第31話 逆襲の蜂起

 12月24日。例年なら恋人達で溢れる今年のクリスマスイブのカイ市は、殺気立っていた。


「ルーシ正教会の神はこの血の民を見捨てたな。それもそうだ……この島に在るのは奴らの神ではなく、我らのカムイだ」


 先住民会のシャクシャインは、オタスの杜にある長老宅である人物を待っていた。

 現れたのはスーツ姿の武士団の男で、巨漢のシャクシャインに対し余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)だった。


「シャクシャイン君。君はなぜ私がここにいるのかわかっているね?」


「えぇもちろんです。キムンカムイの為に儂(わし)ら先住民に、最後の協力をせがみに来られたのでしょう?」


「せがむ? 違うぞシャクシャイン君…我らの戦いに参加させてやると言っているのだよ」


 シャクシャインは逡巡(しゅんじゅん)するフリをし続け、図に乗る男を煽っていた。


「聞けば先住民は一部の魑魅(すだま)、この国の言葉で言うところのズヴェーリを用いると、その強い意志疎通の能力で高い戦闘能力を誇るとか」


 シャクシャインは彼のこの言葉に、態度を一変させた。


「なぜ、一部のズヴェーリ等という言い方をされるのですかな。カムイとお呼び願おう」


 突然の真顔で放たれる冷たい言葉が、彼の本心だった。


「そ、そうか……。呼び方などどうでもいい。とにかくこのポロナイスク……いやオタスの杜から参戦するんだ」


「断る……!」


「何が言いたい……? 貴様キムンカムイが武士団の手の内にある事を忘れたのか?」


「キムンカムイはもうあなた方の手の内にはない。今はもう、野生に帰っておるわい」


「ど、どういうことだ! そんなはずがないだろう貴様!」


 そしてついにシャクシャインは、本性を現した。


「……まだわからんのか? そなたらは儂(わし)らは貴様らの手の内で踊らされていたのでは無い。貴様らこそ、儂(わし)らに踊らされていたのだよ!」


「そんなこそをして、ただで済むと思っているのか、シャクシャイン!」


「黙れ下郎(げろう)! 貴様如きに儂(わし)の名を呼び捨てにされる筋合いはないわ!」


 怒鳴り散らすシャクシャインは立ちあがり、二人の間の机を投げ飛ばした。

 そして隣の部屋にいたトミカムイに指示をし、男を突きあげた。断末魔とともに噴き上げる血は、シャクシャインを高揚(こうよう)させ、彼の目付きを変えさせた。


「半世紀に渡り先住民の地位向上の為、地下格闘技であった闘獣を地上に広め、差別や侮蔑と戦ってきた。建前上の尊敬を払いながらも、世間は獣王の称号でさえ八百長と罵って来たが、それにも耐え抜いてきた。それは全て今日この日の為だ!」


 憤慨しながら、待ちに待った一日を迎えた彼の言葉はこう締めくくられた。

 その言葉を先住民の面々は聞いていた。


「真に尊厳を取り戻すため、蜂起する!」


 こうして先住民達は蜂起した。

 その蜂起には、英雄ポンヤウンペである秀二を筆頭に、ほぼ全ての先住民達が参加していた。



 それぞれが持ち場につくため、オタスの杜にいた全員が離散した。

 高虎は安之助に尋ねた。


「この蜂起は正しいことなのだろうか……いや正しい殺し合いなどあるはずもないか。君はどう思うヤヨマネクフよ」


「僕がどう思うかは関係ないし今更そんなこと言ってもしょうがないだろう……。命のやり取りを否定するのは君が平和な先住民の純血である証だな」


「遺伝子が否定するのだから仕方ないというか……流石はカムイ研究の生物学者だ。説得の言葉が個性的だな」


「覚悟を決めるんだシアンレク。覚悟を決めて戦いを続ければ、その経験が君自身を塗り替え強くなり、その経験が世代を跨ぎ、平和ボケした民族を変えていくんだ。弱肉強食はカムイも行う在るべき生き物の姿だろう。戦おう……シアンレク!」



 12月25日

 時刻はまだ午前で、暗闇が街を包んでいた。数日経っても暴れ続ける武田の騎馬武者たちに、中央区の正規軍は、激しく兵士を消耗していた。


 そんな激戦区の中に、敬虔な正教会の信徒である1人の兵士がいた。主(しゅ)である神へ、死から自らを救って貰おうと慈悲を乞(こ)うていた。


 空を見あげると、そこには月が光輝いていた。しかし突然何かに月は遮られ、光が消えた。


 その異様な光景に誰もが空を見あげていると突然、敵襲を知らせるラッパが響いた。


 空から降り注ぐのは、雲の中の雹(ひょう)と、地上をすべて焼きはらうほどの炎だった。

 その大火は中央区を焼き払った。それを西区から微かに目撃していたドレイクは、グロームの二の舞となったカイ市に、絶望するのであった。


 溶けなかった雹の塊には、もれなく兵士の血がついていた。


 クリスマスに現れたのは彼らが神の子と崇める慈悲深い救世主であるではなく、カムイの大群だった。



 この無数のカムイに命令をしていたのは、他でもないポンヤウンペ秀二だった。

 陸空で秀二はカムイを暴れさせた。カムイを同時に動かす事は初で上手く統制を取れず、建物や人に激突しながらも。秀二は進撃を続けた。


 シャクシャインや高虎も戦った。その力量は、彼らの地位が八百長のみで支えられたものではない事を示していた。


 そして戦う先住民の中には、アイノネの姿もあった。

 アイノネは、トゥレンペと共に、数名の兵士に囲まれていた。

 絶体絶命のはずの彼は、この状況でも涼しい顔をしていた。不安を感じさせないその神妙さは、彼の余裕の現れだった。


 テロリストの少年アイノネに襲いかかった兵士は、突然悲鳴を上げた。体勢を崩し顔を歪めている。そして、床に伏せていった。


 周りの兵士も同様に悲鳴を上げ、ある者は顔から地面に倒れ、ある者は逃げる背をやられた。

 彼らは狙撃されたのだ。


「凄いなぁ……。もう出て来てもいいよヴァシリ!」


 そう言うと、狙撃手は姿を現した。


「百発百中、凄いでしょ!」


 ヴァシリは先住民ではないが、帰る場所がない。彼はアイノネがいるところが自分のいるべきところだと、そう考えていた。

 だがそれは、ある意味アイノネにとっても同じ事だった。

 この蜂起に疑念を抱き命を奪う事に躊躇(ためら)いもあるが、彼は自分が何の為に戦うのか、その答えを知っていた。


「ヴァシリ……僕はこの居場所を守るために、やるしかないんだ……!」


「アイノネ兄……璃來兄だってこれで死んじゃったのに……本当は辛いんじゃ……?」


「良いんだヴァシリ。だって、僕は璃來兄の為にも闘獣で正々堂々と戦いたいんだ。璃來兄や父さん……シャクシャインさんや秀二お兄ちゃん。僕の居場所は、みんな揃って初めて成り立つ闘獣なんだ!」


 アイノネは泣き出した。璃來の死に意味を見つけ出しても、乗り越えられている訳では無かったのだ。

 アイノネの目から、我慢していた涙が溢(こぼ)れる。それを腕や手の甲で不器用に擦(こす)って拭いた。

 自分が戦う事で、自自分と同じ苦しみを背負う人間がいると知りながらも、彼は迷いを消す為に、決意し大声を出し叫んだ。


「僕はみんなの為にどんな敵とだって戦うんだ!」


 自分の居場所を守るため、家族を失った悲しみの業(ごう)を繰りかえし、誰かの家族をその手で奪う。彼は悲しみの連鎖(れんさ)を、断ち切る勇気を持たなかった。

 人の弱さと自分勝手という性に抗えず、彼はまた大事な者を失う事になった。


「アイノネ……兄……!」


 ヴァシリが狙撃された。アイノネは彼を物陰に運び、身を潜めた。しかし、ヴァシリはもう虫の息だった。


 アイノネは泣きじゃくった。


「僕について来ず逃げるべきだったのに!」


 しかしヴァシリの顔に、悔(く)いは見受けられなかった。


「アイノネ兄がいなきゃ、出会ったあの日にとっくに死んでたよ……。僕も居場所のために……戦っただけ……」


 ヴァシリは静かに息を引きとった。しかしその顔は、穏やかで幸せに充ちていた。

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