第8話 オタスの杜
夕刻、アイノネの屋敷へお邪魔させてもらえることになった3人は、迎えの車に同乗した。
江賀家は裕福だ。三大闘獣士となればファイトマネーやCM起用もあり、多額の収益を得られる。
良家の令嬢であるナターシャとの出会いも、CMでのスポンサー繋がりだった。でなければ物価の高いこの街で遊ぶことはできないし、お迎えの車が高級車なはずが来ないのだ。
車内には璃來とその友人も同情していた。
「璃來兄とアナトリー(Анатолий)さんも来てたんだね。なに用?」
「
「2人して遠出なんて珍しいね。どこに行くの?」
アイノネの問いに、アナトリーは答えた。
「俺たちはな、オタスの
アナトリーはどこか璃來とは異なり、パッとしない顔をしていた。顔だけではなく、服装も頭が悪そうで、DQN(ドキュン)臭がする。璃來の友人としては不釣りあいにも感じられた。
だからアイノネはアナトリーを煙たく思っていた。
「そこのメガネ君。オタスの杜とはなにか、説明してみな?」
アナトリーはインテリな雰囲気を醸しだすユーリを試すような質問をした。
アイノネは彼のこういうところが嫌いで、嫌な顔をした。
「オタスの杜は悲しき大地。弥纏に統治されていた時代に、アイヌやウィルタ等の先住民がその文化を奪われ同化を強いられた場所です」
「ほ〜ん。やるやん」
秀二はユーリを誇らしく思った。アナトリーの態度から、ユーリの説明が模範解答であったことは確かだった。
そんなときだった。街は再び、揺れに襲われた。それは次第に大きくなり、今朝とは比べものにならない大きさとなった。アイノネは恐怖に震えていた。やがて、車内という密閉空間でそれが伝染し、集団ヒストリーを起こしかけた。
次の瞬間、道路が割けて車は振動で大きく揺れた。ナターシャが頭部を強打し、流血しながら気絶していた。車内は緊張に包まれた。
辺りにいた警察官を呼び、病院まで先導してもらった。
ナターシャは
秀二らは病院の壁に括りつけられたTVで、地震のニュースを観た。今回の地震は過去最大らしく、本震ということらしい。
秀二ら子供たちがTVを見ていた際、璃來とアナトリーは離れたところで話していた。
「璃來……俺がどうしてオタスの杜にお前を誘ったのか言ってなかったよな……実は長老に呼ばれたからだ。地震について話したいことがあるって」
「いきなりなにを言いだすんだ?」
「いったいどういうことなんだ。オタスの杜の長老が地震のなにを知ってるって言うんだ。それだけでも意味不明なのに、それを君に教えるなんて。君はいったいなに者なんだ?」
「俺は俺だよ。オタスの杜で祭りやってんだろ。出店のバイトのために通ってたら、ある日そう言われたんだよ。俺だって意味わかんねぇよ……!」
「オタスの杜へ直接行って、本人に聞くしかなさそうだな」
2人がオタスの杜へ行くことを秀二らに告げると、ユーリは同道したいと頼みこんだ。並々ならないその意思に押され、ユーリもつれて行く運びとなった。
「なぜ行きたいんだメガネくん」
「長老にお会いできる機会なんて、めったにありませんからね」
ユーリらしい物好きな理由だなと秀二は感じた。だがアナトリーは腑に落ちていない様子で、ユーリを怪訝な目で凝視していた。多分それが普通の反応なのかもしれないと、秀二は思った。
「悪いが車はオタスの杜まで使わせてもらう。お父さんに連絡するから、アイノネたちはそれで帰宅してくれ」
秀二は地震に怯えるアイノネとアイナの側から離れず、高虎の迎えが来ると、その車に乗って帰宅した。
帰宅してから、3人は固まって過ごしていた。薄暗い無音の空間は、彼らの心を
見兼ねた高虎は3人をリビングに呼び、TVを点けた。
「ずっと無音の中で過ごしていては、怖さも増すだけさ。どこもニュースばかりだ。まったく、容赦がないな」
未曾有の大地震は、それが終わった後も、こうして人々を恐怖で支配する。そんなことを感じながら眺めるTVには、カイ市の下町が壊滅しているようすが、惨たらしく映しだされていた。
震源地は南区にある石油基地の近くであった。ここに地震が直撃していれば、石油が爆発し、カイ市は地獄と化すところだった。
報道中にも余震が起きた。キャスターは揺れる局内で白い安全帽を被り、机にしがみつきながら揺れを伝えていた。
「本震の後も余震があるとは……1日3度も揺れるなんて、やりすぎだ!」
高虎の言ったやりすぎという言葉に、秀二は違和感を覚えた。父の安之助は近年の地震にズヴェーリが関わっていると言っていたが、高虎の怒りは、野生のズヴェーリに向いているのだろうか。
ズヴェーリは人と自然の間に位置する存在。高虎の怒りは自然に対するものというより、なにかもっと身近な誰かに対して向けられたもののように感じた。
高虎は璃來に電話をかけた。しかし繋がることはなかった。
┈┈オタスの杜
オタスの杜へ向かう車の中でアナトリーは、長老の話をしていた。
「ヤベェよな……カイ市中の人が、長老を『魔術師』と呼んでる。実はなん百年も生きてるだとか、ズヴェーリを意のままに操れるのだとか言われてる」
「ズヴェーリを意のままに操れる……憧れますね」
「憧れる……? おいおい嘘だろ。普通に気持ちわりぃだろそんなの」
2人は相性が悪いようだった。
オタスの杜に着いた3人は、その荒廃した雰囲気に驚いた。オタスの杜の建物は古く、耐震性が低いためその多くが崩壊していた。ズヴェーリも殺気立っており、街灯も消えた闇の中は不穏な空気に包まれていた。
そんな中起きた余震。3度目の地震の揺れにより、レンガ造りの建物が倒壊していた。アナトリーはその下敷きになった。
「大丈夫かアナトリー! ユーリ君も瓦礫を退かすのを手伝ってくれ! 1人じゃ大きすぎて無理だ!」
「手伝ってくれ……頼む……メガネくん……!」
本気で助けを求める二人を前にして、ユーリはトラウマとなっていた湖を思い出していた。
「人が……人が……下敷きに。もしあのとき島津さんも少し来るのが早ければ、雷に撃たれて。小屋の下敷きに……!」
「ユーリ君、落ちついてくれ。とり乱すしちゃダメだ! 賢い君なら、今はどうするべきかがわかるだろう?」
「わかんないですよ! 強いて言えば、冷静になるためにここではないどこかへ……」
他人を省みる余裕がなくなるほどに半狂乱になったユーリ。逃げだそうとしたそのとき、突然耳元に息を感じ、ゾッとした。
「こっちだよ……貴方をずーっと待ってたんだよ……」
「今のはいったい……幻……聴?」
「おいメガネ! 森の奥なんて見てないで助けてくれ……!」
アナトリーの叫びはユーリの耳には届いていなかった。
声が聞こえなくなった。我に返って2人の方を見ると、璃來がユーリへ叫んでいた。
「早く瓦礫をどかすのを手伝ってくれ! 君がしなかったことで後悔したくはないだろう!」
ユーリは急いで手を貸した。非力だが全力を出して瓦礫からアナトリーを救いだした。
璃來は不在着信に気づき高虎へ折りかえした。
甚大な被害を前に歩いて帰るしかないと考える3人を、1両のジープのライトが照らした。そのジープがなに者か、璃來はすぐに気がついた。
「あれは街中で使う軍用ジープだ。でも1両だけって、いったいどうして……?」
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