第24話 Гром/グローム

 グローム市近郊にまで到達したタスクフォース内の全チャリオット分隊は、武士団の本隊を視認した。


 野生のズヴェーリ対策でノロノロと動く本隊は、計りきれないほどの大軍。すでにグローム市が目視できる距離まで、武士団は迫っていた。


 チャリオットは、全速力でグローム市を目指した。武士団よりも先に街に入るためにだ。


「連中を街に入れるな! ジェル分隊最速で進め!」


「ジェル分隊長も俺と同じで、故郷を敵に渡したくない気持ちはあるんだろう……戦うぞ……ウラァァァァ!」



 武士団を追いこして市内に入ったチャリオット部隊は、街の城門を封鎖した。

 ジェルは町の汚い広場にある銅像を一目見におもむいた。それは帝政ルーシ時代の第4代皇帝イワンの銅像だった。


「よう久しぶりだな『雷帝らいてい』。テメェの名が冠されたこの町は、もうすぐ荒れ地になるぜ。まぁ、もともと荒れ地だったがよこのヤロー」


 自身の人生をいばらの道にした憎き故郷の象徴であり、愛着を持った生まれ故郷の象徴。その憎愛は複雑なノスタルジーをジェルに与えた。


 彼と同じく、最低でも半数の民兵たちが同じ気持ちなった。


「最期に故郷で部下を率いて正義のために戦って死ねるなら……我ながら大成したもんだ」


 覚悟は不幸の中で生まれ、それが逆境を越えさせる強い意思を生む。

 ジェルには常に周囲を威圧する妙な緊張感が漂っていた。


「死んだらもう踊れないし、呑みたい酒も呑めませんよ分隊長?」


「楽しく生きてられることが普通だと思ってんじゃねぇよ……お前みたいに陽気なヤツには分かんねぇだろうがな」


「俺はイヤですよ、そんな感覚がわかるようになるなんて……」


「幸せそうだな、リョーヴァ」


 レフは急に言われた『幸せそうだな』という言葉に動揺した。コタンコロ市で言われた『楽しそうだな』と合わせて、これらの言葉が本音だと感じた。

 ジェルという男がただの陰湿な陰キャではないのだと感じた。



 ジェル分隊長は民兵たちに激を飛ばした。


「お前らの言いたいことはわかる……俺たちの故郷を守るには兵士が少なすぎるし、後続が到着しても兵力差は覆せない。だが俺たちは武士団相手に確かに勝利をしてきた。今度も勝てる。絶対だ!」


 レフは、珍しく明るいことを言うジェルに対して違和感を覚えた。


「こんな根暗な人ですら人を鼓舞するほど、状況はヤバいってことか」


 しかしヴァーグナーは異なる感想を抱いた。


「これも軍曹の本性なんでしょうか……不器用にも責務を果たそうと頑張ってるようにも思えます」


 彼女は彼の中の正義感に気づいた。


 またダーイナイプトンニーニもその演説に勇気づけられていた。

 勝利のあらたかさを感じた。民兵たちに勝利の可能性を見たのだ。


「じきに包囲される。逃げる選択を絶ち戦うか死ぬかの2択となった『死に体』の兵士は、なにも勝る精神力をみせる。苦しい戦いだが……勝機はある!」



 武士団は、ゆっくりとグロームを包囲しだした。全力で対決する意思を示したのである。


「『死に体』となった兵士は厄介だな……真田よお前ならどう布陣する?」


「穴を空けます……1箇所のみの穴を」


 武士団は知恵比べをした。街を包囲したが、あえて一部を空けた。

 これがどういう意味か、ダーイナイプトンニーニにはすぐに理解できた。


囲帥必闕いしひっけつ……こんな高度な戦法を仕掛けてくるとは……連中はやはり戦争の素人ではないな!」


 囲帥必闕とは、敵を包囲をする際にあえてその一部を空ける手法のことだ。

 死を恐れた兵士はその穴から逃亡し、やがてその姿は他兵士の士気をも低下させ、戦力を大きく削ぐ。


「死ぬまで戦うと心に誓っていても、希望の抜け穴があるなら、心はゆらぎます。人は砂のように穴から抜けおちるしかないのです」


「さすがは我が片眼、真田だ!」


「しかし作戦の肝は戦うことに非ず。交渉し、無血開城を狙います」


 交渉の使者が城門にて、降伏か殲滅せんめつかの選択肢を与えた。


「どうしますか少尉。現状、この場で指揮権を持つのはあなたです」


「軍曹……あなたこそこの場所にいるチャリオット分隊でもっとも優秀な兵士だ。我がチャリオット小隊よりも戦果が高い。知恵を貸してくれ……連隊長を待っていては……殲滅の危機もある」


「敵は想像以上の大軍かつ援軍は時間がかかりすぎる……少尉、蛇足的ですが、1つ案があります」


 チャリオット部隊は偽装投降を決めた。ダーイナイプトンニーニは交渉役として、数名の兵士を連れて街の外へ出た。


「時間稼ぎさえすれば良い。交渉は得意だろう。イーゴリ、俺は首席卒だろ自分を信じろ」


 彼の思惑通り、交渉は長引いた。即席のテントの中、連隊長の到着を待った。

 しかし時間が経つと彼は刀を突きつけられ、降伏か死か迫られた。


 やむを得ず彼はテント内で戦闘を行い、偽装するためにダーイナイプトンニーニは武士の『甲冑』を身につけ、派手に戦闘をする演技をした。


 兵士の格好をさせた武士の死体を放りなげ、叫んだ。


「交渉は決裂した!」


 その声を聞いた武士団は街へ攻撃を開始した。


「耐えてくれ軍曹……! 私自らドサクサに紛れて敵大将と刺しちがえてやる!」


 事態は大将の首を取るか、街が陥落するかの勝負となった。



 戦闘の慌ただしさに乗じて、ダーイナイプトンニーニは大将のもとへ近づいた。

 しかしそのころはすでに武田部隊の猛攻により城門は陥落し、正規軍は街の中でゲリラ戦法による抵抗を開始した。


「地の利は俺たちにある! 戦え民兵たちよ!」


「なんなの……! あのインテリ男しくじったの小隊長!」


「通信があって暗殺を試みているようだアルファーリセィー兵長。俺たちはただ耐えて、大将の死による混乱を待つだけだ!」


「いつも通りの混戦ってことですか。だったらやってやりましょう!」


「その意気だリョーヴァ、俺は少尉を信じている……!」


 全軍が混戦の中で戦っている。

 番狂わせが起きたのは、そのときだった。



 ポツリ……ポツリ……


 雨が降りだした。それはすぐさま、雨風を伴いだした。アナトリーはその異変に気づいた。


「なんだよこの雷、街の上で微調整してやがる……なんか、生きてるみてぇで気持ち悪ぃ……」


 誰もが天を見上げていた。すると次の瞬間、あたりをまっ白にするほどの目映まばい稲光がきらめいた。

 誰もがその光に、視覚を奪われた。


 鈍い音がなり響いた。

 耳をつんざくキーンという甲高い音に聴覚が奪われた。

 なにも見えず、なにも聞こえない。なにも感じず、痛みも恐怖もなかった。


 数秒間、不思議な世界に連れていかれた気分だった。次第にアナトリーの名前を呼ぶ声が聞こえた。



「アナトリー……アナトリー……!」


「なんだよ、誰だよ俺を呼んでんのは……この声は、まさか璃來か?」


「アナトリー……を覚ませ。……ろ。……きろ!」


「はぁ、なんだよ? ハッキリ言えよ!」


「アナトリー……! 起きろ!」


 いつの間にか気絶していたアナトリーが目を覚ますと、そこには彼の名前を叫ぶジェル軍曹の姿があった。

 仰向けで天を見あげるアナトリーは、ジェルの奥に見える暗黒の雲から無数の『雷』が放たれていることに気づいた。


 雷は人やズヴェーリごと、街を焼きはらった。


 豪雨の中でも燃えさかる炎は地獄の業火。

 黒焦げの亡骸は壁や地面に張りつき、雷撃が体にかすり悲鳴をあげる者も、次の瞬間には、次の落雷でまっ黒な大地の一部となっていた。


「なんだよこれ……地獄か……修羅か……世紀末か……?」


 そのまま目線をずらして馬主の席を見つめると、そこにはウンマを操縦するレフがいた。どうやらアナトリーらは、チャリオットに乗っていたらしい。


「しっかりしろリョーヴァ! とにかく今は、南に逃げるんだ!」


「すみません……頭の中がまっ白で」


 辺りを見渡せば、見えるのは少数の生きのこり。未曾有の雷雨で正規軍は『敗北』を喫した。


 無事に戦線離脱したチャリオット兵たちは、連隊の本隊筆頭に再び集結した。しかし、遠くから聞こえる雷霆らいていに兵士らは怯えた。


 スコブツェワはむざむざと完敗した自分をなじった。


「今からあの場所で敵の大軍と1戦交えるなど、ただでさえ劣勢なのに……不可能だ。敗けだ。敵はこのまま神威森へ入ってしまうだろう……」


 彼女はそのまま残存兵たちをつれて、カイ市まで撤退を開始した。

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