第17話 チロット市攻防戦 前編

「会敵した位置はアレク市よりチロット市寄りだった。バレていたのか……?」


「推理は後回しにしましょう。ルーカス中佐はすでに迎撃準備に当たっています。命令してください」


「そうだなラインホルト。ルーカス……太っているとて俊敏で優秀だな。お前の会敵直後の撤退の提言も適切だった。感謝する」


 そう言ってスコブツェワは部下を労い、迎撃態勢を敷くように命令した。



 ドレイクは顎に手をあて思考しながら、上官のルーカスに言った。


「外には野生のズヴェーリの驚異もありますし、城壁は有効な防御手段ですね」


「街全体を壁で囲い城郭都市じょうかくとしとしたのはヤツらのミスだったというわけだ。攻めづらいだろうなぁ可哀想に」


「それだけではありません。城攻めは3倍の兵力を有することに加え、敵は野生のズヴェーリも相手にしなくてはなりません。形勢逆転……敵の重大なミスです」


「兵学について士官学校を首席卒から学んでおいて正解だったなドレイク。その知識量はいつか役に立つぞ。名前はなんだったか……?」


「ダーイナイプトンニーニ小尉ですよ。ルーシ軍には珍しい先住民の兵士です」 


 ドレイクとルーカスがそんな話をしていると、ラインホルトもまた自身の部隊を配置につけていた。

 配置についた兵士たち。西側では、高さ90メートル厚さ6メートルの壁に並んだ兵士たちとその兵器用ズヴェーリが、現場指揮官のドレイクの命令でいっせいに火を吹いた。


 攻撃開始である。



 武士はなす術なく大勢が倒れた。武士団の武将である武田は、先手を打たれても慌てず、ドンとかまえていた。


「私は部下を信用している。我々は一心同体。志を同じくし日夜鍛練してきた猛者もさたちだ。慌てる必要はない」


「配下を信用するその姿勢、敬服いたします」


香坂こうさか、しっかりと武田さんを守ってくれよ」


「任せてよ、真田君」


 香坂は武田の親衛隊隊長で、有能な用心棒だ。彼は真田とお揃いの胴丸という甲冑を身にまとっていた。彼らは武田の有能な文武の両眼だった。


 武士団にとって、損害は軽微けいびだった。武士たちは武人の誇りを叩きこまれており、その精神力と命令の忠実さはどの軍隊よりも強かった。

 そのため、目の前に重なる味方の死体に恐れず、勇敢にウンマにまたがり敵に向かい駆けていった。

 それはまるで重力に引かれる水、砂糖に群がるアリのようだった。



 ジェルも部下に発破はっぱをかけて攻勢にでた。


「我々も弓兵きゅうへい部隊にならえ! 攻撃の手を緩めるな!」


 弓兵とは、有史以前の人類がズヴェーリを手懐けるよりも前に使用していた武器にちなむ兵種。

 それにちなみ遠距離攻撃部隊を、弓兵部隊と呼ぶのだ。


「敵部隊が空撃をしかけてきたぞ! 空戦くうせん分隊出撃しろ!」


 コロバノフ小隊長は叫んだ。それに反応したのは白百合と呼ばれる戦場の花、

リトヴァク(Литвак)曹長だった。


「了解、ジノヴィ・コロバノフ小隊長。今回は、ジェル分隊より功績をあげてやろうじゃない」


 翼竜のようなズヴェーリに跨り、白百合が率いる空戦分隊が上空へ舞いあがっていった。


 天空を見上げると、晴天のなかで飛びまわり、殺しあいがはじまった。

 敗れた者は血を吹きだし炎に包まれながら、容赦なく地上に叩きつけられる。

 散らばる肉片には、もはやズヴェーリも人もない。あるのは1つ、これが敗者の末路だという事実だけだ。


「命がまた1つちていく。しかたないことなのよ。戦いは弱肉強食なのだから」


 はじめは優勢だったリディア分隊率いる空戦部隊だったが、数に押され次第に劣勢になっていった。

 状況をかんがみて、後方ではドレイクは思案していた。


「制空権を取られれば、城壁の優位性はなくなる。城壁という利点を奪う軍編成で挑んでくるのなら……奴らに効果的な攻撃は……!」


 ドレイクは瞬き1つせず1点を見つめて思考した。


「兵力差で勝っているときは、追次おいつぎ投入より一括投入をする方が賢明だ。空に戦力を割いているのなら、地上の本陣は薄いはずだ!」


 ドレイクは上官のルーカスに直訴した。


「制空権を取られていないこの今が、最後の攻め時です。ルーカス中佐!」


「連隊長に話してみよう」



 本陣の武田は戦況を見守っていた。


「空から街へ雪崩なだれ込み王手をかけられれば、奴らは四面楚歌しめんそかとなる。市街戦となれば市民を守る事に正規軍は力を削ぎ、勝敗は決する」


 壁の外、幾重にも武士に囲まれた本陣の中から、武田もまた思案していた。


「正規軍は空が押されれば我が方の本陣を狙うことに勝機を見るだろう。ここが最も戦場から遠く、最も肉薄だからだ。だが……市民や拠り所を捨てて攻めてくる蛮勇など奴らにはないだろう……!」 


 股がるウンマの手綱を握りしめ、自慢気に笑い、叫んだ。


「やつらは攻めても敗北し攻めずとも敗北する。ここまで考えこむとは、さすがは私の片眼、真田だ!」



 しかしスコブツェワは武田の読み通りには動かなかった。彼女は突撃する蛮勇を持ち、ドレイクの進言を採用して攻勢に移った。


「敵は負傷も多く、野生のズヴェーリとも交戦している。全兵力を用いて短期決戦よ奇襲をかければ、勝機はある……!」


 正規軍の大多数は城壁のお陰で無傷であることに加えて、彼らには経験があった。実戦経験を持つ正規軍の、さらに上澄うわずみがタスクフォースである。

 いずれも戦場を生きぬいてきた本物の兵士たちであり、1人1人が歴戦の猛者だった。


 ジェル分隊を始めとしたチャリオット分隊が、高速の進撃を開始した。

 チャリオットとはウンマ2匹の馬力を一手に受け、高速の機動力を誇る乗り物のことだ。



 チャリオットの進撃を目にした真田は、秀逸なチャリオットたちを称賛した。


「敵ながらあっぱれだ! だが……チャリオットにつづく兵士も数が少ないが、まさか期に及んでひよったのか」


 チャリオットの神速に武士たちはなす術もなく、陣の奥深くまで侵入されていた。

 しかし、後続の兵士があまりに少なく、真田にはその理由がわからず混乱した。


 チャリオットを食いとめようと、チロット市の方向に武士たちを集めた。

 武田は敵が攻撃してくるのはチロット本面からであると限定していた。しかし、それは甘かった。


 これがドレイク考案の作戦の要だった。突如とつじょ地中より現れたコロバノフが、肉薄にくはくの本陣に突撃してきたのである。


「あの勇猛果敢なチャリオットは……陽動だったのか……! さすがだルーシの天狗どもよ!」


 感心する武田の横で、真田は分析していた。


「地中を這う虫型のズヴェーリを使いその粘膜で土を固めれば、簡易トンネルは作れる……! 酸素ボンベを街で揃えれば、この奇襲も可能だった……!」


 地上に出た兵士は立派な髭の男を敵の指揮官と断定した。ウンマを降りた1千あまりの歩兵が襲いかかった。指揮するコロバノフ小隊長は叫んだ。


「敵将武田を討ちとれ! 殺せぇ!」


 武田めがけて走りだした兵士が、勢いよく斬りさかれた。血飛沫ちしぶきをあげて倒れこむ兵士の影から顔を覗かせる香坂は、血まみれの刀を1振りし、叫んだ。


「ここから先へは、何人なんぴとたりとも通さん!」


 その気迫は、武田への追跡を拒む結界のようだった。

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