第28話 ワール市での夜

 3015年 12月


 武士団がカイ市直下型地震を起こしてから4ヶ月。神威森カムイのもりを通るあいだは、彼らはズヴェーリに守られる形となり、ルーシ・カラハリン正規軍の攻撃を免れていた。


 テロリストの鎮圧に失敗したグリムス長官は武士団の侵攻ルートにあるワール市、カイ市北区を中心に島の北部に軍を展開させた。


「他の州軍に……援軍は要請しないのですかマクキッド州知事」


「無論要請したが、返答は不可だとな。首都周辺に不穏な空気があるようだ。カラハリン州都カイ市は多民族が共生する世界有数の大都市だが、首都ほどの価値はない」


 巨大すぎるカイ市を守るために多くの兵員が割かれ、ワール市は激戦の末、陥落した。


 州軍は約60万の兵員しかなく、カイ市の外に兵力を割けば軍が瓦解がかいする危険性があったのだ。



 一方、黛はワール市にて釘崎と合流した。


「派手にやったな黛。一部壁が破壊されているじゃないか」


神威森カムイのもりで捕獲し調教した高火力の放火を行う魑魅すだまの活躍です。釘崎総大将閣下」


「武田の部隊は……あんなに騎馬が多かったか?」


「あぁあれは……チロットでの経験から騎馬部隊に惹かれたようで。ワール市内制圧にも1役買いました。街中で騎馬とは……風変わりや奴です」


 武田は白いファーが付いた兜を外し、屈託のない笑顔を見せた。


「次の作戦では私も騎馬し前線指揮官として刀を抜き、戦いましょう。敵の攻撃に晒される危険よりも、戦況の把握をこの上なく速くし、勝利に貢献してみせましょう」


「その大鎧で刀を震えば士気も上がるだろう。この釘崎のために命を懸けてくれ」



 武士団たちが、軍議を開いた。街で焼け残っていた元一流料亭にて軍議を開いた。

 武士のほまれを体現するような、黒と紫を基調とした雅なすだれを垂らし、その傍らには彼らが正義の軍隊であることを象徴する、にしき御旗みはたが掲げられていた。


 軍議では敵の虚を突く奇襲の案が採択された。


「おおよそは、以前から計画されていた通りだ」


「御意。ですが閣下、今回の戦いでは相当の死傷者がでると予想されます」


「そうだな武田。しかし攻撃の主力部隊を率いる君には、素晴らしい剣士がいる。その者がいれば君は死なないだろう」


 そういうと釘崎は、武田に微笑んだ。


「カイ市攻撃を前にして、逃亡する者も増えています。閣下の近衛兵であり武士団最強の剣士と名高いあの男も、行方をくらましたそうですね……」


「そうだな……ハァ……ああいう気性の男だ。私には飼いならせない狂犬だったのだな」


 釘崎はため息をついた。


「……話が逸れたな。敵軍の規模は約60万であり、単純に我が方の2倍だ。いかに敵の戦力を分散させられるか……そして奇襲でもって、カイ市を解放しよう」



 侵攻前夜、彼らは正規軍を挑発し、その先鋒をワール市前に誘きよせることに成功した。

 そこにはとりでが設置されており、その大きさで正規軍を圧倒した。


「よくもまぁこんなデカブツを、アレク市よりこしらえたな真田よ」


「移動式であります故、容易です。すべてはどこまで準備できるか。戦いは、刃を交える前から始まっているものです」


 武田は砦の上より正規軍を見下ろした。


「見るがいい。自ら死にに来るとは哀れな者たちだ。彼らの鎮魂ちんこんの碑を立て、しっかりと供養してやろう」


 武田は敵でさえも弔う武士道を見せた。

 彼はカチャカチャと甲冑の音をてながら、敵に向けて手をあわせた。そしてあることに気がついた。


「あの指揮官の男は見たことがある……あれは……チロット市での戦いで北からの入り口を守っていた男か?」



 正規軍の先鋒を率いるのはラインホルト中佐だ。ドレイクのような傑出した逸材ではないが、任務をまっとうするために堅実な戦いをする将校だ。


 ラインホルトの攻め方は正攻法そのもので、危険を犯さずにじっくりと時間をかけて、着実に敵を撃破していくというものだった。


「武士団はどのような攻撃を仕掛けてくるだろうか……砦は攻撃に特化しており我が方の犠牲を増やすことになるだろうが、戦力差を覆すほどではない。なにか奇襲を用いた秘策があるのか……?」



 武士団が行おうとしていた奇襲、それはインフラ整備の際につちかった、地下道設立の技術を用いたものだった。


 戦闘開始までの4ヶ月間。彼らはワール市からカイ市までの地下道の設立工事を行っていたのだ。

 ワール市からカイ市まではほぼ直径。

 ロパチン山脈の地層は硬い接触変成岩ホルンフェルスの中でも最も硬い結晶質石灰岩、つまり大理石であり、青山地区から地下道を開通させることは不可だった。


「香坂、真田よ。我らはあの金髪の老将を出しぬくぞ。まっ向から勝負してみたかったが……戦は勝つためにするものだ。コタンコロ市で逃げ時を失い死んだ西郷のようになってはいけない」


「命と引きかえに時間を稼ぐ、通称捨てがまり。これは主のために死ぬ武士としての仕える美学だが、さすがに狂気じみているな」



 攻撃を翌朝に控えたワール市内。外では両軍が睨みあっているが、街の中心部は静かであった。香坂は、刀に映る自分を見つめていた。


「この刀で多く人や魑魅すだまを殺した。僕は魑魅すだまを調教した兵器なんかに興味はない」


 彼の手にあるのは、武士の魂とも言える刀だけだった。


 弥纏は土地が狭く、また山川が多い。小柄な魑魅が多く生息しているその特殊な環境から、魑魅すだまの兵器化ではなく、集団で刀を使う戦闘スタイルが発達した。


「硬い魑魅さえも切り裂く『剣術』から発展する武士道。これは魑魅すだまに立ちむかう死をも恐れない強靭きょうじんな精神力をも育むんだ……小柄で華奢でも僕は強者であれる……!」


 独り言を呟いていると、どこからか話しかける声が聞こえた。


「一人では敗れることになるため、集団で戦うことで育む連携能力。弥纏人が集団攻撃を得意とするそれらの特徴は、そういった環境の中で育まれていったんだよな」


 その声は真田だった。


「また刀を見つめて、どうしたんだ香坂」


 甲冑を脱ぎ楽な格好をして、河川の畔で話しこむ2人。草が生える土手の上に座り、気楽に話していた。


「本気で刀に向きあっていると、自分の内面を見つめなおせるのさ」


 香坂は少年のような爽やかな笑顔で、少女のようにうるわしく可愛らしい声で答えた。


「色を断ち刀とのみ向きあい戦に臨む。まるで中世の侍の生きうつしだな」


 神妙にそう分析する真田。しかし香坂は内心、ジェラシーを感じていた。片足を伸ばして両腕を上体のうしろで地面について、彼はリラックスしながら呟いた。


「敵を大勢斬って武功を立てたってのに、どうして殿はそれがしのことを見てくれないんだ……」


「ん、某なんて一人称だったか……?」


「殿は俺だけに尽くしてくれれば良いのに……奥方様おくがたさまとばかり毎夜毎夜、蝶々喃々ちょうちょうなんなん……!」


「なんだ、ブツブツとなにを言ってるんだ?」


「いいやいや! あの~だから! 殿のためによく頑張ってきたなぁなんてな!」


 慌てる香坂のことをいぶかしみながらも、生真面目な真田に彼の心情が理解できるはずもなかった。

 しかし香坂のことだから、どうせまた可愛らしく非合理で感情的な理由なのだろうと、そう推理した。


千子村正せんしごのむらまさ、敵を呪う妖刀ようとう。刀から放たれる覇気が敵を斬りたいと叫んでいるようだ……でもどうして真田君はその刀を使って敵を斬らないの?」


 香坂は真田がこしらえる刀に話題を移した。


「僕は知力、君は武力。それで武田様を支えるんだ。それに……中世以来の名刀は戦乱のなかで損失していて、これは伝説の刀とは言えない劣化版だ。戦はなにもかもを度外視した競走によって技術が進歩する一方、その戦火により、優れたものが失われロストテクノロジーとなる危険もはらんでいる」


「皮肉だね……」


 2人の戦友は美しい月の下、しばらく談笑をした。穏やかなな川の流れに心を落ちつかせながら、1夜を過ごした。

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