第1章 幼馴染編
第1話 旅立ちの日に
3015年 8月
あの日から2年が経った。秀二は日夜研鑽を積み闘獣士として腕を磨き、10歳となった今年は遂に闘獣の公式戦への出場権を手にした。
「この日をどれだけ待ち望んだことかユーリ、アイナ!」
秀二、ユーリ、アイナの3人は当日の明朝、懐かしの公園に立ちよった。ここは3人でよく遊んだ公園で、そして秀二とアイナが出会った公園でもある。
「夏休み中はここには戻ってきませんし、しばらくこの公園ともお別れですね」
「あと1ヶ月半……私たちだけの旅が始まるんだわ!」
彼らは子ども3人だけで、大会が行われる都市を巡る旅に出る。
日が昇り町を出る前に、彼らはズヴェーリ研究所へ向かった。そこは国営の権威ある施設で、アイナの母と秀二の父が勤務していた。
14歳のアイナは反抗期で、母に止められないように当日まで旅に出ることを黙っていたのだ。アイナに代わって秀二とユーリは研究所に入った。
「すみません、人を呼んでもらいたいのですが」
「分かりました。おや、そこにいるのは秀二君ね? 分かったわ、お父さんの山辺さんを呼んでほしいのね!」
「あ、いえ! マミヤさんを呼んでほしいんです! アイナ・マミヤの母親の!」
「あら、そうなの。分かったわ、待合室で待っていてちょうだい。ついでに山辺さんも呼んでおくわね!」
「あ、あぁ……お気遣い感謝します……」
おせっかいに困惑しながら2人が待合室で待っていると、秀二の父が現れた。
「おはようございます安之助さん」
「おや、俺だけか。どうしたんだ、旅行に行くんじゃなかったのかい?」
「お父さん、旅行じゃなくて旅だよ。この2つには絶対に越えられないカッコよさの壁があるんだからね!」
安之助は秀二によく似た彫りの深い顔立ちに、薄ら髭を生やしていた。髭を撫でながら、マミヤが来るまで雑談をすることにした。
「秀二の腕はどこまで通用するかねぇ。ユジノハラ(Южнохала)市を勝ち抜き、州都カイ(Каи)市までたどり着けると願っているよ」
安之助はそう言うと下を俯き、呟いた。
「本当は行ってほしくはないんだがな……」
「安之助さん……もう決めたことですよ。暗い顔はしないでください」
ユーリが言葉をかけた。秀二は察した。きっと、子どもたちだけで旅に出ることが不安なのだろう。そして大人なユーリは、そんな父をなだめているのだろう。
この頃のユーリは2年前と違い、敬語を使う不思議ちゃんな面を除けば、妙に穏やかで大人びていて、頼れるお兄さんのようになっていた。
透き通った白い肌に高い鼻。美男子化もしていた。
安之助はユーリに1つ提案をした。
「君たちにはカラハリン島西部のシュシュ湖へ赴き、オキクルミの現状を報告してもらいたい。カイ市から新幹線が出てるだろう?」
「オキクルミって……世界に1匹だけの絶滅危惧種のことですよね。一般人は立ち入り禁止なのでは?」
「一般人だが役目を担う関係者だ。珍しいズヴェーリをお目にかけられるのは悪い話ではなかろう?」
「でもオキクルミは神聖なので、その姿も一般公開されてないほどなのに、報告の任なんか務まるはずがないですよ……」
「報告というのも、君たちが持つスマホで撮影してくれればいいだけなんだ。どうだろう、頼まれてはくれないだろうか」
2人の会話に秀二はしゃしゃり出た。
「別にいいよ。お父さんに、俺にスマホを買いあたえたことを後悔させないように、少しは役にたつところを見せないとだし!」
秀二は少し前にスマホを買ってほしいと安之助におねだりした。
まだ早いからと拒否されたが、寝ている父の耳に『スマホを買いあたえろ』と囁き洗脳までして、ようやく手に入れた代物だ。
しかし秀二はスマホを手に入れて以来ゲームや動画視聴に時間を費やすようになり、旅から帰ったあとに没収される予定だった。
「でもお父さん。どうしてそんな大事そうなことを俺たちに託すの?」
「人手不足でな。近頃カイ市周辺で頻発する地震にズヴェーリが関係している可能性があるんだ」
「だからお父さんは最近、よくカイ市に出張してたんだね」
2人はその後アイナの母にも旅の1件を話した。
要件を済ませた2人はアイナと合流し、ついに町から足を踏みだした。
まだ幼い秀二にとっては、故郷から外に出ただけでも、冒険をしているという感じがあった。その実感が彼の足取りを軽く、そして誇らしいものにした。
最初の予選大会がある場所は、旧都ユジノハラ市。
道中はまだまだ田舎なので、道草を眺めながら変わらない景色を眺めながら歩くしかない。3人の足音だけが周囲に響き渡っていた。
「ね、ねぇ。お手洗いってどうしたらいいと思う?」
「なんだよアイナ、済ませてから来いよなぁ」
「市に到着するまでトイレはないですよ?」
「ユジノハラ市ってまだまだ先よね。もう……我慢できない……!」
アイナは周囲をキョロキョロと見渡し、大きな岩を見つけると、その岩めがけて走りだした。
「待てよ! アイナ!」
秀二は急いで後を追った。
追いつくと、アイナは我慢の限界といった様相だった。彼女は顔をまっ赤にして頼んできた。
「秀! ぜ、絶対に誰も近づけちゃダメだからね!」
「わ、わーったよ」
遅れてやって来たユーリは息があがっていた。ガリ勉の彼は運動が苦手らしい。
アイナが岩陰から出てくるのを待っていると、どこからか声が聞こえていた。
「おいそこでなにやってる! こんな崖の側で、あぶないぞ!」
声の主が姿を現すと、ユーリはその側に走っていき、事情を説明した。
アイナも用を足しおえて出てきた。旅の初日からレディが野ションなどと、先が思いやられる。
そう思っていると、ユーリが戻ってきた。なぜだか彼は喜びに満ちた顔をしていた。
「こんな偶然あるんですね秀二! アイナ!」
注意をしてきた男は、ちょっとした有名人だった。
男の正体は、『NIsカンパニー』というカラハリン州有数の大企業の役員で、TVやインターネットでも知名度があるインフルエンサーだった。
この会社はカラハリン州のインフラ整備のほぼすべてすべてをおこなっている民間企業で、他にも不動産業や建築等も手がける。その安全性や価格の安さ、州で一番の優良企業とも評される。
「NIsカンパニーって、TVを見てたら必ずスポンサーやってるあの会社よね?」
「あと俺、この前TVで見たよ。夢を見る若者にお金を出すかどうか決める番組で、ボロくそに言ってた。なんか黒い噂があるとも聞いたことあるし……怖ェェ」
秀二が言う黒い噂とは、大企業の資本と影響力を用いて、島の西北部にある青山(せいざん)地区でデモを扇動しているというものだ。
州自治体に対し、青山と都心部の格差是正を求めるものだが、嘘か誠か、危険思想を持っていると推察する陰謀論まで巷には溢れていた。
「すみません、ズヴェーリが作業をする様子を見学させて頂けませんか?」
「社会科見学だな。少しだけだぞ?」
「おっと、ちゃんと自己紹介させて貰おう。私は武田。TVで見ていただいてるようで、どうもありがとう」
そう言うと武田は、近くで作業に勤しむズヴェーリを見せた。秀二はその光景に夢中になった。
この武田という男はスキンヘッドに大きな髭を蓄えていてかなり強面だが、人の警戒を解くような優しさとサービス精神があった。
「ズヴェーリは人間社会に溶けこみ、今や工事関係には欠かせない存在だ。水陸空、重工業から繊細な工芸まで、人間には成せない技を用いて生活を豊かにするための裏方として活躍してくれている」
武田は土木作業と同時に道路を効率よく建設するズヴェーリを見せ、微笑んだ。
彼のズヴェーリへの信頼は、並々ならぬものが感じられた。
「あそこではなにしてるの?」
「休憩中だよ少年。同じオーバーオールをまとい同じ釜の飯を食らい、そして同じ仕事をして同じ寝床で寝る。私たちは一心同体だ」
自慢げにそういう武田。だがなぜだろうか。その笑顔はどこか不気味で、違和感を覚えた。
秀二の幼い勘は、この笑顔なのに喜びを感じさせないこの不気味さが、黒い噂の出処なのではと感じた。
「少年、君もズヴェーリが好きなのかい」
「うん。俺は将来の獣王だよ」
「ということはカイ市の大会へ?」
「そうだよ!」
「そうか……カイ市へ行くのか」
武田はそう言って俯いた。それは今朝、父が見せたものと同じだった。
「そろそろ戻らないと、ガンバれよ将来の獣王!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます