第13話 青山戦争

 8月11日 午後8時


 アナトリーは病院の中で目を覚ました。院内は慌ただしかった。外で騒ぎが起きたらしい。


 TVでは臨時ニュースが流れ、石油基地にて現地の警察と対テロ特殊部隊である国家親衛隊が、NIsの作業員一進一退の激しい攻防を映しだしていた。

 夢を見ているのかと思ったが、目を覚まして早々、夢を見ているはずはない。

 病院は病床の確保のため緊急性のない患者を外へ出した。脱臼も治っているアナトリーは外へ出て、最寄りの避難場所である警察署へ向かった。


 娑婆しゃばの空気は血の煙の匂いがした。

 街には無数のむくろが転がっていた。

 病院の付近からは人影がなくなっていて、とても静かだった。しかしそれは、嵐の前の静けさだった。


 ポツリ……ポツリ……


 突然のスコールは土砂降りに変わり、遠くの方からは雷鳴が響きだす。


 彼は混乱の極みの中にあった。NIsカンパニーが暴動の原因であることは、なんとなく理解していた。

 石油基地近くで武装した『国家親衛隊』と戦っていた映像が流れていたが、それが目に焼きついていた。 


 とにかく彼は警察署へ走りだした。雷鳴や人々の悲鳴に恐怖を掻きたてられ、おかしくなりそうだった。

 そのとき、一筋の雷がそう遠くないところに鈍く不愉快な爆音をたてながら落ちた。

 目を向けてみると、カイ・ドームに直撃しており、その屋根はえぐれ、黒煙が吹きあがっていた。


「いったいなんなんだ! 雷まで俺たちを殺そうとしてくんのか……!」


 一気に不安がかき立てられた。

 少し前までそばにいた友人も今や昔。幻影を追いもとめ、現実はただ1人、迷い彷徨さまようのだ。

 居場所を求めて、走るしかないのだ。人は1人では生きられない。故郷にも病院にももう居場所はない。彼は自分の居場所を求めて、恐怖に追われながら無心で走りつづけるしかないのだ。


 一心不乱に駆けぬける彼は、無謀にも開けた道を通ってしまった。するとそこで、あろうことかNIs作業員の集団に出会してしまった。

 恫喝どうかつされ、殴る蹴るの暴行を受けた。なおも抵抗するアナトリーに腹を立てた作業員の男は、容赦なく刀を抜いた。


「我々はあるじから刀をたまわった誉れ高き武士だ。岸川様万歳……!」


 そう言う男の目は、宗教を盲信する信者のように輝きを失っていた。


 羽交いじめにされすでに意識が朦朧もうろうとしているアナトリー。

 男は自分と同じ青い目に白い肌であるにも関わらず、その言葉は異国のものだった。


「おいもういいだろ黙れよ……テメェら優良企業じゃなかったのかよ? 頭おかしいのかよ……なんで人殺してんだよ!」


 男2人に後ろから押さえつけられアスファルトにひざまずき、首を前にだすアナトリー。彼は自分の運命を悟った。

 彼の脳裏には過去の思い出が浮かんだ。走馬灯だ。


 幼い頃から、幸せを感じない人生だった。あばら家で生まれ育ち、臭いがきつい町で暴力におびえ、女々しく泣きわめいていて過ごした。そうやって17年も過ごして、ついに逃げだしてカイ市へ来た。


 それでも彼自身は変われず、璃來に取りまき流行りを追いかけて、見かけだおしの幸せを謳歌おうかした。


「人生ってのは、そんなもんなんだな……」


 彼の生まれ故郷グローム市は、『青山地区』にある。そこは州内でも首位を争う治安の悪さを誇る場所だ。

 それは数年前、NIsが青山地区に本社を置き、強い影響力を持ちだしたころの話だ。


 グローム支社を担当していた竹中は市政と賄賂で癒着ゆちゃくし、当地を独裁的に支配し、治安を悪化させた。


 そうして衰退した街で生まれ育った貧困のアナトリーは、いずれ突然つまらない理由で死ぬと思った。果たして、その通りとなった。


 男は頭上で刀を構えた。呼吸を整え、今にも刀を振りおろそうとしたそのときだった。


 目の前の男は、傷口から血を吹きだし、苦悶くもんの表情を浮かべていた。制御されない男の肉体が、重力のままに地面に叩きつけられる瞬間だった。


 まったく身構えずアスファルトに倒れるその肉体は、生者の物ではないとハッキリとわかった。



「周りの雑魚ざこどももやれ!」


 軍服姿の人間がどこからか現れ、周りにいたNIs作業員を一掃した。


「こんなに速く軍が来るとは聞いていない、死にたくない!」


 泣きさけぶ者も含め、全てが軍人の小型のズヴェーリの手によって無力化された。あまりに突然な出来事に、アナトリーは唖然あぜんとしていた。そしてアナトリーは駆けつけた警官たちに警察署へ運ばれた。


「璃來はここにいるはずだ……家から一番近いからな!」


 そこで璃來を探したが、被災者の中に彼は見当たらなかった。なぜかはわからなかったが、すぐに会えるはずだと信じていた。ここにいると感じたのだ。


 TVに目を向ける。

 そこには暗闇の中で光るになった無数のスマートフォンが映しだされていた。

 オフラインなのだろうか、どの画面まっ白だった。


 街の中心地にある巨大画面が突然光ると、そこにはNIsカンパニー専務取締役、つまり組織の2番目である釘崎の姿と声明の文字があった。

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