第29話 ワール市砦攻防戦

 カイ市でルーシ・カラハリン正規軍は作戦会議を行っていた。


「ワール市に設置されたカメラ映像をリアルタイムで解析し、武士団の戦法や指揮系統を分析した」


 迎撃作戦の総司令ゲレンスキー(Геленский)将軍という老齢の将軍は、タスクフォースという失策を演じたグリムス長官を差しおき、今回の州都防衛作戦の司令に着任した。

 彼は着任してから最初の仕事として、スコブツェワ連隊を解体した。政治的なパイプがあるグリムスの身代わりとして、せべての責任をスコブツェワに押しつけ、弾劾した。


 そして彼はドレイクの功績に注目した。


「ルイス・ドレイクを中佐に昇進させ、中隊の残存勢力はそのまま、兵を増員させて独立大隊とした。私は彼の活躍に期待している」


 軍組織の構造の中で通常の大隊は、その上の連隊に率いられる。

 しかしこの独立大隊は連隊ではなく、旅団やその上の師団の命令を直接受け、単独行動をとる部隊である。


 大隊は最小戦術的単位であり、局所で活躍し戦況を動かすことができる最小の部隊であるため、単独行動ができるという自由度の高さは、その能力と忠誠心に信頼があることの証だ。


「リディア・リトヴァク曹長やジェル・ティーグロネンコ曹長を含む数名を除き、有能な上澄みの兵士が大勢死んだ……亡骸さえ帰らなかった」


 ゲレンスキーは呟いた。溜息を吐き、帽子のエナメル質のツバに手をかけ、窓の向こう北の方を向いた。


「だがテロリストが起こした騒乱は鎮圧せねばならん。そろそろだな……」



 一方ワール市前砦の前線基地では、ラインホルト大隊長が攻撃の準備をしていた。


「どうだ、攻撃準備の方は。今日の日照とともにやりたいのだがね」


「はい、大丈夫そうです。いつでも攻撃可能です!」


「そうか。では集合している兵士たちにげきを飛ばしてこよう」


 部下に連れられ、プレハブ小屋の上にラインホルトは立った。威厳のないチープな場所でも、彼から放たれる覇気は、兵士らを恐縮させるには十分だった。


 数キロメートル先に見える敵の砦よりも、兵士たちには大きく見えた。


「朝日が顔を出してきたな……」


 薄暗い闇を切りさくあかつきに照らされながら、ラインホルトは激を飛ばした。


「兵士諸君、君たちは死地へおもむくことになる。ここにいるなん人かは、確実に死ぬ。だが諸君らの戦いは、今を生きる人々を守り未来を支える偉業だ。猛々たけだけしく戦え! そうすれば島中が諸君らを讃え、諸君らが創った歴史の中で、後世において評価されていくことだろう!」


 後光が照らす彼は、自分が思うよりも特別な存在感を放っていた。


「諸君らの名は決して忘れられない。諸君らがここで戦った証は、歴史に埋もれても必ず誰かが見つけだす。朝日が上りきったら我々は全力で攻勢に移る! 後悔のないように、ルーシのために死力を尽くして戦え! 武運を祈る!」


 徐々に明るくなる世界で、彼らの士気は最大限に上がった。



 正規軍先鋒は攻勢に出た。

 暁など見えない暗黒の砦の中。狭くて思うように動ず、寒さばかりが増していく。凍える武士たちは、死を覚悟しながら迎撃した。


 国という体で、政治や経済がいきづまった際に発生する戦争という名の新陳代謝活動。

 極東の雪国で起きた戦いは片や自治体の転覆、片や島内1の大企業の一掃を賭けた、国をも揺るがす大戦おおいくさとなった。

 国体を一新するような1戦の中で、見向きもされずに殺される武士や兵士という名の幼気いたいけな存在は、人知れずその役目を終える細胞そのものだった。



 12月のカラハリン島は雪が積もる極寒の地だが、彼らは雪を溶かさんばかりの熱気を見せた。圧倒的な存在感を放つその真鍮しんちゅうの生命力が、死にいく一瞬を彩る最後の輝きを放ち、戦場を残酷にも儚く、彩った。


 正規軍は物量で正面から砦を攻撃した。しかし砦は高く、虎視眈々こしたんたんと敵を狙う武士の『弓部隊』に、砦の上から容赦なく炎や毒を浴びせた。


 次々に身を焼かれ、毒により神経を麻痺させられ倒れる。まだ息があっても助けは呼べず、呼吸困難になり窒息死する兵士があふれた。

 大火は周辺の大地をも焼きはらった。


 360℃から常に弓部隊の攻撃に見舞われ、正規軍の包囲は上手く完成しなかった。

 損害を増やしながらも包囲が完成しそうになると、砦から出撃してくる騎馬武者たちに包囲を撹乱かくらんされた。


「ラインホルト中佐、我が方の損害が増えています!」


「百も承知だ。倒しても倒しても現れる我が軍の兵士に、武士たちは精神的負荷を感じる。敵の心を攻めるのだ。攻撃の手を緩めるな!」


 彼の狙いとおりに武士団はやがて疲労が溜まり、正規軍はようやくの思いで砦を包囲することに成功した。


 しかし砦の指揮を執る総大将釘崎は、武田伝いに真田から策を受けとっていた。


「時期を見て、だし惜しみせぬ全軍投入とは……よかろう。空戦部隊をすべて出せ!」



 砦を攻める野ざらしの正規軍は、リトヴァク曹長率いる空戦部隊による迎撃に頼った。

 空の戦場で戦うリトヴァク隊は、数的差を埋めるように激戦を繰りひろげていた。

 しかしチロット市で実戦積んだ交えていた武士団空戦部隊は、手強くなっていた。


 チロット市でリトヴァクと交戦していたのは、一騎当千の魑魅すだま乗りの侍であった。


「チロット市での戦いでは、じみ~にあの女にやられたんだよな。『白百合』の花みたいに綺麗な女と魑魅すだまだったが腕は本物だ。あの場所で負傷したからかうまく働けねぇや。俺もへたくそになったな……」


 武士団一の魑魅すだま乗り坂井は、リトヴァクと直接戦える瞬間を待っていた。


「ちょこまかと……少数で一撃離脱を繰りかえされては、数で劣る我々には勝ち目がない!」


「リトヴァク曹長、敵が来ます! 4時と7時の方向です!」


 部下のその言葉を聞いたリディアは、彼女のズヴェーリを急降下させ、攻撃をかわした。空戦は隠れて背後に迫り遠距離攻撃を命中させて戦うのが基本だ。


 しかし優秀な乗り手ほど素早く巧妙な動きをして翻弄してくる。

 リトヴァク分隊は自然と、武士団が潜む雲の中へと誘導された。


「3時の方向は数が多い……僚機、離れるなよ。私と隊列を維持したまま、9時の方向の雲の中まで移動する。私が誘導するまで旋回して待機だ、いいな!」


「了解!」


 リトヴァクが雲から抜けだし敵と交戦。数機を撃墜して、1機を引きつれて雲の中へ浸入した。しかし、そこに僚機の姿はなかった。そこにあったのは坂井の姿だった。


「待ってたぜ『白百合』の女ぁ!」


「どういうことだ。私の部下は……撃墜されたのか……?」


 単機で雲の中に戻ってきたリトヴァクは、飛んで火に入る夏の虫だった。


「チロット市では滅茶苦茶にやられちまったが……その復讐をさせてもらおうか!」


「この数の差ではが悪い! いったん雲の中を飛びまわらないと!」


 ちょこまかと動くリディアに、武士たちは翻弄されていった。

 中には雲で視界が遮られているために、味方に気がつかず衝突し、とも倒れする武士もいた。


 追跡することに成功したのは、坂井とその配下の3機だけだった。


「三尾一体、俺たちで奴をとすぞ!」


「ハッ!」



 逃げるリトヴァクを軸に、坂井と部下1人は2時と10時の方向から攻撃を加えた。同時に、もう1人は真下の6時から急上昇した。


 3方向から攻められたリトヴァクは、直進すれば直撃してしまうことを悟ったが、停止はできなかった。絶体絶命だった。


 そんな中で、彼女は突然の急上昇をした。反りかえるように頭を下にして、進路を反対にしたのだ。


 リトヴァクの6時の方向から、同じように急上昇していた武士。彼もまた反りかえろうとしたが、反転した状態での飛行ができず、グラついた。

 そこを10時の方向から迫ってきていた味方に誤射されてしまい、撃墜していった。


 10時と2時から迫る武士2人が、リトヴァクを追撃しようとした。そのとき頭を地上に向けて反りかえって、それから180℃回転し、背面飛行から通常飛行に戻ったリトヴァク。そのまま急上昇し、再び反りかえった。


 つまりは、武士2人はリディアを見上げ、リディアもまた地上に頭を向けたまま、2人を見上げたのだった。


 唖然とする坂井の部下を放火で攻撃し、そのまま坂井の背後についた。

 放火するも、なぜだか炎は右にれ、坂井には当たらなかった。坂井は、直進と見せかけて微妙に左にれるという高度な飛行をしていた。


 そのまま坂井は逃げ、再び大勢の味方がいる方へと戻っていった。


「まずい、このままでは、敵の大軍へと突っこんでしまう!」


 それを察知したリトヴァクは背を向けて、逃げようとした。

 しかしその瞬間こそ、坂井が待ちのぞんでいた瞬間だった。


「背を向けたな……この俺から逃げられると思うなよ……この俺はな、チロット市の前線で激戦を生きぬいてきたんだ。俺は一騎当千『大空のサムライ』なんだよ!」


 坂井は背面飛行になり、背を向けて一瞬だけ自分を見失ったリトヴァクを、斜め上空の11時方向から狙った。


「死ねぇぇぇぇ!」


 血を吹きだし、リトヴァクは単機で空のちりとなった。



 前線の陸空で激戦が繰りひろげられる中、ジェルとレフ、ヴァーグナーらチャリオット分隊の生きのこりは、チロット市を初めとした大小様々な度重なる命令違反を裁く軍事裁判にかけられた。


 裁判に臨む前、ジェルはアナトリーに声を掛けた。


「お前はタスクフォースの解体とともに無職になった。つまり暇だな? 使いを頼まれてくれ」


「はい……?」  


 彼はユーリに会いにいった。それはジェルの野生の勘とも言えるものだった。


「あの不自然な雷、新しい兵器かも知れない。先住民は一部の固有種のズヴェーリをカムイって読んで親切にしてやがる。それらが……俺の思うよりもなにか重要な作用してるんじゃないだろうか」


「はぁ……?」


「カムイは神様って意味なんだろう? 雷ってほら……神話に出がちだろう?」


 アナトリーは突然そんな突拍子のないことを口走るジェルに、肩透かしを食らった。

 そして開いた口が塞がらないアホ面のまま、ジェルは凝視してしまった。


「ユーリを通じて長老を探ってきてくれ」


 ジェルはアナトリーとユーリが友人なのだと勘違いしているろうだった。

 だがオタスの杜で一緒に死にかけている姿を見たのだから、それは当然のことだろう。


 1人でじけづいて不安に駆られていてはいけない。そう思ったアナトリーは、ユーリには会いたくなかったが、彼と長老に会うためにオタスの杜へ向かった。


 アナトリーは「オタスの杜」を訪れた。戦地にあしあとを残して来た彼にとって、もはや不気味なこの町も、なんでもない町となっていた。


 しかし、そんなものは無駄に終わった。彼はダーイナイプトンニーニという若く勇敢な兵士が、精巧な甲冑を身につけ戦場で恋人もろども死んだことなど知るはずがない。

 ルーシやNIsに対して、彼らが牙を剥こうとしていることなど、知る由もないのだ。


 戦争が終わるまで、このカイ市の市外への外出禁止は終わらない。アナトリーの心の中は、戦地に行きジェルやレフといった仲間たちと戦うことをまっ先に想像していた。

 そのため、彼はオタスの杜を出たあと、軍へ戻った。


 アナトリーは、コタンコロで多くの敵を倒したという部分を功績とし、ジェル分隊へ二等兵としての配属が決まった。

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