第15話 愛別離苦

 署内にはアイノネの泣きわめく声が響きわたっていた。


 秀二はアイノネの側にいてあげたかった。少しでも心の支えになりたかったからだ。だがユーリはこう言った。


「アイノネ君が本当に一緒にいてほしいのは家族である璃來さんです。そっとしておいてあげましょう」


 秀二はアイノネの方へと向けた足を止めた。


「アビーさんの言うとおり警察が平時の活動にてっするのなら、僕たちはこの避難場所に何日もは居られません」


「そうだね……あの子のためにもここには居られないな。ユーリって施設育ちなのに……いやだからこそ、こんなときこそ家族と水入らずの時間を過ごしたいって思えたのかな」


「余計なのが周りにいたら集中して泣けないじゃないですか。それだけのことですよ……秀二も『あの子のため』なんて言えるようになるなんて、大人になりましたね」


 秀二には行きたいところがあった。

 警察署を出た秀二とユーリは、アイナを探してカイドームへ向かった。カイドームは避難所なので、そこにいると思った。

 しかし、そこにアイナはいなかった。そればかりかドームは焼け焦げ、大勢のケガ人を出していた。

 しかし死者は出なかったらしい。そしてアイナは今、病院に搬送されたようだった。


 その報告を聞いたユーリは珍しく動揺していた。


 秀二もまた事の重大さを理解した。

 街中に溢れた数多のしかばねや璃來の亡骸を見ても、秀二はどこか他人事のように感じていた。だが初めて、なにかを失う不安と恐怖に身震いした。

 頭の中はまっ白になった。目に写るもののすべてがモノクロになり、ガラクタのようになんの意味もはさものになった。彼はその身を持って、さっきまでのアイノネの気持ちを理解した。


 心臓の鼓動がこの上なく早くなり、尋常じゃないほどの焦りを感じた。茫然自失するほかなかった。

 そうして彼は、いつも側にいたアイナの存在の大きさに気づいた。

 よくいる友人としてではなく、なににも変えられない家族島前の大切な存在であることに、彼はやっと気がついたのだ。


 病院に駆けつけ、アイナの病状について看護師に話を聞いた。

 彼女は意識不明の重体だった。ドームに雨水が貯まり、彼女は雨水に使ったまま落雷に逢い感電したのだ。


 彼は、自分が旅に出ようと言いだしたことを後悔した。『旅立ちの日に』父の安之助が言った言葉を思いだした。 


『本当は行ってほしくはないんだがな……』


 旅に出てから味わったすべての不幸は、自分のせいなのだと心底後悔した。


 彼の幼い体にはあまりに大きすぎる負担は、胸の痛みに変わった。彼は今にも発狂してしまいそうになった。

 しかし、そうはならないように理性を保った。周囲では大切な人を失った大人が暴れて、警官の手を煩わせ、アビー巡査に逮捕されていたからだ。


「あんなに『露骨』なことしたらダメだよな……」


 あらかた方をつけたアビーは、秀二を見つけて隣に座った。アイナが眠っていることを認識すると、アビーは悲しむ秀二をそっと抱きしめた。


 彼女もギャリーを失って悲しいはずなのに、どうして気丈に頑張れるのか。彼女にとってギャリーは、そんなものだったのだろうか?

 いいやそんなはずはない。なぜなら彼女の腕には、今もギャリーとお揃いの腕輪がついたままでいる。


 彼女は、そっと秀二に語りかけた。


「そんなに泣いてもらえて彼女は幸せ者だよ。君はまだ彼女の姿が残っているうちに大切な人だと気づくことができたんだから、君も十分幸せ者なんだよ……幼いのに真心があるのね……」


 秀二はなにも言えず、ただ抱かれるしかなかった。


「どこかの誰かが、今を生きろと言ってたんだけど、私はこう思うの。大切な誰かと二人で過ごした思い出を懐かしむときが、恋の醍醐味だいごみであり、人生の醍醐味なんだって」


 秀二は顔を下に向けて下唇を噛みながら、必死に涙をこらえていた。泣いている姿を見られたくないのだ。だがアビーはなおも秀二に言葉をかけ続けた。


「だからね秀二君、もしアイナちゃんがこのまま目覚めなくても、君は自暴自棄になっちゃダメだよ。思い出してあげるその瞬間、アイナちゃんはあなたの心の中に息ずいているから」


 アビーは秀二の頭を撫でて悲しみを共有した。


 小さくコクリとうなずく秀二。涙を流しながら聞く彼女の言葉は、水が体の中にスッと浸透しんとうするかのように聞こえていた。

 そしてその言葉たちが、体の中で波打つように木霊こだましていた。 



 数日後、カラハリン州知事マクキッド(Mckidd)は、中立地帯のワール市でNIsの釘崎との会談にのぞんだ。


 そして同時にルーシ・カラハリン州正規軍グリムス(Grimes)長官は、人員不足の内務省と話しあい合同で対テロ特別部隊を組織し、青山地区へ極秘に駐屯させた。

 交渉の結果次第では即座にへの攻撃を行うためだ。


 アレク市への侵入は困難なため、対テロ特別部隊タスクフォース、スコブツェワ(Скобцева)連隊はそこから最寄りの都市であるチロット市に入城した。

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