第32話 独断行動

 青山地区の岸川はオタスの杜での出来事を知る由もなく、使者からの連絡を待っていた。


「殿、なにかをお待ちで?」


「使者から連絡が来ぬのだ……。なにかあったのだろうか……?」


 側近の言葉に岸川は、とても訝しむ表情で答えた。


「いずれにせよ、今南下せねば間にあいませぬ。ご決断を」


「ダメだ、今はまだ情報が足りなすぎる。忍耐が必要だ、このまま待機しよう」


「急報です!」


 それはオタスの杜で先住民会が蜂起したという報せだった。

 岸川は使者から連絡が来ない事に疑問を抱きながらも進軍の命を下した。


 西区にいた正規軍は、もともとは青山地区からの敵に備えた後詰めであった。

 ポロナイスクで発生した先住民会の暴動の救援に、西区の兵員は割かれた。


 ポロナイスクに最も近い西区の兵が動員されることは、岸川は予想済みだった。


「我らと敵とでは、この戦いにかける意気込みが違う。命をかけてでもこの島を得たい我々は、死をも恐れぬ……!」


 ウンマで走りながら、武田は手綱を握りしめながら叫んだ。


「愛する者達の為にも戦い抜け!」


 武士達は会った事もない棟梁などよりも、共に戦ってきた武田や仲間の為に一致団結した。

 彼らが戦争の主導権を握れる程に進撃できる理由の一つは、部隊に衆道(しゅうどう)と呼ばれるシステムがあったからだ。


 これは中世の弥纏で盛んだった男性武士同士の恋愛を指していた。先進国では珍しくルーシはLGBTの類いは社会に受け入れられておらず、その反動から、この部隊の武士達は高い忠誠心と結束力を持つことが出来た。


「御殿(おんとの)のため、我が武士団のため、恥や見栄を捨てて命をかけろ!」


「おう!」


 香坂の檄(げき)で、多くの武士は士気が向上した。兵站線(へいたんせん)を軽視した強攻により半ば孤立してもなお、彼らは高い戦意を保持し中央区に迫り、州知事とゲレンスキーの首を取りに進撃した。



 ドレイクだけがただ一人、コタンコロ市に配備された少数の正規軍を撃破した敵部隊が、岸川の直轄軍である可能性に気がついていた。


「西区の兵力がポロナイスクに割かれている今、あの少数の軍が少数精鋭である可能性に誰も気づかないのは致命的だ……しかし仮説に仮説を重ねた上の理論……誰も耳を貸すまい!」


 じきに下るポロナイスク急行の命令と武士団の策略の間で葛藤する彼は、とある人物を思いだした。

 いつも命令違反をしながら正しい判断をして、正しい方向へ仲間を導く兵士。

 それはジェル軍曹のことであった。今ばかりは、彼の真似をするしかないとドレイクは思った。


 そして彼は、部下に宣言した。


「これより我が独立大隊は、独断行動をとり、青山地区へ向かう!」


 移動を開始した大隊のその行動は、すぐにゲレンスキー総司令の目にも止まった。


「西北の方向……青山の方角か。……敵が本拠地防衛をすっぽ抜かして攻めてくると、本気で……?」


「命令違反で処罰すべきと存じますが、如何(いかが)なされますか。信賞必罰(しんしょうひつばつ)、敵前逃亡として捕らえて処刑という方法もありえます」


「敵もまだ現れてないのに敵前逃亡だと。処罰の是非は結果次第じゃな。彼は頭脳明晰(ずのうめいせき)だ。上奏(じょうそう)されてきた文書にもそれ相応の信憑性を持っていたし、自信があるのかの」


 ドレイク独立大隊は西へ進み、青山地区を目指した。数で上回る武士団も、熟練の兵士千人の敵ではなかった。

 そして破竹の勢いでチロット市まで進んだ。


「またうちが先鋒ですか……。索敵隊からの情報は、逐一報告しろ!」


「分隊長、索敵隊からの情報です。敵は砦らしき物を2つ保有していて、チロット市を取り囲んでいるようです!」


「北部で友軍を苦しめているアレかヴァーグナー」


「この砦って……あのアレク市にあった奴なのか……。あんなのを運んで来るとか……しかも2つって。あいつら、もはや民間軍事会社並のプロ戦争屋じゃねぇかよ……」


 アナトリーはジェルがいる事によって、分隊に馴染んでいた。同じような色があると、違和感なく溶けこめるのだ。


「それはこれまでの戦い方や、優勢に立っている戦況を見ると確かにそのようだなアナトリー。ひよるなよ新兵!」


「はい! リトネンコ兵長!」


 レフは新入りがいるからか、いつもと異なり冷静だった。それはバラカを失った悲しみから、現実逃避をする様に忙しくしたかったからだ。


 ドレイク中佐は命令を下した。


「改装中の砦を強襲しよう……! チロット市を抑えないと青山で継戦できない。強襲部隊の指揮は奴になら任せられる。ジェルならば臨機応変に対応してくれるはずだ!」


 彼はウンマ上で確信をもって、別動隊の指揮官としてこの男を選んだ。


「私が教官として鍛えた愛弟子だ。ジェルはどんなときでも正しく、現場の判断が下せる!」


 ドレイクの命令で、ジェル分隊を筆頭にしたチャリオットと騎兵部隊は強襲作戦を行った。

 砦は、突然の奇襲で対応できず、呆気なく制圧された。


 予想外の敵に、チロット市内の岸川は困惑していた。


 颯爽と砦を占拠し、外に遊撃隊を残して敵を牽制しつつドレイクは、次なる攻撃をしようとしていた。


「ラインホルト中佐の報告では、敵は砦の上に遠距離攻撃に特化したズヴェーリの部隊を配置している。四方に配る砦を攻略しなくては、チロット市と砦の掎角(きかく)の勢で、奴らを攻略できない……」


 ドレイクは顎に手を当てて思案した。とにかく頭を動かした。引き算するように、最適な答えを見つけだそうとした。


「四方を向いた屋上の敵の視線を、一ヵ所にのみ向けられたなら……。そうだあれがある。チロット市にあるガソリン貯蔵タンク。あれを爆発させられたなら……! 一ヵ所に集まった敵の背後を攻め、砦を攻略できる!」


 彼は見つけたのだ。爆発させるには、チロット市に兵士が侵入する必要がある。侵入に必要なのは少数という身軽さ、そして素早さである。

 爆発の陽動を成功させられるかは、ジェル分隊の機動力が必須だった。


 彼はジェルを砦内の一室に呼び寄せ、別働隊の作戦内容を説明した。


「またうちが、危険な役回りなんですか」


「能力不足ではないな? 頼んだぞジェルジンスキー軍曹」


「……あぁそうですか」

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