第16話 開戦準備

 チロット市は青山地区内で最もシュシュ湖に近く、オキクルミを守れる位置にあった。オキクルミは特別なカムイであり、これを守ることは正当な統治者としての責務であった。


「以上が作戦内容だ。なにか質問はあるか?」


 タスクフォース連隊を指揮するスコブツェワ大佐はアレク市解放作戦を部下に下達した。

 部下のルーカス(Lucas)中佐は疑問を呈した。


「全軍をシュシュ湖に配置するのではなく、神威森にも兵を配置し、補助要員とすべきです」


 ヤナはきつい目つきのまま彼を凝視し、そして数秒と経たぬ内にこう言った。


「その進言は一理ある。さすが、大陸で実戦経験を詰んだ叩きあげの意見だ。しかしその意見は軍人らしくも、対テロの秘密裏行動には不適切だ。第1に考えるのは見つからないことであり、これ以上動かすことはできない」



 会議の末、ルーカスは配下中隊にも作戦報告をした。そのなかにはドレイクの姿もあった。


「作戦開始時には、我々が先鋒せんぽうですか」


「そうだドレイク少佐。君のところは作戦成功率は高いからな。恨むなよ、昇進の可能性は高い方がいいだろう?」


 ルーカスはドレイクに、スコブツェワの兵の運用は妥当だとうか問うた。ルーカスはやはり兵を別けて配置するべきと考えているらしい。

 するとドレイクは顎に手を当てて数秒だけ思考し、妥当だとうと言った。


「我が方は数的不利かつ、内務省との混成部隊なため連携も不安です。兵力分散は各個撃破のリスクを高めるだけです」


「君がそういうなら、信用しよう。私はスコブツェワ連隊長とは初対面だ。彼女を信用してはいないが、君は信用している」


 ドレイク中隊も同様に配下のコロバノフ(Колобанов)小隊に作戦を下達し、小隊も同様に配下の分隊に作戦を下達した。そのなかにはジェル軍曹の姿もあった。


「またうちの分隊が先鋒ですかコロバノフ小隊長」


「そうだ。ドレイク中隊が先鋒なったのも、一重ひとえにお前たちチャリオット分隊の活躍があってこそだ」


 真面目な彼は左の広角をあげ、にやっとしながらつぶやいた。しかしただ誉めるのではないのが、生真面目な彼の悪いところだ。


「命令違反がなければ、とっくに昇進しているものを」


「あぁそうですか」


 ワール市で会談が行われる一方、兵士たちは緊張を解すために談笑していた。

 チロット市内には兵舎代わりの貸しきりホテルがあり、そこでバラカとレフは普段の兵舎と同様に過ごしていた。


「あんた最近、お酒呑みすぎなんじゃない?」


「休肝日作らないとヤバイかも。バラカは?」


「私は最近ストレス凄くって……どんどん量が増えてる」


「お前こそ大丈夫かよ。依存症にならないようにな」


 2人は軍に入る前からの友人で、理由は違えど同じ時期に入隊した。厳しい訓練や数回の戦場を乗りこえた戦友だった。


「お互い気をつけようね……この前教えた曲聴いてくれてありがとう。でも夜中に報告してきたのはなんで?」


「どうせ寝てねぇだろうと思ってさ。寝不足だっていってたろ? まぁ寝不足の理由はあえて聞かないけど。淑女だもんな……?」


「うわーうるせー。まぁご想像にお任せするわ」


 二人は慣れた口調で話をしていた。バラカは卓台に上半身を乗りだすようにして、リラックスしながら話していた。


「てかさー最近太ってきてヤバイんだよね」


「もっと太ったほうが男ウケいいと思うぜ」


「男ウケとかもういらないよマジで。私もう年だから」


「まだ25歳だろうが。まぁ故郷の男絡みの関係を絶つために兵士になったんだもんな」


「ん。もう遊びつくしたからいらない。てかあんたは懲りないよねー」


「その話はもう勘弁で」


 2人が無駄話をする間、すぐ側にいたハリスは、ジャンクフードをポリポリと食べていた。大の愛煙家でなん度も喫煙に成功している彼は、そのたびにニコチン中毒者としての本懐を務めるために、ヤニカスに現役復帰していた。

 だが今はそのときではない。だから彼は自分を誤魔化すために、お菓子を食べていた。


 しかし彼らがいるロビーは喫煙可能で、あろうことか目の前で電子タバコを吸いだす者が現れた。

 居心地が悪くなった彼は自身の装備をおく部屋に戻ろうとした。道中の廊下脇では、若い兵士2人が昼間から淫行におよんでいた。


「まったく、若さってのはうらやましいねぇ」


 彼は苦笑し、自室に戻る。そして椅子に腰を落としため息をつくと、慣れた手つきでタバコを手にとり、ライターを探していた。

 ライターがなかったお陰で煙を肺にいれずに済んだが、喫煙に依存する彼は、辞めようと思ってもそれを辞められないのだ。


 兵士たちがくつろぎ少しでも穏やかにしていようと心がけている最中、ワール市では会談が進み話がつこうとしていた。

 ワール市で行われている交渉の全容は、マクキッド(Mckidd)州知事のネクタイピンに刺さる小型マイクから、スコブツェワ連隊長に流れていた。


 それを聞いていたスコブツェワ連隊長はルーカスやラインホルト(Leinholt)ら将校をホテルの一室に招集し告げた。


「交渉決裂。作戦開始だ」


 ヤナ連隊は草花が生い茂る青い大地を、4足歩行で強靭きょうじんな馬型ズヴェーリのウンマで勇壮に駆けぬけた。

 馬より精神的にも肉体的強いこのズヴェーリは、戦闘の基本装備の一つだ。


 街の外での戦闘には野生のズヴェーリという危険が付きまとう。

 縄張りを侵せば最後、凶暴な彼らに襲われる。


 ズヴェーリを警戒しながらの進軍中、索敵部隊が前方より接近する群れを発見。

 しかし野生のズヴェーリと思われたその群れは、NIsだった。


 スコブツェワの耳には、交渉の音が聞こえていた。


「こうなることは想像済みでしたよ。我々『武士団』とすでに衝突しているかもしれませんね。場所は、チロット市付近で」 


「武士団、ですと?」


「そうです。交戦状態となれば我々は名を改め、戦う決意表明をすることにしていました。構成員はルーシの異人種ばかりですが、今や我々は弥纏のために戦うカラハリン武士団なのです」


 釘崎は深く息を吸ったあとに、ヤスリのような爪切りで爪をこすり手入れをしだした。

 それは彼がルーシ側を出しぬいていることからくる自信の表れだった。


「財政破綻をしていた青山地区の人々に職与え衣食住を保証し、アレク市を中心に同地区内での影響力を強めた。もはや彼らはルーシより我々NIsに帰属意識を持つ、言わばNIsの国民なのです」


「我らのルーシ・カラハリン正規軍を止められるはずがありませんぞ。交戦状態に入ったとなれば、あなたがたはもう後戻りできませんな」



 ジェル分隊は索敵部隊の報告を聞いてから、目視で武士たちを確認した。彼らは自分たちと同じ、青い目をした色白で長脚の人たちだった。


 スコブツェワ連隊長はすぐさまチロットへの退却を命じた。敵の数は1万の大軍であり、スコブツェワ連隊3千の3倍の兵力だったのだ。


 チロット市に籠ったスコブツェワ連隊は、市街地に敵を入れないように戦闘を行うことになる。

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