第27話 神威森

 神威森カムイのもりに侵入し、北からロパチン山脈を越えてワール市まで進む武士団。

 先住民にカムイと呼ばれるズヴェーリが密集する森の中を最大限ゆっくりと進む団員たちは、談笑していた。


 武士団本隊大将のまゆずみは、グロームで見た雷について思案していた。


「あの不自然な程の雷。あれは……我々に味方したように思えた。多少の被害はこちらにもあったが、私を狙ったルーシ人兵士をも雷で討ちはたしていた。ルーシへの天罰であったのだろうか」


 丸眼鏡を取り、布で拭き、またかけた。


「まるで神風……中世に世界を支配した超大国の侵略を防いだ武士団に味方し、逃げる敵軍を海に沈めた天の怒りだ」


 彼は民族的な意識が強い人間だった。その思想の歪みがあるため、非合理的な自然現象でさえも腑に落ちた。

 甲冑のヨレを正し、彼は周辺の木々の隙間からこちらを眺める無数のズヴェーリを、弥纏の呼び方で呼んだ。


「この魑魅すだまたちも、我が手に入れてやろう……臥薪嘗胆がしんしょうたんしここまできた甲斐がありましたな……棟梁。先代がこの島へ来てから70年余り……ついに悲願が成せまする」


 彼が棟梁と呼ぶのはアレク市で吉報を待つ、旧NIsカンパニー社長にして武士団棟梁の岸川である。


 彼は長い旅路の中で、とある日のことを思いだしていた。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 とある日の役員会議にて岸川は、木下とこんな話をしていた。


「木下社長、青山地区の開発により今や我々はしがない大工集団ではなく巨大企業へと成長しました。しかし、いつまで今のままでおられるのですか?」


「無論この地の人々の生活水準を底上げし、日々幸せに過ごせるようになるまでだよ」


 車椅子の老人、木下はシワだらけの顔にさらにシワを作るように微笑んだ。その穏やかさとは裏腹に、岸川には殺気が漂っていた。


「私は、この会社の真の経営理念を知っています」


「ほう、なんのことだろうか」


「不当に奪われたカラハリン島を取りかえし、弥纏本国にお返しすることです。約1世紀前にルーシが我が先祖ら同胞に行った蛮行に対し、私は咬牙切歯こうがせっしの思いです!」


 岸川は怒り、啓発するように叫んだ。それは上辺ではなく、腹を割って弥纏人としての本音で話そうと思ったからだ。


「ルーシ人は祖国の不倶戴天ふぐたいてんの宿敵です。私は……そう心得ています!」


 当時の黛は、岸川の言葉が理解できなかった。彼はまだ岸川の影響を受け民族的な意識に目覚める前だった。だから彼は困惑したが、木下は整然と話を聞きいれていた。


「岸川君。かつては私もその思想を持っていたが、それは若気の至りだった。今の私は、世界を穏やかにしたいのだよ……」


 窓の外を見ながら話していた木下は振りかえった。そして岸川を見てこう問うた。


「このアレク市を見てご覧なさい。平和なくして、ここまでの発展はなかった。どうしてそれを壊せるのだい?」


 その口調は穏やかで慈愛に満ちていた。

 岸川は相反して、さっきの論調で言葉をつづけた。


「どうしてそれを壊せるのかですと? それは弥纏魂やまとだましいのために他なりません。大企業の社長として天下を獲れば……かようにかどが取れてしまうものなのですか」


 ダオは社長に反論することに恐れ多さを感じていた。偉大な社長に敬意や畏怖の念を抱いていたのだ。

 しかし言わずにはいられなかった。その声は老人よりも震えていた。そこには確かな失望があった。


「自分ではなく市民のために活動され、弥纏魂を失われた。言わんや、崇高な理想をや」


 木下の理想はこの地に息づく魑魅すだま、この国で言うところのズヴェーリを保護する自然保護地区が広がる都市群として、美しき青山地区を単なる観光地から自然都市圏として、特大の経済圏に生まれかわらせることにあった。

 それは未だどこにも存在しない、都会と大自然の共存。見捨てられたルーシの貧困層とともに木下は、その理想郷を築きあげることに生涯を捧げようとしてきたのだ。


「私がこの地に来てから、彼らに決して満足とは言えないながら賃金を払い、ともに会社を大きくした。各地に支社を起き仕事と衣食住を与え、そうして治安を回復させた。公害防止にも気を配り少しづつ利益をだして成長し、名もなき大工集団の棟梁だった私も大企業の社長となった。そうだね黛君」


「はい。社長の経営理念に共感し地域をよりよくしていった労働者たちは、時を隔てて大人になった彼らの子供らも、我社に入社させました。今やどの市長よりも、各地支社の所長の方が感謝され、信頼と人気があります」


「それでよかったのだよ……だが釘崎君や岸川君は、利益を優先しまるで街や地域を私物化するかのような振るまいをしているそうだね……どうして終戦直後のように、そこまで自分勝手になれるんだい。この青山地区はみんなで作りあげた綺麗な場所じゃないか」


 岸川が所長として着任したのは、グローム市支社だった。治安は荒れ、暴力や不正が渦巻く場所になった。

 そんな岸川がカラハリン島解放という大志を抱くようなり本社勤務となったおり、彼はその経営手腕から釘崎を後任としてグローム市に置いた。


 絞るとるだけ絞りとる。その合理主義一辺倒な性格の2人は、あくまでも営利団体であるNIsカンパニーの中でその地位を確立した。

 そして木下社長永眠後、岸川は武士団棟梁を名乗り、今回の戦いに臨んだ。


「我々は必ず勝利する。それが我社の創業以来の存在意義である。NeoIsland(ネオアイランド)……復活の島とはその尊き精神の現れなのだ」


「釘崎めはどこまでもお供いたします」


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 当時役員の中で最も成績が悪かった黛は同期の釘崎の方法を真似する内に、その思想に染まっていった。元々は善良なる人間だったただの1社会人だった彼も、洗脳されてしまったのである。


 彼はキムンカムイのことを呟いた。


「キムンカムイを強奪しカイ市直下型地震を行うも失敗し、軍や警察組織を壊滅できず、交渉失敗後のカイ市鎮圧も、失敗した。作戦を主導した釘崎の顔にも泥を塗ることになったが……ワール市で待っておけ。今度こそカイ市を揺さぶり悲願を達成しよう」


 爽やかなかすみに、風光明媚ふうこうめいびな自然が広がる森の中。

 そこに息ずく木々や草花、動物や魑魅すだまたち。彼らが共生して初めて、この美しい森の極相ができているのだと感じられる。

 誰しもがその美しさと「生命力」に惹かれた。


 誰の頭上も等しく照らす太陽でさえも、木漏れ日として光の視線を向けるとき、他よりも贔屓ひいきしてこの森を見つめている気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る