第30話 奇襲攻撃
カイ市にはルーシ・カラハリン軍の大部分が布陣されていた。
最も衝突交戦の可能性が高い北区を中心に軍が敷かれ、周囲を海に囲まれる東区は最も肉薄となっていた。
青山地区側に位置する西区には、ドレイク率いる独立大隊も含まれていた。この西区に配備されていた。ここには総司令官ゲレンスキー中将の思惑があった。
「アレク市や青山地区の人口から鑑みるに、敵は総力戦を挑んでいるわけだ。儂らカラハリン正規軍と同様にな。おい、アレク市からの新手はどこまで進んできた?」
「コタンコロ市を制圧した数十万の勢力はそれから分裂して、一部がチロット市をも制圧。シュシュ湖を越えて、カイ市西側にまで迫っています」
側近の言葉にゲレンスキーは少し嬉しそうにして答えた。
「そうか湖を越えたか。その対処は西区の兵士らに任せようか。期待をしている部隊がある。ドレイク独立大隊の活躍に期待だな」
彼は帽子の黒いエナメル質でできたツバの部分を、白いシルクの手袋で掴んだ。その下で彼は、微笑えんでいた。
「期待の新星よ、実力を見せてくれ」
前線の正規軍は押されていた。空からの攻撃で包囲は崩され、砦の武士団がは体勢を整えるすきを作った。
そして空からの攻撃は街道の壁を破壊し、周囲の森林より湧きでたズヴェーリは地上の兵士を襲った。
砦や空の武士団にとって、ズヴェーリは無害であった。
しかし屈強なルーシ軍は数で劣ろうとも、実戦経験からくる個々の圧倒的な戦闘力の違いで、有象無象を打ちやぶった。
「やはり空戦では練度が現れたか……1流の操縦術を持つ者もいるが、少数であるからな。だが焦りはない……今頃武田が『地下道』を通って、カイ市に到着しているはずだ」
武田は地下道を進み中央区に『奇襲』をかけようとしていた。しかし、どういうわけかそこは東区だった。
地中を進む道造りの精度とは、こんな物だ。
しかし敵に看破されずに敵地への侵入を成功させた武士団。ワール市で釘崎と本隊を
武士団が迫ることも露知らず、東区では兵士らが気楽に過ごしていた。
兵士Aと兵士Bは談笑していた。
「今前線はどうなってるのかなぁ?」
「さぁな。ニュースも州自治体の圧力で機能してないらしいぞ」
「はぁ、なんでだよ? 敵の動向を探るには一番いい方法じゃんかよ」
「それは、敵にも同じだからだよ。メディアが調子に乗って、正規軍の情報を他国に売るとか、考えられるだろ?」
「荒稼ぎだなぁ」
「人の死もマスゴミの銭ゲバたちには、金の成る木にしか見えないんだよ」
「武士団は意外ともう、俺たちのすぐ側にいたりな。それだったら面白ぇよなぁ。そういや兄弟は元気か?」
「最近会えてないけど……元気だって母親から手紙が来てた。この戦いが終わったら、休暇を貰って家に帰ってみようかな」
東区で戦闘は起こらない。誰もがそう考えていた。日がな1日、警戒体制ではありつつもいつもと変わらない日常を過ごす。
そこに武田は突如出現した。突然の攻撃に大勢の兵士は対応が遅れ、被害が拡大した。
西へ進撃する武田は、拠点を攻撃していった。
「空戦部隊はすべて、ワール市に置いてきた。空から攻められる前に中央区を目指せ!」
「どこまでもお供しますぞ、殿!」
「その意気だ香坂! ここからは速さが要! 騎馬武者の恐ろしさを敵にも思いしらせてくれるわ!」
質、量ともに最高の武田騎馬武者による神速の猛攻により、彼らはやすやすと東区を抜け中央区へ侵入した。
「強襲型の
「殿の命令だ! 内通者を通じ判明している敵戦力が手薄な箇所を、強襲型で突破していくぞ!」
強襲型とは、ガタイが7メートル以上と大きく、さらに脳が小さく攻撃的な
その情報が徐々に正規軍全般に伝わると、西区で待機するドレイクは思案していた。
「敵は東から中央区へ侵入し、ワール市では敵本隊が足止めを受けている。彼らの
悩む彼には誰も声をかけられない。他を寄せつけない形相で思案していたからだ。
「武田の奇襲が成功した今、ワール市に本体が留まる理由はない。にも関わらず連中は手緩い戦いをしている……もしや岸川はそこにいないのか。重要なカイ市決戦に参加しないとは思えないが……」
合点がいかないドレイクを訪ねる人がいた。
「お邪魔します」
それは、ジェルだった。
「お話したいことがありましたのでやって参りました」
「どうした、ジェル軍曹」
「実は……」
「おっと、まぁ座れ。ジェルジンスキー」
「なん度も申しあげておりますが、自分はジェルジンスキーではありません。ジェル・ティーグロネンコです」
「ハッハッハ! 相変わらず固いな、お前は!」
ジェルはドレイクと2人きりになると、たびたびジェルジンスキーと呼ばれていた。
ドレイクがオペラ作曲家ジェルジンスキーのファンであるため、からかっていたのだ。
ジェルが椅子に腰掛けると、ドレイクは机に広がる地図を片付け、水を出した。
ジェルは1杯飲むと、彼なりに考えたことを伝えた。
「武士団の次の攻撃の主力は、現在姿を表しているいずれでもなく、ポロナイスクに潜伏しているように思います」
「なぜそう思ったんだジェル」
「虚を突くことが大切だと、今は亡きダーイナイプトンニーニ小尉がそう言っていたからです」
「確かに彼はそう言っていたが、ただの座学だ。すべてが教科書とおりに行くわけではない」
「しかし……俺の勘がそう言うんです」
「ハッハッハ、まるで野生の勘だな」
ジェルのこの説明は
「以前、地震を起こしているのがキムンカムイという話しをしたな。あとで調べたんだが、キムンカムイは先住民にとって特別な希少種のズヴェーリらしい」
「……つまりキムンカムイを得た武士団が先住民に揺さぶりをかけ、カイ市内で参戦させると……優秀な闘獣士を排出する先住民会なら高い戦力になりそうという勘でしかなかったですが……とても筋が通った考え方に思います」
その瞬間、ドレイクは閃いた。
「それがカモフラージュなのか……! 先住民会が突然の参戦をし、徹底的に反乱をおこなう。無傷の西区の兵力が反乱鎮圧に向かったところを、青山から東進している岸川の真の本隊が侵入するのか……!」
ドレイクはすぐさま、上官を伝って西区駐屯軍の司令官に、先住民へキムンカムイの現状を伝えるようにと掛けあった。キムンカムイは正規軍に保護されていた。脅しの材料がなくなれば、先住民が反乱を行う理由はなくなると考えたからだ。
しかしあまりに根拠が薄いその可能性に、上官は許可を出せなかった。
そして先住民会の正体は、武士団に弱味を握られ操られるような、哀れな者たちではなかった。
彼らこそ武士団と正規軍を出しぬく存在であり、真にこの島の支配に王手を賭けた存在だった。
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