第9話 8月11日

 軍用ジープを見つけた3人は、ただその両目から放たれるハイビームに照らされていた。軍用ジープから降りた軍人は璃來のことを知っていた。


「お前、江賀高虎の坊っちゃんか。こんな辺鄙へんぴなところでなにをやっているんだ?」


「先日、長老からオタスの杜に来るように言われていたんです。地震のことで知っていることがあるのだと……」


「そうか……よく分からんがとにかく長老を連れて避難しようか。長老から救助要請があって来たんだ」


 深夜、彼らは軍人のジェル・ティーグロネンコ(Дзер Тигроненко)軍曹に助けられ、無事帰宅した。ジェルは高虎となにやら2人きりで話していたが、しばらくくしてジェルは帰っていった。



 8月11日


 本震発生から明くる日の午前9時頃。TVのニュースは、一連の地震は多数の死傷者を出したと報道した。


 秀二らのいた繁華街やアイノネ宅がある郊外がある中央区は、頻発する地震を見据えて耐震性が極めて高い建物が多く、被害は最小限だった。


 しかし主な被災地となった下町などでは、そうはいかなかった。人間の野心によって生まれた高層ビルが生いしげるコンクリートの森は、そこに瓦礫の山を加えて極相をなした。


「秀二君、アイノネ、実は明朝に警察署から治安維持の協力依頼を受けたんだ。下町への派遣でその他の地域が野ざらしだから、火事場泥棒から街を守るためにな。闘獣士はズヴェーリ使いだ。犯罪者と戦えるだろう?」


「ボク行くよ! 秀二お兄ちゃんは?」


「もちろん行くよ。でもアイナやユーリはどうなったのか気がかりです」


「ユーリ君は寝ているよ。アイナちゃんはカイドームだ。ルーシはバレエが盛んだろう? もうすぐ劇があるんだがバレリーナが怪我をしたので、その代理だ。ナターシャの勧めだよ。美貌を買われたのだろうな」


「地元のバレエ団にも所属してたから、きっと嬉しかったでしょうね」

 

 秀二は警察署を訪れた。そこでギャリー(Garry)巡査部長から指示を受けて、半日だけ任務を引きぅけることとなった。

 大勢の闘獣士をはじめ大勢のズヴェーリ使いが協力していたので、1人1人の仕事時間は短いようだ。


 秀二とアイノネは、ギャリーと、その部下のアビー(Abbie)の4人で巡回に出た。


「ネットは意味不明なガセネタで荒れてて、内務省や軍も動いてるらしい。とにかく人手が足りねぇんだな」


 ギャリーがそう言うと、遮るようにアビーが言った。


「見て、あの青年たち飲酒してるわ。まだ未成年よ」


「締めあげてくる。秀二、アイノネ、やり方を見ててくれ」


 ギャリーは不届き者たちと口論の末、彼の犬型のズヴェーリは、容赦なく鋭い牙で不届き者の腕に噛みついた。


 188センチメートルで筋肉質な巨漢である彼は、ずっと余裕の笑みを浮かべていた。だが不届き者の仲間たちが襲いかかると血相を変えた。

 真剣な面持ちで臨戦態勢となった。をあげた不届き者は降参し、お縄にかかった。


 彼らを捕獲するように署に連絡したギャリーは、車内に戻ってきた。


「これをやれ。難しいことじゃないだろう?」


 そういう言うギャリーに秀二は絶句し、開いた口が塞がらなかった。


 路地裏まで来た。全員で車を降りて、そこには近づいても反応をしない人、奇妙な体勢で固まったままの人など、あらゆる人たちがいた。


「薬物中毒者達の危険地域に、子どもをつれて来なくてもよかったんじゃ?」


「それもそうだな。だがもう遅い」


 談笑する2人のうしろを歩く秀二らは、微動だにしない中毒者に衝撃を受けていた。

 すると突然、奇声をあげた中毒者の男が、秀二に飛びかかって来た。


「ふぁ、ひゃあ、はああぁ! ふううぅぅわぁ、ふあああっわぁ!」


 その手には刃渡り12センチメートル程度の刃物が握られており、覆いかぶさるように襲いかかってきた。

 秀二は馬乗りにされながらそれを跳ねのけるのに必死で、背中をアスファルトに強打した痛みも気にならなかった。


 急いでプラーミャを呼ぼうと考えたが、この男に噛みついていいのだろうかという葛藤があった。闘獣で鍛えたプラーミャに噛みつかれれば、男は大ケガをおうだろう。


 しかし、さっきのギャリーの姿を思いだして、迷いを断った。秀二はすぐさまプラーミャに男の横腹を噛みつかせた。


 人間に対する加減を知らないプラーミャはいつも通りの顎の力で男に噛みついた。男はさらに奇声を大きくして倒れこみ、地べたをってジタバタしていた。


 口からは泡を吹きだし、赤子のように不規則に首を動かしていた。その気持ちの悪い人間の姿を、これ以上見せまいと、警官たちは男に覆いかぶさった。そして気絶するまで顔を殴りつづけた。


 そんなことを続けること約5時間。

 午後2時頃に2人は解放され、家路についた。


 歩いて帰宅する途中、アイノネは友人のヴァシリ(Васи́лий)と出会した。


 精神的にも肉体的にも疲れていたが、アイノネはヴァシリと出会したことで疲れが吹きとんだようだった。


 ヴァシリは秀二もアイノネ同様に決勝戦に出場するということを知り、アイノネと秀二の闘いを見たいと言いだした。

 辺りは崩れたビルなどが多くて広場は潰れていたので、3人は河川敷へ向かった。


「闘えると思うと、俺も疲れが吹きとんだぜアイノネ!」


「アイノネ兄には勝てないさ」


 ヴァシリはアイノネを兄と慕い、その能力を信用しているようだった。


 秀二のプラーミャはアイノネ目がけて走りだした。


 するとアイノネは、トゥレンペという異形のズヴェーリで対抗した。手足のないはんぺんのような見た目だ。


 そんなトゥレンペは風に飛ばされるビニール袋のように、プラーミャの顔に覆い被さった。視界を塞がれ理性が失われ、暴れるプラーミャ。そんなプラーミャに対し、炎を吐いた。

 効果覿面こうかてきめんだった。トゥレンペは前足に張りいた。そのまま関節を操り、プラーミャの体を操る。


「まずい、場外に連れていかれる!」


 秀二の心配をよそに、トゥレンペはプラーミャを弄ぶだけだった。

 飽きたのか、そのままプラーミャの骨を折って勝負をつけた。


「纏りつくことが得意だから、憑神つきがみとも言われるズヴェーリの特徴を最大限活かした闘い方。正々堂々とした闘いだよ」


 河川敷から街へと響く闘獣の音は、傷心し塞ぎこんだ街にとって、空谷くうこく跫音きょうおんだった。


 ギャラリーに囲まれていたことに気づいた彼らは恥ずかしくなって、帰ることにした。

 秀二は敗けたことが悔しかったが、アイノネを好敵手ライバルと認めた。そして彼を越えることを今後の目標に加えた。


 勝っても敗けても人々に拍手される快感を覚えた秀二は、明日の夜行われる決勝戦が楽しみで仕方なかった。


 河川敷での闘いの後、秀二は2人と別れて繁華街へ向かった。アイノネに馴染みの『古着屋』を教えてもらったのだ。


 そこで秀二は店主にお願いして、真田から貰った作業着の『オーバーオール』を小さくしてもらった。それを着用した。

 コスプレとまではいかずとも、リュックのデザインなども相まって、まるで甲冑を着た武士のようだった。


 秀二は喜んだ。秀二は幼い頃から、武士がすきだった。父の安之助が秀二に刀などのおもちゃを与えてくれた事が、その始まりだった。


「俺はカラハリンのサムライ。サムライ闘獣士なんだ!」

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