第25話 闘獣決勝戦 前編

 決勝戦の会場を訪れた秀二。今日は最後に敗れることが決まっている予定調和だと頭では理解していた。


 だがきっともう目を覚まさないであろうアイナへの餞として、参加を決めた。

 ほんの一瞬でも、心の底から闘志を燃やそうと思ったのだ。



 会場は近未来的な装飾が施された巨大な建造物だった。聞けばカイドームと同規格のドームらしい。

 広々とした建物内は、赤、青、緑、ピンク、紫と、色鮮やかな数えきれないサーチライトがあり、それらが闘いを彩るのだ。


 秀二はその第1回戦で闘うことになった。第1回戦の相手は、桜木という男であった。

 赤髪が特徴的な若者で、十台後半に見えた。その若さはつまり、努力のみならず才能で登ってきたことを証明していた。


 しかし、それは秀二も同じだ。彼は先住民でありながら、彼のズヴェーリはカムイではない。


 カラハリン州を闘獣の強豪たらしめる正体は、カムイと先住民のあいだにある光。秀二はそれを利用しなくても闘える。その強さはつまり2人の努力と才能の結晶だった。



 少しして、ついに闘いが始まった。決勝戦の開幕である。先に動いたのは秀二だった。


「行け、プラーミャ! お前の速さを生かして、電光石火の一撃を浴びせるんだ!」


「プラーミャ、敵のプラーミャを倒すぞ! 俺たちならやれる! 俺たちは強い!」



 秀二のプラーミャとほとんど体格が同じである桜木のプラーミャ。しかし速さは同じではなかった。襲われたプラーミャを見て、秀二は叫んだ。


「プラーミャ! !」


「運動能力が強みなんだ、俺は!」


 秀二のプラーミャは一撃を加えようとした矢先、それをフェイクでかわされた。

 意表を突かれ背後にまわられると、逆に背中を引っかかれてしまった。秀二のプラーミャは速さで負けたことに腹を立ててしまった。


「落ちついていこうプラーミャ。俺たちはユジノハラ州予選を勝ちぬいて、ここまでやってきたんだ。俺たちだって強い!」


 冷静さを取りもどした秀二のプラーミャは倍返しの反撃をし、桜木のプラーミャを怒りくるわせた。


 冷静な一撃を加えることこそ、闘獣の地道な必勝法だ。打てば当たるなど素人の考えであり、こんな大舞台では有りえない。

 だが桜木は闘獣の素人(シロート)だった。


 彼のプラーミャと同じく、その驚異的な学習能力と身体能力を活かして、短期間で決勝戦まで登りつづけてしまったのである。


 桜木のプラーミャは炎の塊(かたまり)を撒きちらし、暴れていた。

 秀二のプラーミャが近づいてくるとわかると、すかさず爪を立てて飛びかかってくる。


 本能で動いているかのようなその攻撃に、秀二のプラーミャは闘い方を見失った。頭を捻り知恵を絞(しぼ)る秀二は、とあることを思いだした。


 計画性がなく本能だけで動くズヴェーリ。過去に出会したことがあった。


 それは、防空壕の中での出来事だ。本能でよそ者を排除しようと、ズヴェーリが襲いかかってきた過去。

 奴もまたその迷いのない速さで攻撃してきた。プラーミャの小柄な体格で俊敏に動きまわれなければ、命が危なかった。


 秀二はその経験から活路を見出(みい)だした。


「追いつかれてしまったから、とにかく足止めをしようと必死だった。同じことだ…………正々堂々と倒そうなんて考えなくていいんだ。俺はただ、奴を場外へ誘導できればいいんだ!」


 桜木を反面教師にして冷静さを保つことができたのは、秀二が1流の闘獣士であるという証だ。


「奴が本能で動いているのなら、挑発してから逃げまわればいい。それだけだ!」


 挑発するようにギリギリ攻撃が当たりそうな所を動きまわる秀二のプラーミャ。


 幾度となくまっ赤な炎の玉が飛びかう舞台上。挑発するようにギリギリ攻撃が当たりそうなところを動きまわる秀二のプラーミャと、一心不乱に追撃しようと暴れ狂う桜木のプラーミャがいた。



「プラーミャ、一瞬だけ足を遅めに! そして……!」


 足を遅めた秀二のプラーミャは、うしろを追いかける桜木のプラーミャの手が届く距離だった。

 桜木のプラーミャは前方のプラーミャ目掛けて飛びこんだ。


「しゃがめ!」


 桜木のプラーミャは場外へ自ら飛び出す形となった。

 審判は秀二の勝利を告げた。

 桜木は舞台から離れて、うしろを向いていた。


 桜木のコーチであるゴリラ顔の男は、桜木に近寄った。そして彼は泣いている桜木の頭に、手をおいた。

 闘いに敗れたにも関わらず、桜木を責めずに慰めの言葉をかけてた。


 これこそが、闘獣の醍醐味(だいごみ)であると秀二は思った。潔く闘って決まる勝敗に、心を動かされる。彼は本当は勝った喜びよりからはしゃぎたかった。


 全身全霊の“闘獣”をしてくれた桜木。気がつけば、彼先ほどまでの勇姿とは打ってかわって男泣きするその姿に、秀二だけでなく誰もが目を離せなくなっていた。



 もっと心躍る闘いがしたい。白熱する闘いをし、優勝したいと心の底から願った。しかしそれは叶わぬ願いなのだ。

 次の相手は三大闘獣士の後継者であり公式大会無敗の闘獣士。小さな体の少年が舞台上に姿を現した。


「闘おうアイノネ」


 秀二の言葉にアイノネは答えた。


「心行くまで闘おう……! 大人たちが決めた下らないルールなんて忘れてさ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る