第3話 ユジノハラ市予選

 秀二を知る2人は、彼の勝利を疑わなかった。


 秀二のズヴェーリ、プラーミャは火を吹く小柄なズヴェーリで、身のこなしの軽快さで一撃離脱を繰りかえす戦法を得意とする。


 子猫のようなあどけなさと、毛が逆立ち鋭く尖った爪で襲う勇猛さを兼ねそなえており、まさに秀二のバディといった存在だ。


 一方タロンジのズヴェーリ、アッコロカムイは全長2メートルと巨大。全身がまっ赤で、丸太のように太い八つ足を持つタコのようなズヴェーリだ。高い攻撃力を持つも、プラーミャにとってはただの大きな的であった。


「デカイだけじゃ勝てないぜ!」


 プラーミャは俊敏に動きまわり、攻撃を繰りかえした。だがプラーミャによる一方的な攻撃を許すタロンジではなかった。


「アッコロカムイ、網を張るように足を動かせ! 八つ足を活かして闘うんだ!」


 アッコロカムイはタコ型で、1度攻撃が当たればその足にある吸盤に敵をくっつける。1度捕まれば逃げられなくなるのだ。


 プラーミャによる攻撃が一気に止まった。アッコロカムイは吸盤のある足で全身を囲い、鉄壁の守りを敷いた。


 攻めあぐねるプラーミャが動きを止めたその一瞬を、アッコロカムイは見逃さなかった。

 すべての足がプラーミャに目がけて飛びだし、その内の一足がプラーミャに巻きついた。そのままアッコロカムイはプラーミャを口の前に運び、タコの墨のように黒ずんだ業火を浴びせた。


 泣きさけぶプラーミャには逃げだす術はなかった。


「どうした、これで終わりか少年。俺と熱く燃える闘いをしてくれ! このままじゃ不完全燃焼で終わってしまうぞ!」


 この窮地においても、秀二の闘志が潰えることはなかった。


「なにを言ってやがる、俺だって手加減はしねぇよ!」


 秀二の威勢の良さとは裏腹に、炙られつづけるプラーミャはいつしか黙りこんでいた。

 タロンジは自らの勝利を確信しかけたが、そのときだった。

 秀二はニヤリと笑った。次の瞬間、火を吐きつづけるアッコロカムイが突然奇声をあげた。


 驚いたタロンジがプラーミャを見ると、そこには全身に大火傷を負いながらも懸命にアッコロカムイの皮膚をむさぼり食うプラーミャの姿があった。

 アッコロカムイは大量出血をしていた。


「プラーミャもその体に火を宿している。耐火性は抜群だ!」


 鋭利な牙は柔らかい皮膚を噛みちぎり、神経がむき出しになっていた。


 タロンジは深くシワが刻まれた堀の深い顔に、更にシワを刻むように、笑顔を見せた。


「油断したぜ……だが燃えあがってきたぞ! バックドラフトのように急に燃えあがる闘いも嫌いじゃない!」


 両者のズヴェーリは満身創痍。闘いは佳境(かきょう)に入った。タロンジはプラーミャという闘いずらい相手に対して、最後の策をとった。


「すべての足を振りまわして、とにかくプラーミャに攻撃を当てろ! 数を打てば当たる!」


 扇風機のように、アッコロカムイの足が振りまわされる。一撃必殺、回避困難な強力な手だ。しかし、秀二もまた手をこまねいているわけではなかった。


 燃える闘いに秀二は快感を覚えていた。そして心の底からこの“闘獣”を楽しんでいた。


 相手との体格差を逆手にとり、一気に攻撃に出るのは避けてとにかく逃げまわり、相手が疲れたところを攻撃するという戦いかたに切りかえた。プラーミャはタコ足から逃げまわり、足の隙間にできる一瞬の隙をついて、無駄に大きな体に噛みつき、爪を立て、焼いていった。


 そしてそれをある程度繰りかえしたあるとき、プラーミャの目の前には先ほど食いちらかした傷が見えた。それを見逃さなかったプラーミャは渾身(こんしん)の一撃を加えた。


「行けぇ、プラーミャ!」


 そして耐えかねたアッコロカムイはついに倒れたのであった。


「ア、アッコロカムイ……少年……燃えつきちまったよ……ここ数年負けつづきだな。SNSがまた炎上しちまうよ!」


 秀二とプラーミャの勇姿を見て、讃える男がいた。審査員の高虎だ。試合後、高虎は秀二にマイクを使って審査員席から1言『今後に期待している』と声をかけた。秀二はやる気に満ちていった。


 その後も連戦連勝して、ついに予選を突破した。壇上から降りた秀二に駆けよったユーリやアイナは、アイノネを連れてきていた。


 アイノネは、父親の高虎が秀二に一目置いているとのことを伝え、帰っていった。秀二は、今なら行けると思いアイノネを追いかけた。


 高虎に師事してもらいたい。そういう腹積もりだった。しかしアイノネに追いつくと、なにやら重々しい空気で親子は会話をしていた。


「お父さん、璃來兄……ボク、旅にでたいよ……」


「闘獣士として武者修行をしながら、各地を旅しているじゃないか」


「そんなのただの旅行だよ!」


「アイノネ、お前はというやつは……効率よく学んでいかないと、お父さんのような強者にはなれないぞ!」


「そ……そうだけど……」


 アイノネは、現状に不満を抱いていた。息子の態度を見かねたのか、高虎が口を開いた。


「旅に出たいのか? なにも隠すことはないからお父さんに正直に言いなさい」


 大きなテンガロハットから厳つく彫りの深い顔をのぞかせながら、容姿や似つかわしくない優しい声で彼はそう言った。


 アイノネは葛藤し、どうしたらいいのか分からなくなって、焦ったように泣きながら言った。


「お父さん、璃來兄……本当は旅にでたいよ……」


「そうか……まだ子どもだものな。私の都合でストレスばかり与えてしまったのだな」


 高虎は自分の後継者としてアイノネを振りまわしたこやに、辟易してしまったようだ。


「父さん、もしかしてアイノネのワガママを許すんですか?」


「そういうことになるな……お前は旅に出てもいいんだ。お前の人生は、お前が決めてもいいんだよ」


 高虎はアイノネの願いを聞き入れることにした。だが泣き止んだアイノネは、首を横に振った。


「璃來兄、お父さん。ボク、旅には行かない。だってボクが旅に行っちゃったら、璃來兄が可哀想だから……」


「僕が可哀想っていったいどういう意味だい?」


「ボク、知ってるんだ。ボクが生まれた理由をね。生まれつき決められた運命をだよ……お父さんは、本当は璃來兄を後継者にしたかったんでしょう?」


 アイノネの言葉に2人は心底驚いた顔をしていた。


「な……なぜそれを……!」


 高虎は慟哭(どうこく)し、そうこぼした。


「璃來兄は血筋が理由で、後継者になれなかった。だから後継者になれる人間として、ボクが生まれた。そうなんでしょ?」


「聞いていたのか……あのときの話を……」


「ボクはお父さんの後継者になるために生まれてきたんだ。だからガンバるよ……!」



 アイノネの表情はまるで運命を受けいれ自分を殺すような、彼の年齢には不相応な自制心が見てとれた。そして涙を流しながら、笑顔を向けてこう言った。


「だってお父さんの子どもとして、そして璃來兄の弟として生まれてきたんだ。ボクは、ボクの運命を受けいれるよ!」


 なにか重要そうな覚悟を決めたアイノネは、澄んだ顔をしてこう続けた。


「血筋が特別でも、それだけじゃダメだもんね。王者になれるかどうかは、頑張り次第だもんね!」


 秀二は大きな選択をしたアイノネが、年下であるのに自分よりも大人に見えた。

 そして彼らの話す血筋とはいったいなんなのか。それがどのように三大闘獣士に影響しているのか。秀二は混乱してしまった。

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