。……自分語りしてごめんなさい。今宵は楽しんでね?」


 アビーはそう言って去っていった。



 満腹になった秀二とアイノネは外出し、風に打たれながら話をしていた。アイノネは秀二と2人で行きたい場所があると言って、旧地下都市開発計画の跡地へ連れていった。


「危ないよ、それに立ち入り禁止って書いてるよ!」


「別に安全だよ。行こう!」


 そう言って2人は入っていった。背徳感に魅了されるアイノネを止めることはできず秀二は追ってはいっていった。


 そこで人の会話する声を聞いた。嫌な予感がして、帰ろうとするも、2人はいつの間にか男たちに囲まれていた。その男たちの格好を、秀二は見たことがあった。


 それはユジノハラへ向かう途中の道、武田らの休憩所にいたものものしい雰囲気の人たちだ。プレハブ小屋を守っていた男たちのものと同じだったのだ。つまり彼らはNIsカンパニーの人間だった。


「姿を見られたなら、生かしておくわけにはいかない。俺たちがここにいることを喋られれば、岸川様の計画が白紙になってしまうのだからな」


 そう言って男は、背中にかけてあった刀を抜き取った。突然の事に驚き初動が送れた2人は、羽交はがいじめにされた。


 状況をまったく理解できなかったが、この大人たちが本気であることは子供ながらに察することができた。

 泣き叫ぶアイノネに、男が刀を振りおろそうとしたその時だった。


「キムンカムイが逃げたぞ!」


 地鳴りがするほどの強い足音が迫ってくる。その足音のぬしが姿を現わした。その正体は3~4メートルはある大きな熊型のズヴェーリだった。


 ズヴェーリは、刀を持つ男を有無も言わさず殴り倒した。鈍くも軽い音をたてて床に叩きつけられたその体は、一切の挙動をせず、不自然な体勢で床に倒れこんでいた。


 男は死んでいた。


 恐怖に支配された秀二は体が硬直してしまった。キムンカムイは周りの男達の刀による攻撃に痛がる素振そぶりもみせず、冷静に全員をなぎ倒して行った。


「アイノネ……逃げよう。ズヴェーリにこ、殺される……!」

 

 キムンカムイは予想に反し、ただじっと秀二を見つめていた。その目は、高虎やシャクシャインと同じ目をしていた。


 アイノネによる通報を受けた警察官が現場へ来た。なにやら慌ただしくしている彼らは、料亭にいた警察官たちだ。


 酔いもめやらぬ内に働く警察官の中にはギャリーもいた。秀二らを抱えあげたギャリーを筆頭に、警察官たちは、急いで地上の避難所へと急いだ。


「お前たちがなんでここにいるのかは後回しだ。今はとにかく避難するぞ!」


「ひ、避難ってなんのことですか。もうあの人たちは、死んで……」


「落ち着け秀二。さっきの連中は死んでいたが、敵はあいつらだけじゃない!」


 わけがわからない秀二は、混乱したまま地上に出た。地上の惨劇を見て驚愕した。


 地上では、NIsの作業員達がズヴェーリを用いて街を蹂躙じゅうりんしていた。

 警察官たちとズヴェーリを用いた戦闘状態になっており、秀二とアイノネはギャリーに身を任せその場から離れようとしていた。


「避難所までは遠い! 避難場所の警察署へ行こう。それまでもう少しの辛抱だぞ秀二、アイノネ!」


 避難所まであと少しという時だった。ギャリーは絶叫し苦悶くもんの表情を浮かべ、勢いそのまま地面へ倒れた。

 彼は被弾した。警察官に抱えあげられるギャリーの背中は肉がえぐれていた。


 苦悶の表情のまま微動だにしない彼に恐怖を感じた秀二は、気絶してしまった。目が覚めると、そこは警察署だった。避難場所へ着いたのだ。秀二はアイノネを探した。


 3階建てのビルを1階まで降りて来た。そこには泣き叫ぶアイノネの姿があった。そのかたわらには、顔に布を被った、璃來の姿があった。

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