第19話 コタンコロ市攻防戦

 ドレイク中隊配下の『ダーイナイプトンニーニ小隊』と『コロバノフ小隊』は、武士団が迫る城門の左右に展開した。


 彼らから2キロメートルほど離れた位置で武士団は一時停止をした。

 武士団は隊列を整えてコロバノフ小隊に食いつき、5千の部隊が総突撃してきた。


 圧倒的な戦力差と火力による突然の猛攻。総員百名未満のコロバノフ小隊は、城内に撤退した。

 ダーイナイプトンニーニ小隊は置いてきぼりを食らい、取りのこされた数名のコロバノフ小隊兵を回収し、きびすを返して突撃してくる武士団をかわし、街を目指した。


「全軍で1つの小隊を襲うとは予想外だったが、大筋は作戦通りだ……小隊、正面衝突をして敵中央を突破だ!」


 多大な損害を負いながらも徹底抗戦をしていると、手はずとおりに街から再出撃してきたコロバノフ小隊が、武士団の背面を強襲した。   


 コロバノフ小隊の主力は高火力のズヴェーリを中心とした戦車部隊であり、その高火力は背を向けた敵の戦力を効果的に削いだ。


「かなり削ったが……多勢に無勢だ。一時撤退するぞイーゴリ首席卒業!」


「はいコロバノフ小隊長……!」


 武士団が混乱しているすきに退却を始めるダーイナイプトンニーニ小隊。だが小勢の武士団が、懸命にも追撃してきた。

 どうやら血の気の多い武士が、たったの数十名で襲いかかってきたのだ。

 この武士団一派は、血の気の多いイノシシのような性格だった。1人、また1人と後につづき、大軍は線のよう細く伸びきっていた。


「これは好機ですコロバノフ小隊長!」


「あぁ! 細く伸びきった線を、ハサミのようにチョッキンしてやるぞ!」


 両側面に回った両小隊は武士団を攻撃し分断。さらに混乱する武士団の中に両小隊は移動しながらも集中砲火を浴びせた。混乱が極まったところで、両小隊は武士団の中に突撃し、混戦となった。当初よりこの状態を想定していた正規軍は近接格闘に強い小型のズヴェーリを全員に装備しており、武士団の戦力を大いに削った。


 すきを突いて、正規軍の両小隊はコタンコロ市へ一時退却した。


「少数という不利な条件を逆手にとり、その速さを利用する……言うには易いがそれをやらせるとは……やれやれだ」


 コロバノフは呆れ顔で言った。


「兵は神速を尊ぶ……ここまで臨機応変に配下が動けると信じることも、策略の一部だったのか。ドレイク少佐はさすがだ」


 ダーイナイプトンニーニもまた、ドレイクを評価した。



 一方のドレイクは次の1手について考えていた。


「予想とおりだ。街の中へは入ってこない。自分たちの手で造りあげたという意識のせいで、この街を戦場にしたくないのだろう。チロット市の武田らも、こういう葛藤を抱えていたのだろうな」


 ドレイクは顎に手を当て思案していた。


「これを上手く利用し最後まで民兵たちを隠しておければ、彼らを活用して勝機を得ることができる……!」


 彼の頭の中にある戦場の流れは神算というべき正確性があった。それを証明するように、戦場では武士団が狼狽うろたえていた。


 しかし指揮官はこう叫んだ。


窮鼠きゅうそ猫を噛むか。してやられたでごわす。敵ながらほんのこて、あっぱれじゃ!」


 彼は置かれている状況とは異なり、敵を褒める余裕を見せた。大音声で笑う声は武士にも広がり、部隊は和やかにまとまった。


「じゃっどん、ルーシの天狗どもに見せつけてやっぞ。武士の本質は一所懸命であること……こん島はおはんらには、絶対に渡さんぞ!」


 こんな状況でも乱れずに心を1つにし、隊列を整えた武士団は再び戦意を燃やした。


 彼らは意気揚々と、チェストと奇声を上げながら突撃してきた。猪突猛進である。その攻撃は城門に一極集中し、城門付近の攻防は激戦となった。


 それを背後の丘から見つめる兵士がいた。



「ふ、突撃しか能がない猪武者いのししむしゃめ。5百名の兵士を50名づつに分けて、5百メートル四方に展開させる!」


 冷静に指示を下した彼女は、ウンマの手綱を握りしめ、悲哀の目を向けた。


「バカな上官に従わざるをえなかった哀れな侍たちよ……1世紀越しの復習を夢見た弥纏系の遺児たちよ……安らかに眠れ」


 スコブツェワはシュシュ湖に近づく敵影がないことを確認し、コタンコロ市付近へ駆けつけた。


 スコブツェワの到着を察知したドレイクは、ルーカスに最終攻撃の指示を仰いだ。


「出撃、だな」


「私の配下がさきほどは主戦力となって戦ってくれました。今度は私も出撃し、陣頭指揮を執ります!」


 知力のみならず勇気を兼ね備える士官ルイス・ドレイク。彼を信用したルーカスは、戦場を彼に託した。

 ルーカスは腰にこしらえたサイフォスを抜剣してそれをかざし、命令を下した。


「全軍、突撃だ!」


 城門付近の激戦で疲弊していた両軍。戦闘が膠着こうちゃくしたころ、無傷の正規軍3千が参戦。武士団は対処が遅れた。


 正規軍の突撃に戦力を激しく消耗するも、武士団は得意の連携で、幾度となく勇猛果敢に包囲殲滅ほういせんめつを図ってくる。

 ともに戦力が拮抗きっこうし、戦いはより一層激しくなっていた。


「武士団を包囲しろ! 固まらず広がれ!」


 ドレイクは叫んだ。


「ルーシ人を囲え! 包みこんでぶっ殺すっど!」


 武士団の武将、西郷も叫ぶ。


 両軍は互いを包囲しようと広がり、横に伸びきった。


 そんなときだった。


「くそ、野生のズヴェーリのお出ましだ!」


 煙草で喉を汚しているハリスは、しゃがれた声で叫んだ。


「構うな敵とだけ向きあっていろ! ドレイク少佐を信じるんだ!」


 周りをよく観察するジェルはそれを瞬時に確認したが、任務を優先した。


 ズヴェーリは自分たちの住処を荒らす者たちを許さなかった。そこには敵味方に別れる人間たちの都合など関係ない。


 兵士らははなす術もなくウンマからふり落とされ、這いあがれずに踏み殺されていった。

 大勢がその容赦ない攻撃に命を落としていった。だがそれも予想されていた犠牲。その損害には、目をつぶるしかないのだ。

 その犠牲も報われるときがきた。懸命に睨みあいをしていた甲斐かいがあった。

 正規軍兵士は最も守りが厚い箇所かしょを特定し、そこに指揮官がいると断定したのだ。


 その情報はルーカスを通して、スコブツェワ連隊長に伝わった。


 スコブツェワは動いた。広く展開させていたお陰で発見されていなかった5百名の兵士は、背後から指揮官めがけ攻撃をしかけた。


 兵士たちが武士団を薄く線のように伸ばしたことで、敵武将の西郷を護衛する側近の侍は、最低限しかいなかった。


 そこを背後から突かれた西郷は、思いもよらない奇襲に倒れた。かしらを失った武士団は、瞬く間に瓦解がかいしていった。


「敵が散開しだしたということは……敵指揮官を討ったか。よし彼らを使うぞ! 民兵を出撃せ!」



 ルーカスの命令で、ついに出撃のときがきた。


「民兵たち。本官はリディア ウラジーミロヴナ リトヴァク曹長であります! 攻撃目標は、散開する武士団のみだ。初陣ういじんだが、諸君らの奮戦に期待する!」


 震える民兵に彼女は簡潔に言葉をかけた。


「声を揚げろ! 叫べ! 勝利に貢献しろ!」 



 街で買収されたウンマに跨がる民兵たちが、まばらな陣形で吶喊とっかんした。兵士らは、震えながらも戦う決意をした。


 リトヴァクら空戦部隊も、敗走する落ち武者らを容赦なく攻撃していった。


「前回はあれだけ空戦部隊に力を入れていたのに、今回は1人も空にいないなんて、やけに消極的じゃない」



 街から出てきた兵士らを視認したドレイクは、前線の正規軍兵士たちを対ズヴェーリの陣形に変形し、自衛を始めた。

 その盾に守られる民兵らは、震えながら落ち武者狩りをした。


 ドレイクは陣頭指揮の傍ら、民兵を眺め、笑みを浮かべた。


蹂躙じゅうりんを経験すればすれば少しは恐怖も和らごう。彼らにも今後とも活躍してもらう必要があるからな……」


 武士団の全容、総戦力が把握できていない今は、1人でも多くの戦力を確保しなくてはいけなかった。


「容赦ない最期を遂げる武士の仲間を見れば、自分の末路を想像し、降伏する武士も出てくるかもしれない。1人でも犠牲を少なくするためには……やむを得ない」


 ドレイクらとともに盾の役割を担いながら、民兵の姿を見て、ヴァーグナーは真面目にもその姿を分析した。


「民兵はちゃんとした訓練を積んでいないため、役に立つ前に戦死してしまう。それを改善する方法はただ1つ。実戦経験を積むことのみ。ドレイク少佐は……合理的に経験と自信を蓄えさせようとしてるのね」



 民兵として蹂躙を経験しながら、アナトリーは思った。

 幼少期、自分を痛めつけてきたNIsの人間たちが、情けなく逃げまどっている。

 私怨しえんを晴らすように彼は、武士を手にかけた。そこには、いっさいの躊躇ちゅうちょはなかった。


 こうしてコタンコロ市攻防戦は、チロット市につづきカラハリン正規軍の勝利に終わった。激戦の傷は深いものだが、1日で終結したことで、戦う余力は残っていた。

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