第14話 アレクサンドロフスク・カラハリンスキー

「私は、NIsカンパニー専務取締役の釘崎であります」

 

 TVに映しだされたスーツ姿の小綺麗な中年男性は、粛々と、今回の襲撃の動機を読みあげていた。


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 我々が本日のカイ市強襲を決行した理由と目的についてお話いたします。


 先の戦争の末期。弥纏国の外地がいちカラハリン島は当時有効であった中立条約のルーシ連邦よる一方的な反故によって、我が弥纏の民は弥纏系、先住民を問わずに虐殺されました。

 それは領土拡大を狙い島を奪いせしめたいという身勝手なものであり、その到底許されざる暴挙です。


 そしてあろうことかそうして始まったルーシによる島の不法占拠は、1世紀経った今日こんにちに至っても未だ続いております。


 同胞が受けた苦痛と恐怖。この理不尽さこそが、我々が本日の行動を起こすにいたった理由の1つであります。


 ここにおられるカイ市市民のみな様は、戦後の高度成長による街の発展に吸いよせられた方々であり、その大半はこれらの悲しい過去に興味すらお持ちになりません。

 この都市が血と瓦礫の上に築かれた楽園であり、その惨劇を風化させぬよう知らしめるということも理由のひとつであります。 


 次に、我々の戦争目的。それは南カラハリンの領有権を我が祖国弥纏国に『委譲いじょう』させることであります。

 州自治体にこの要求を承諾しょうだくしていただくため、交渉の席をご用意しております。

 1週間以内に交渉が破棄されるなどし委譲が行われなかった場合、我々は1世紀越しの報復として『武力行使』をいといません。


 我々には、武力行使を躊躇ためらわない強い意志と十分な用意があります。賢明な判断を下ししていだけることと期待しております。


 以上。


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 釘崎の説明に人々は静まりかえっていた。TVレポーターのマイクは現地のヤジを拾い、それは伝染するように警察署内を騒がしくした。


「1週間で島外に引っ越すなんてムリだ! 嫌だ、まだ死にたくない!」


「せっかく助かったと思ったのに、もう助からないの……?」


「奪ったもんなら、返せばいいじゃないか! そうすれば万事解決だろ!」


「おい待て待て! 一週間以内に領土を渡せるわけがないだろ!」


「戦時中の出来事だろ……? 獲られたほうが悪いんだよ!」 



 喧騒けんそうに包まれ、居心地の悪い署内で、彼は疲れきった体を休めようと眠った。


 目が覚めると、署内には多くの遺体が安置されていた。璃來のかたわでアイノネが泣きさけび、悲痛な顔をしてそれを見る秀二もいた。


 アナトリーは友人の訃報ふほうに悲しみもせず、カイ市を離れることにした。

 理由は自分でも分からない。ただ動揺を極め現実逃避をしたかったのだろうか。



 彼は重い腰をあげて逃げだした。とにかくここにはいられないと思い、新幹線に乗って、とりあえず帰省しようと思いいたった。

 場所は青山地区グローム町へ。



 彼は自分の居場所を求めていた。せっかく馴染みだしたカイ市にも、彼が落ちつける場所はもうないのだ。


 怠惰たいだを極め、退屈さに嫌気がさし他人に唾を吐くそんな大都会。はじめはそのすべてに嫌悪感を覚えた。

 しかし自分も、友人の家族に言葉1つもかけずに逃げだした。それは怠惰よりも醜い街への裏切り。

 つまりはただの同族嫌悪をしていただけだったと彼は悟った。都会は彼のような凡人の居場所ではなかったのだ。


 平等が用意された能力主義の文明社会から逃げだした彼は、安易にも帰巣本能に従い、散々憎んだ生まれ故郷への帰路についた。


 こんな事態でも新幹線は生きていた。


 非常時通信制限がかかり使用できなくなったスマホ中毒の患者は禁断症状にイライラ、ソワソワしながらも、数時間の長距離移動を耐えてみせた。


 アナトリーは縦断鉄道の終着駅、青山地区の中心地へ到着した。

 そこはアレクサンドロフスク・カラハリンスキー。通称『アレク市』だ。人口150万人の地方都市だ。


 市民は死んだ目をしていた。

 公的機関はNIsカンパニーと癒着し、青山地区はもはや彼らの領土と言っても差しつかえない。

 青山地区は大陸側の海岸沿いの地域のため、大陸から溢れた海賊から街を防衛する名目で、街を城壁で囲っていた。今思えばそれは入念な戦争準備だったのだろう。敵国ルーシへの攻撃を強いられてきたNIs国の国民は、洗脳状態だった。


 あまりの気味の悪さから彼は、すぐにグローム町行きの線に乗りアレク市を後にした。


 揺れる電車の窓から見えるのは、青山せいざん地区が青山と呼ばれる所以ゆえんだった。

 平野に生えそろう草々と同じように、爽やかな風に毛並みをそよがせながら走るホルケウ(狼)などのズヴェーリたち。太陽の下、彼らははその生を謳歌していた。


 そこは夢や文明のない生まれたままの草原。

 点在する小さな人里や、地方の中核市。それすらも草原を彩る、いわば抑揚よくようとなっていた。

 遠くに見えるのは、島中に支流を持つポロナイ川。山紫水明さんしすいめいなその川ではチェプカムイ(鮭)が泳いでいた。


 ここにいるズヴェーリは都会にで飼い慣らされたズヴェーリとは異なり、弱肉強食の自然の摂理の中に生きて野性味があふれている。畏怖の対象とにもなりえる、堂々たる勇姿であった。

 その光景はまさに、ズヴェーリは動物にあらず自然の一部だと感じさせる。故に先住民は百花繚乱ひゃっかりょうらんノンノや、大地に根を張るシュシュと同様に彼らを、偉大なる大自然の神様カムイと認識したのだろう。


 視線を電車の進行方向と同じく北に向けると、神威森カムイのもりがある。この名前は彼の心境を体現する森だ。数多のカムイが種を越えて共存し犇めく、言わば先住民の聖地の1つだった。


 目を東に向けてみれば、青山地区の東側と南側に鎮座ちんざするロパチン山脈がある。

 そのロパチン山脈の中心にそびえ立つ骨嵬くぎ山。その魏魏ぎぎたる存在感は、まるでこの青山を外部とは遮断し、誰の手も加えまいと立ちはだかる神のようだ。


 青山地区に入るには、2つの道がある。山脈を新幹線や道路を通って越えるか、山脈の右側を迂回うかいし、鉱山都市ワール市をさらに北上し、山脈の北であり島の北端の神威森カムイのもりを抜けて来るかだ。


 3つ目は青山地区の南側にあるタウロー湖、プラトーチノエ湖という二つの海跡湖かいせきこを通る方法がある。

 しかしこの湖は一般人立ち入り禁止のため、誰も通れない。なぜならこの二つの湖こそが、島の固有種のズヴェーリの祖とさらる『オキクルミ』が住む、シュシュ湖だからだ。



 彼はこの青山の美しさに、スマホの禁断症状を忘れて見入っていた。


 遠くにあるアレク市に目をつけると、城壁の外に見慣れないものがあった。それは砦のように見えた。


「なんだあれ……あんなところに砦って、どうやって使うんだ?」



 ┈┈署内


 秀二は署のすぐ外で口論する兵士の姿に気づいた。


 ジェル軍曹は気だるそうな目つきで、悪態をいていた。


「俺たちばかりこき使われて、迷惑なこった。そろそろ給料をあげて欲しいところだ。……それで次はどこだって?」


「分隊長、あんまり悪態ばっかりかないで。皆がイラついてる時こそ、隊長らしくドシっと頼みますよ!」

 


「リョーヴァお前……まぁ努力はしよう」


「作戦行動中は愛称ではなく、レフ(Лев)兵長と呼称してくださいね分隊長」


 リョーヴァと呼ばれた男は軍装をしている。

 だがモデルのような胴短長脚の体型に唇まで伸びた金髪、くすみ1つない澄んだ碧眼が目立っていて、服装が異なれば軍人とは思えない容姿だ。


「行き先は青山だとよ分隊長。西北に北上とは移動がダルい……新幹線で行けないものかね」


「武装した兵士が公共の乗り物を利用できるはずはありませんよね、ハリス(Harris)伍長」


「まぁな、まぁ冗談言ってなきゃやってらんねぇよ。お前もそうだろうヴァーグナー(Wagner)上等兵」


「怖い顔してるんですから、愚痴ばっかじゃ嫌われますよ~」


「バラカ アルファーリスィー(بركة اَلْفَارِسِيّ)兵長。アラビア女は美人がおおいなぁったく……新入りの面倒はちゃんと見とけよレフ」


「え、俺の仕事なんですかハリス伍長……? でもまぁ彼女はすぐ馴染みますよ。この隊にも」


 軍人たちはしばらく談笑し去っていった。アビーは同僚の警察官たちと話していた。


「テロリストと交渉なんて非現実的だし、無意味よ」


 警察組織を管轄する内務省の当該管区長官アレンスキーについて、アビーは批判した。


「長官は私利私欲をむさぼる輩。血筋で出世しただけの男が存恤そんじゅつするはずはないわ。きっと街はロックダウンされ市民は……」


 カイ市はその巨大さ故に、経済の崩壊を回避するには市民を閉じ込め、街での生活を強制し生贄にするしかなかった。

 なまじ自給自足ができる街の構造のためそれは不可能ではなく、数日後その予想は現実のものとなった。

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