第18話 チロット市攻防戦 後編

 コロバノフを含め、正規軍兵士は突撃した。しかし容赦なく香坂に斬られた。

 弥纏の『刀』は近接格闘用の独特な刃物だ。それは剣術が相まると、ズヴェーリの牙や鉤爪かぎづめでさえも切断しうる威力を持つ。


 ルーシを含め西洋の剣は、たたき切るものだ。しかし刀は斬ることに特化している。

 そのため技術次第では、力任せでは斬ることができないズヴェーリの硬い部分でさえも切断しうるのだ。


 香坂は兵士を斬り殺した。その威力により、ほとんどが即死であった。

 遠くから香坂を射殺できればよかったが、逃げる武田に釣られて香坂に近づいてしまった兵士たちは斬られ、また後続の友軍の射撃を防ぐ肉の盾となってしまった。


「ここが正念場だ。正規軍兵士をみな殺しにしろ!」


「進め! ピンク鎧の小男を殺せ!」


 闇雲に香坂らに向かって走る兵士たちは、小柄な香坂をあなどってしまい、返りうちにされた。


 香坂1人を撃破できない正規軍兵士に追いうちをかけるように、香坂は部下の近衛兵に指示をだした。

 武士たちは正規軍の歩兵を包囲し、徐々にその範囲を狭め殲滅した。



 しかし、そうして香坂という猛将もうしょうを離したことで、チャリオット部隊は敵を突破して、逃げる武田を追うことができた。


「敵指揮官を討てばこの戦いは我らの勝ちだ! ウラァァァァ(Ураааа)! !」


「リョーヴァ、武田を任せたぞ! 俺は……コロバノフ小隊長らを救出しに戻る!」


「お任せを軍曹! 行くぞバラカ!」


「了解レフ! ハゲ頭を捕まえてやろうじゃないのっ!」


 北方系であるジェルは同じ民族であるレフを愛称系で呼んだ。そこにあるのは友情ではなく、信頼だった。


 ジェルは自分には目もくれない香坂を素通りし、倒れる歩兵を助けた。


「小隊長、ご無事ですか!」


「バカめ……敵将を討てという命令だぞ……こんなことをするから、貴様は昇進できんのだぞ?」


「ダーイナイプトンニーニが言っていましたよ。『将、外にあれば君命くんめいも受けざる所なり』。状況次第じゃ命令無視は問題なしです」


 ジェルは堂々と言ってのけた。しかしこういった教養に興味がない彼にとって、それはただの方便でしかなかった。


「ふ……変わった男だ……」


 チャリオットが蹴散らした武士も、武田を追って次々と戦場を離脱していった。レフらは武田を追跡するも、必死の逃亡と武田近衛兵による妨害で、逃亡を許してしまう。

 だが武士団を撃破したことで、正規軍側の勝利でチロット市攻防戦は幕を降ろした。



 戦いが終わったあと、少し静かになった城外でレフは倒れこんでいた。


 彼に声をかけたのは、バラカだった。彼女は男と親しくするのが怖いのか、愛称系ではなく『レフ』とそのまま呼んでいた。


「今日もなかなか激しい戦いだったんじゃないレフ?」


「舐めてた分、わりと食らっちまったなぁ」


「あんた途中キレてなかった……? 乙女の前じゃ紳士でいなさいよね~」


「たまに冷静じゃなくなるのも、母性本能くすぐるだろ?」


「いや全然」


「えっ?」


 食い気味の否定に心をおられそうになったレフは、軽くとり乱した。


 一方でヴァーグナーは、治癒を受けるコロバノフ小隊長の見舞いにいった。

 身長180センチメートルとかなり図体ずうたいが大きい小隊長が、地面に倒れたまま動けない光景は、あまりに衝撃的だった。

 治療所へ向かうと、意外なことにそこにはジェル軍曹の姿があった。


「お体は動きますか?」


「あぁ、思っていたより傷は浅いらしい。早急な手当てが功を奏したようだな……ありがとう」


「命令違反を褒めるなんて、上官失格ですね」


 コロバノフは苦笑いした。溢れでる吐息が気管に擦れる耳障りで高めの摩擦音は、彼の顔のシワの多さとあわせて、彼を実年齢よりもさらに高齢に見せた。


 ジェルはその反応の意味が理解できなかったが、それを背後から教えてくれる声が聞こえた。


「分隊長、感謝されたのにディスり返したらダメじゃないですか。それも照れかくしとは思えない雰囲気で……」


 それをコロバノフはウンウンとうなずきながら聞いていた。しかしジェルはこう返した。


「世辞は苦手だ。本心でしか話せない」


 上官失格と本気でそしられたことにコロバノフは、存外に傷ついた。そして死んだ目をして気絶した。


「あら、死んだように眠ってますね」


「俺がっちまったらしいな。アーメン」


 不謹慎なジェルにヴァーグナーはドン引きした。しかしジェルは自分よりも先に見舞いに来るような真面目な男だと知っている彼女は、今のが冗談なのだろうと自分に言いきかせて飲みこんだ。



 数時間後


 スコブツェワ連隊長は、数騎放っていた斥候せっこうにより、武士団の軍勢が北上していることを確認した。

 その大きさから、それが本隊であるとした判明。


「斥候の情報をもとにここから一気に北上、中核市の『コタンコロ市』を獲るべきです。立地と街の規模からして、この街は戦略的重要地点です」


 無性髭をポリポリとかきながら、ラインホルトは冷静にそう進言した。


「しかし、それではシュシュ湖を守る兵士と連携が取れなくなる。オキクルミを襲い我々の権威を失墜させんとも限らんぞ」


 当初の決定事項を覆したがらない規律重視のスコブツェワは反発するも、ルーカスにも進言され、とうとう折れた。


「連隊長を含む5百程度の部隊を残していけば、問題はありませんでしょう。残る2千数百名の全部隊で、コタンコロに進軍しましょう!」


「なるほど……現在、青山地区内の広範囲におよぶ偵察を斥候におこなわせている。それにより安全が確保されれば、私もすぐに合流しよう」


 そうしてルーカスとラインホルトの両大隊は北上、コタンコロに入城した。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 アナトリーは電車に揺られていた。彼はもうすぐグローム市に到着する。

 そんなとき彼は遠くから北上し、こちらに近づくなにかに気がついた。


 ズヴェーリの群れに見えるそれに、乗客の少女は喜んでいた。車内の呑気のんきで平和的な空気は、とある乗客の1言で壊れた。


「違う、あれはカラハリン武士団だ! にしき御旗みはたを掲げている! 大軍勢の武士団だぁぁ!」


「我々の境遇を正す正義の戦を始めてくれたのだ!」


 乗客は狂信的に万歳と叫びだした。アナトリーには不気味な光景に思えたが、特に洗脳が強いアレク市では仕方のないことだとも感じた。


 時間が経ち電車はグローム市に到着した。すると同乗していた狂信者たちに対し、市民は怒り心頭しんとうだった。


「とっとと帰れ狂信者ども!」


 暴言暴行によって、狂信者は逃げていった。


 グローム市では日常茶飯事だ。そこから彼は、徒歩で生家があるグローム町へ向かった。 


 家への帰路きろについた。見慣れたくすんだ町並みは、離れてみて初めて、懐かしさが心に響いてきた。

 やがて現れた生家の入り口に立ち、開かれた扉から顔をだした叔父と対面する。


「ただいま」


「お帰りなさい……トーレニカ」


 叔父はアナトリーの親代わりの人物だった。叔父と久々に食卓を囲んだ。


「このごろ、仕事の調子はどう?」


「なにも変わらんよ。同じことの繰りかえしさ」


「まぁそうだろうね。この町は相変わらずさびれてる」


「あぁ、政治体制改革ペレストロイカ(перестройка)のあとで国中は豊かになったが、この町は州都カイ市に養分を吸いとられて、未だに所得が平均以下だ」


「あぁもう耳タコ耳タコ、聞き飽きたよ」


 木下前社長が永眠してから、後任の岸川によって、NIsカンパニーやアレク市は歪んでしまった。

 木下が築きあげた確かな信頼の上に、キツい労働や軍事訓練と、格差是正を訴えるデモの煽動と高額な資金援助。この飴と鞭でアレク市を洗脳したのだ。


「あんなんになるまで働くって意味不明だよ。俺は戦後の青山地区を知らねぇけど、このグローム町ってスラム街は知ってる。逃げださずに居つづける理由が分かんねぇよ……」


「戦後ただのド田舎でスラム街だった青山地区を、自治体の方針である観光地化に沿って開発し、豊かにしてくれたことへの信頼。それが足枷になったんだ」


「金持ちはカイ市に逃げて、取りのこされた貧乏人しか当時の青山にはいなかった。恵んでくれる奴には……確かに心惹かれるもんな」


 彼は今は亡き璃來を思いだして俯いた。自分も璃來の優しさや金銭に甘え、彼と共依存の状態にあった。苦しんだことがあるからこそ、アレク市民が狂信者になるまでNIsに付きしたがう理由が、少しは理解できた気がした。


「アレク市民は武士化のための軍事訓練を強制されていたらしいぞ。徴兵そのものだよなぁ」


「忙しいと頭が働かなくなるもんな。それも洗脳に1役買ってたんだろう」


「本社が置かれお膝元になっちまったから、アレク市民は逃げられなかったのさ。だがこのグロームをはじめアレク市以外では、木下が実権を失った瞬間に、NIsと決別できたんだ」


 もはやアレク市以外の地域では、NIsカンパニーとアレク市民は異常者と見られていた。

 今回のテロを見るとただの犯罪者となり下がり、その結果が、街で見たそれに怒りを露にしたグローム市民たちだったのだ。


「なぁアナトリー、お前の見た武士団の軍勢は北上していたと言ったな。連中は南下を諦めて神威森とワール市経由でカイ市へ行くんじゃないか」


「なんで南下を諦めるんだ?」


「お前ニュースを見てないのか。少し前からずっと速報で、正規軍がチロットにて武士団の1部隊を撃破したと報道してるぞ」


「そうだったのか。本当に、戦争が始まったんだな……神威森を抜けるとしたら、中継地になるグローム一はかならず狙われる! 逃げよう叔父さん!」



 車に飛び乗り2人は町を出た。

 目指すは南にあるコタンコロ市だ。


 到着したとき、街の入口には行列があった。それは、グローム市からの避難民の列だった。

 彼らは迎えいれた正規軍のラインホルトは、彼らに非常な現実をつげた。 


「北上する武士団の1部が本隊を離れて、このコタンコロ市に向かっております。猶予はない。余計な混乱を避けるためにも、武士団を撃退するまで、この街に留まってもらいます」


 つまりそれは、敵を避けてここまで逃れてきたのに、ここで足止めをされるということを意味していた。


 そこで兵士らは、チロット市での戦いを見せつけた。写真には、武器を捨てた兵士を虐殺する香坂らの姿が写しだされていた。


 こうしてテロリストとしてのカラハリン武士団への憎悪を煽った。


「彼らはテロリストです。我々はこのテロリストを撃退しなくてはならないという危機に立たされています! どうかみな様もお力をお貸しください!」


 避難民たちは、同胞を殺した復讐心と正義感から意を決して民兵みんぺいとなることを望んだ。

 アナトリーも同様だった。戦いが長引くことも予想され、ここにいても金に困るだけだから、給料が出る民兵になろうと思ったのだ。

 そして、子供のころに彼らに対して覚えた鬱憤うっぷんを、ここで晴らそうと決めたのだ。


 ドレイクはチロット市での功績を認められ、作戦立案を担当。スコブツェワはそれを採用し、民兵との合同作戦の準備が始まった。


 民兵たちには、街で買収したウンマを乗りこなす訓練のみがおこなわれた。そして北西の方角より近づく敵影を確認し、間もなくコタンコロ市付近で交戦状態に陥った。

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