第10話 同志

 同日の夕刻


 秀二は1人、アイノネ宅へ帰宅した。そこには高虎と璃來がいた。高虎は帰宅したばかりで、璃來はさっきまで寝ていたらしい。


 璃來は昨日の深夜、打撲と切り傷を負ったアナトリーを入院させたあとに帰宅した。

 昼前、突然ジェルが再訪してきたらしい。救助された長老はなぜかユーリ同伴でオタスの杜へ帰りたいと言いだしたのだと言う。


 ユーリの動向を把握した秀二は、2人と話をつづけた。

 話題はアイノネだった。なぜアイノネが闘獣士になったのか、秀二はユジノハラで聞いた3人の会話の意味を聞いた。


「僕たちは人に会話を聞かれるのが得意らしいね父さん」


 璃來はそう言って笑った。それから彼らはすべてを教えてくれた。それは、秀二を失望させるような、大会の闇に起因するものだった。


 決勝戦では、必ずカラハリン島先住民3人が勝ちぬけする出来レースらしい。それが三大闘獣士の正体。

 その三大闘獣士になれるのは、純血の先住民のみ。高虎は第1子の璃來に自分の地位を世襲させたかったが、璃來は弥纏人と先住民の混血児のため、その願いは叶わなかった。


「私は璃來を後継者にはできないと知りつつ、生ませたんだ。スパルタ教育までほどこした。理想とおりに育った璃來を後継者にしようと、横暴を効かせようとした」


 高虎は自身をなじった。


「愛する子供のためなら、多少の理不尽でも通そうとしてしまう。周りの期待や、道徳を裏切ってでもな。親バカだな私は……」


 高虎は自身が子供のように自分勝手であったことを、嘲笑あざわらった。


 高虎は璃來の人生から選択肢を奪い、将来を勝手に決めて、英才教育を施した。

 それを璃來は受けいれて、確かな成長をみせていった。

 しかし、やはり璃來を後継者にはできず、高虎はそこで先住民の女性とのあいだに、腹違いの子供である純血のアイノネを産ませた。


「ちょっと待って。高虎さんって弥纏系ですよね。その息子のアイノネは純血の先住民になれないんじゃ」


 秀二の疑問に高虎は答えた。


「私も弥纏系ではない。カラハリン南部の出身で、両親は若い頃弥纏国民だったのだ。それゆえ戸籍上ではこんな名前を使っている。しかし血筋は先住民の血筋なのだよ」


「先住民としての名前もあるんですか?」


「あぁ、私は仲間内ではシアンレクと呼ばれている。マイノリティの名前を使うと都合が悪いゆえ普段は高虎名義だが、私はシアンレクの名を本当の名と思っている」


 高虎はそう語った。彼らには、血筋というものが常に付きまとっているようだ。

 高虎の意思とは反して、璃來はアイノネの教育係として指導することに精をだした。

 彼もまた血筋に顕著な影響を受けている男だ。混血という『生まれ』のせいで夢を絶たれた理不尽さ。ぶつけようのない怒りを、指導という形で発散していたのだ。


 父や兄の指導により、アイノネは強い闘獣士になったのだ。思い当たるふしがあった秀二は、2人に河川敷でのことを話した。


 すると璃來はニヤリと笑いこう言った。


「アイノネは正々堂々とした闘いを好む子だ。勝てばいいのではなく、相手を戦闘不能にするという勝ち方にこだわっている」


 そういうと璃來は、アイノネの過去について話しだした。


 

 ある日のこと、璃來とアイノネは口ゲンカをしていた。


 璃來との闘いでアイノネは戦闘不能の勝ち方にこだわり、本来の目的である勝利を得られず、敗けてしまった。


「勝たなければどんな美学も意味を持たないぞ!」


「追いだして勝ったつもりになるなんて、そんなの無意味だよ!」


 そうして口論が激化すると、ついにアイノネは家出をしてしまった。

 この頃の璃來はまだ、ワガママで反抗的なアイノネを後継者として認められず、生まれの不運で夢を絶たれたことへの怒りを、そのままぶつけてしまうことがあったのだ。


 アイノネは街を彷徨さまよった。すると複数人の少年が、寄ってたかって1人の少年をいじめてい


 アイノネはトゥレンペで彼らを追いはらった。

 璃來との闘いのすぐあとのトゥレンペは傷がまだ癒えておらず、それで狂暴な少年3人を相手にするのは容易たやすいことではなかった。


 アイノネは、少年のために救急車を呼んだ。


 助けられた少年はというのがヴァシリだった。そのあと2人は仲良くなった。

 2人には共通点があった。2人ともズヴェーリを通して、夢を見ていたのだ。

 アイノネにとってはヴァシリも璃來も、ズヴェーリを通して夢を見た仲間。同志きょうだいだった。


 アイノネはヴァシリに、璃來からのダメだしについて愚痴をこぼした。するとヴァシリはこう言った。


「純粋な疑問なんだけど、どうしてアイノネにいは闘うの?」


「そりゃあ期待に応えたいいからだよ」


「じゃあ期待に応える為にも、勝ち方よりも勝つことにこだわろうよ。じゃないと三大闘獣士になれなかったら、その先に見る王者にもなれないよ!」


「わ、わかってるけど……」



 アイノネは珍しくヴァシリに迫られ、どこか心が忙しなくなっていた。しかしそんなことを知ってか知らずか、ヴァシリは畳みかけた。


「じゃあ質問を変えるけど、どうしてあの時僕をたすけてくれたの。最悪トゥレンペがしんでしまう危険を犯してまで戦い助けてくれたあの時、お父さんや璃來おりくにいの期待なんかなかったはずだよ」


 アイノネはヴァシリに諭されて、気づいた。


「もう分かったでしょ? アイノネ兄は期待に応えるよりも前に、思うがままに闘いたいんだよ。打算じゃなくて、思うがままに闘って僕を助けてくれて、同じように思うがままに闘って、王者になりたいんだよ」



 幼い少年から的確に諭さとされたアイノネ。幼い彼は知ったような口を聞かれたと、腹だたしくなってしまった。

 理不尽に怒って、そのまま帰宅してきたアイノネから事情を聞いた高虎は言った。


「ヴァシリに怒ってしまったことは確かに間違っている。お前の悩みに的確な助言をくれたのだからな。だがお前はずっとプレッシャーの中、1人で闘いつづけてきたんだ」


 普段の高虎は闘獣の件でアイノネに厳しくすることもあった。だが今回は優しくさとした。


「誰にも理解できないお前だけの感情があるのだろう。憂さ晴らしをしたいときがあってもいいんだ。ヴァシリに謝るかどうかは、お前が決めていい。自分が次にどうするかは、お前が決めてもいいんだよ」


 高虎はアイノネ自身に選択をゆだねた。彼は最初から悪いことをしたらすぐに謝るべきという、道理を教えようと思った。だが、それは野暮だと思ってやめた。


 いまさら言葉で諭さなくても、闘獣を通してアイノネに正しい倫理観は伝わっているはずだからだ。それぐらいアイノネの人生は、彼や璃來が指導する闘獣でできていたのだ。



 過去を振りかえった璃來の言葉を聞き、高虎もまた感傷的になっていた。


「自慢の息子なら、彼の選択にいちいちしゃしゃりでる必要はない。自慢の息子なのだから黙って信じてやろうと、そのときはそう思ったんだ」


 高虎はそう言って、優しくほほえんでいた。


 そのあとアイノネがどうしたのかはわからない。だが未だにヴァシリと仲良くしているのだから、その結果は分かるとは言った。


 高虎は、自分がアイノネへ甘くしてしまうのは、生まれへの贖罪しょくざいだと言った。

 生まれながらにして、後継者という人生を運命付けられたアイノネ。その運命を受けいれ努力するアイノネに、彼は尊敬の念さえ抱いていた。


 そして璃來へ申し訳なさそうな顔をしてこう言った。


「私は璃來に夢を見させて、絶たせた。こんなに酷いことは他にない。……すまなかった」


「もう良いよ、終わった話だから。それに、僕も自分の都合でアイノネへ厳しい指導をした。父さんの後を継げない悔しさと怒りから、アイノネにそれらをぶつけて、困らせてしまった。僕もアイノネに謝らなくてはならないね」


 そして最後に高虎は秀二に対して言葉をかけた。


「私のせがれたちは、自分で自分の行動を決めたんだ。君も無関係じゃないぞ……? 秀二君、君はいったいなんのために戦うんだい?」

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