第2話 旧都ユジノハラ市
武田らと別れたあと、彼らはゲスなことに、NIsカンパニーのタブーである黒い噂で盛りあがっていた。
内容は稚拙なものだ。代表取締役の岸川は会社の利益のために、青山地区の地方都市で違法な労働を強いているだとか、右腕の釘崎は暴力団とも癒着があるとか、そういうものだった。
下らない話をしていると、目的地ユジノハラ市へたどり着いた。
そこには故郷とは異なるビルだらけの都市があった。都会とはコンクリート製のジャングル。文明の象徴たるそのジャングルの中には、それに適応しきれていない者もいた。街はゴミや汚れで汚らしかった。文明人のメタコミュニケーションである法律や道徳を守れない原始人も、人の皮を被り、この街に住んでいるのだろう。
ユーリは2人を街の中心地の国立図書館へ案内した。
「ここには足繁く通いました。僕の人生を変えた古い名著から流行りの漫画まで、なにもかもが揃っています」
ユーリは自身の半生を振りかえり、妙に感傷的な雰囲気を醸し出していた。
するとその横でアイナが1冊の本を手に取った。
「噂をすれば、これ見て。武田さんの自著だよ」
「それも以前読みました。企業の成りたちから、自分が役員になるまでを物語仕立てに描いてて読みやすかったんですよ」
「へぇ〜? 少し興味湧いちゃったな。ダイジェストしてよユーリ」
アイナがユーリに手短な本文紹介を求めた。こういうのはユーリの得意技だ。彼はメガネをクイッと上げると、ニヤリと口角を上げた。
ユーリは語りだした。NIsカンパニーは数ヶ月前に病死した前社長の木下が、半世紀前に興した。技術大国から出稼ぎでやって来た大工集団の棟梁(とうりょう)として彼は、島で細々と活動を始めた。
彼の出身地はカラハリン州の南方にある島国、弥纏(やまと)だ。
弥纏はかつてこのカラハリン島一帯の支配権を巡りルーシ連邦と干戈(かんか)を交えたが、敗戦し島を捨てた。木下は敗戦から数年経ち、大国の都合でどちらのものでもない大地を荒らしたことへの贖罪(しょくざい)として、この地へ降りたったのだ。
「州都カイ市は復興の中心地として租税回避地(タックスヘイブン)だったので、商売の拠点にしやすかったという理由もありますがね」
「それいつの話?」
「秀二が興味を持つなんて珍しいですね。開業は70年前で、木下前代表取締役は90代での大往生だったんですよ」
「90年も故郷に帰らず……偉い爺さんだなぁ。俺も90年、そうやって生きてられるかな。獣王として、多くの人に影響を与えられるような獣王に……」
秀二がそこまで言いかけたとき、誰かが場違いな大声で叫んできた。
「獣王になるって、もしかして予選に出場するの!」
そこには見知らぬ少年がいた。彼は目を光らせて、まるで芸能人にバッタリ出会ったかのように、こちらを見ていた。
「ボク、アイノネ! ボクのお父さんも闘獣士なんだよ!」
「もしかしたら俺のライバルになるかもな!」
「んー参加はしないかも?」
「どゆこと?」
話を聞けば、驚いたことに彼の父親はなんとカラハリン州三大闘獣士の1人、江賀高虎(えがたかとら)の息子だった。
三大闘獣士とは強豪揃いのカラハリン州でも、特に高い戦績を誇る、3強のことだ。
高虎はユジノハラ予選の審査員の1人で、愛息子であるアイノネを自分の後継者として育てるため、有識者席にて観戦させようとしたのだ。
「見てるだけなんてつまんないよ。ボクは闘って闘って闘いぬくことで、強くなりたいんだ」
三大闘獣士は、多くの闘獣士の憧れの存在だ。父親が三大闘獣士ならばと、妄想した回数は数えきれない。秀二にとってこのアイノネは、生まれの幸運を無駄にしているように感じられた。
「ここにいたのかアイノネ」
「あ、璃來兄(りくにい)。お迎えが来たみたい。……予選で闘う姿を楽しみにしてるね」
「弟の面倒を見ていただき、ありがとうございます」
璃來は細身の男だった。塩顔イケメンというやつだ。雰囲気もどこか優しく、透明感があった。
「ねえ璃來兄(りくにい)。図書館も観戦もつまらないよ」
「ワガママ言うんじゃないアイノネ。強い闘獣士は、知識豊富な人格者でなくちゃならない。父さんのようなね。それではみな様……失礼いたします」
そういって兄弟は去っていった。
「素敵な御仁(ごじん)でしたね、アイナ」
「カッコ良い人だったね! 名前は秀二と同じ弥纏系だったし、成長したらあんな感じなのかしら……素敵ね」
なにやら赤くなっているアイナを不思議に思いつつも、3人は図書館を離れた。離れたあとも秀二の心は、アイノネのことでいっぱいだった。
「確かに観てるだけなんて……父親が偉大だからって、いいことばっかじゃないんだな」
予選当日、秀二は会場を訪れた。ここユジノハラを含む各地区で行われる初戦を勝ちぬき、カイ市で各区代表として決勝を勝ちぬけば、王者とその座をかけて対決できるのである。
「俺の対戦相手はタロンジ。著名な闘獣士だ。初戦の相手に不足なし!」
そして試合が始まった。審判の合図に従って両者は戦闘を開始した。
「俺はこの日のために2年も努力してきたんだ! やってやろうぜ! 行けプラーミャ!」
「行くぞ、アッコロカムイ! 少年、熱く燃える闘いを期待しているぞ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます