第7話 大都会

 8月10日


 秀二らを乗せた新幹線はついにカイ市へ到着した。カイ市は危険なズヴェーリから人々を守るための巨大な壁に囲われていた。外は危険なズヴェーリが犇めくツンドラ地帯が広がっているのだ。

 またそれのみならず、戦争によって荒れた過去の反省から、奠都てんとされた際に壁が構築されたのである。


 駅のホームを降りると、そこはまさに大都会であった。想像を絶する量の人やズヴェーリたちがいた。それは地方都市のユジノハラとは異なり、様々な人種、様々な原産国のズヴェーリたちによって成りたっていた。


 街の中のズヴェーリは調教されており、まるで犬のように従順で、エチケットを守り生活していた。

 ユーリ曰く、街にいるズヴェーリの大半は何世代にも渡りペットとして飼い慣らされていたり、NIsカンパニーのようにその力を利用されている、言わば人類の仲間と言えるズヴェーリらしい。

 つまり外のズヴェーリとは違うのだ。


 そこには、凶暴なズヴェーリのとげさえも抜いて飼い慣らしてしまう、人類の叡知えいちの塊である文明の姿があった。


「ここは南区。弥纏支配時代の旧『敷香しくか町』ですね」


 カイ市は全長810キロメートルの大都会。流石のユーリもパンフレットがなくては地理を把握できないようだ。


 ここで秀二の電話が鳴った。それは父の安之助からだった。


「お父さん久しぶり! たった今、カイに来たよ」


「まぁ決勝戦も近いしな。シュシュ湖のことも忘れないでくれよ……! オキクルミの現状報告は大切なことだからな!」


 カイ市という名前が出た途端、安之助は呼吸が荒くなり、旅立ちの日にもそうであったように、シュシュ湖の名前を出してきた。なにを焦っているのかまるでわからない。

 まるで、カイ市にいてほしくないかのようだ。無事にたどり着けたのだし、こんなに焦る理由などないだろう。


 そのときだった。突然の揺れが起きた。秀二は、カイ市は地震が多いということを思いだした。


 人々は悲鳴をあげ、割れたアスファルトから水が吹きだし、建物が倒壊しはじめる。街は混乱の様相ようそうていしていた。

 地震はすぐに収まった。人々は地震への精神的な耐性が生まれているようで、すぐに落ち着いて避難を始めた。


 そんななかユーリは、1匹のズヴェーリが壁に激突し、あたふたしている姿を興奮し見つめていた。


「こんなに大混乱のカパチリカムイなんて、なかなか見られないですよ。貴重な瞬間です……!」


 その姿を見たアイナは秀二に小声で耳打ちしてきた。


「ユジノハラ予選でも、名前にカムイとついたズヴェーリを見たときだけあんなふうに、覚醒したようだったわ」


「ユーリらしいっちゃらしいけど、どうしてなんとかカムイにだけ、ああも反応するんだろう?」


 3時間も経てば、街は平然と機能していた。3人は繁華街を散策した。無傷の街でウィンドウショッピングをしていると、ユーリがつぶやいた。


「みんな同じに見えますね。化粧が似合ってない人もいますし、気持ちが悪いです」


「デリカシーのないこと言わないでよねユーリ。みんな、憧れてる誰かの格好をマネして、おしゃれを楽しんでるんだから!」


 アイナが怒るなんて久々だ。ユーリの無神経な言葉に腹をたてるのは初めてではないが、最近のユーリは気持ちが悪いくらいに丸くなり、腹を立てる要素はあまりなかった。


 それに伴ってアイナも腹をたてない大人になったのかと思えば、どうやらそうではないらしい。

 彼女はユーリの昔の性格を知っているからか、必要以上に彼の言葉に反応してしまったのだ。


「容姿なんて努力じゃどうにもならないのよ。そんな生まれの運にアレコレと露骨に口出しするのは幼稚なんだから!」


 注意するアイナを横目に信号の向こうを見ると、似た色の服をまとう2人の女性がいた。片や美人で片やブサイク。ナンパ師は露骨にもブサイクには目もくれず、美人に声をかけていた。


「確かに……幼稚かもなぁ」


 秀二は呟いた。その露骨な一部始終を目にし、幼稚なことは恥ずかしいことだと感じた。

 島津の言葉を思いだし、彼は恥ずかしくならないために礼儀を弁えようと、年上に『敬語』で話そうと誓った。


 美人はナンパ師を軽くあしらい、歩いていった。視線をアイナに戻そうとしたとき、美人の後を追う見覚えのある姿を見つけた。


 それは、アイノネだった。

 アイノネは美人に追いつくと、2人仲良く喫茶店へ入っていった。邪魔したい気持ちに駆られた秀二は、2人の後を追って喫茶店へ入った。


 秀二らの姿に気づいたアイノネは、快く挨拶してきた。


「久しぶり秀二お兄ちゃん! 紹介するね、こっちはナターシャ(Наташа)だよ!」


「闘獣士ってことは、決勝戦に出場するのね? 幼いのに凄いじゃない」


 そう言ってナターシャは長くて細いまっ白な腕を伸ばし、秀二の頭をなでた。いい匂いがした。甘く刺激的なオリエンタルな香りは、黒を基調とした露出の多い服と相まり、若々しくも大人らしいエロチックさを感じさせた。


 アイナは激しく憤ってナターシャをにらんでいた。アイノネは、苦笑いをしていた。


 話を聞けばアイノネとナターシャは友人で、アイノネは荷物持ちをさせられていたらしい。


「ここで出会えたのもなにかの縁よ。5人でショッピングなんていかが?」


 ナターシャの提案で、それから5人はデパートでショッピングしていた。ふとしたときに秀二とナターシャが2人きりになる瞬間があった。

 2人は、ナターシャが贔屓ひいきにしているぬいぐるみのテナントに来店した。秀二は1匹のぬいぐるみを見つめていた。


 それは豚のぬいぐるみだった。まん丸でつぶらな目に太眉、大きいまっ赤な唇という、ブサイクな顔をしていた。それを見た秀二はふと思ったことをこぼした。


「変な顔……アイナにあげたら気にいりそう」


 そう言ってじっとぬいぐるみを見つめる秀二のその純真無垢な表情を、ナターシャは可愛く思った。


「プフッ……あのこんなのが好きなの。個性的な感性をしてるのね。330ルーブルだし、私が買ってあげる」


「え、良いの?」


「貴方のその可愛さに、これくらい払わせてちょうだい?」


「あ、あ、ありがとうございます!」


 初めて意識して口から出した敬語は不自然だった。それを聞いたナターシャは、また微笑んだ。


 みんなと再会した秀二は、ぬいぐるみをアイナに手渡した。アイナは顔を赤くして笑った。


「秀、ありがとう!」


 秀二は予想以上に喜ばしそうに笑うアイナをみて、嬉しくなった。そして幸福感に満ちた笑顔を見せた。

 それは端から見ると、とてもなごやかな光景だった。

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