第21話 選ばれし運命
秀二とユーリはテロの混乱のあと、ユーリの勧めでオタスの杜を訪れていた。
秀二の心は不安定だった。心を殺すように忙しくしていなければ、アイナがチラつく。
長老宅に泊まりながらも秀二は大して長老と話はせず、日がな1日プラーミャと外出していた。
オタスの杜は老人が多く住む、今はもう廃れてしまった田舎町だ。大きな川に囲まれていて外とは
秀二はストレスから、不届き者を見つけては彼らを痛めつけていた。
不届き者を半殺しにするのは時と場合次第で正しいことになる。彼はそう言い聞かせていた。
ユーリはそんな秀二を見守っていた。そしてどこか納得したような目で、呟いた。
「彼なら『英雄』になれる……僕の目に狂いはなかったんだ……!」
家に帰宅した後長老は2人に言った。
「明日は大事なお客人が来るから、家にいておくれ」
翌朝、早くに目が覚めた秀二は、カーテンの隙間から入りこむ日差しに照らされた。
近くの台所からは、長老が野菜を切る音が聞こえた。
ザクン……ザクン
包丁が野菜を切断しまな板に当たる音が妙に心地よかった。
「おはようございます長老」
「おはよう秀二君。顔を洗っておいで」
挨拶を済ませて洗面所へ行き、そこで諸々を済ませたら、長老に許可をもらって近所を散歩した。
まだ誰もいない時間、プラーミャと2人でこの町を歩きまわった。
なんでもない坂道や、今は止まっている路面電車。ツタが巻きつく洋風の建物。大してなにもない景色を眺めながら田舎町をただ歩いた。
近所の森からは
だがこんな憂鬱な夏休みも、闘獣の大会のお陰で少しはマシだ。朝日も沈みだしたころ、ユーリに見つかった。
「こんなところにいたんですか。帰りましょう?」
「うん」
そして帰宅すると、朝ごはんがあった。それを3人で食べながら、秀二は長老に話しかけた。なぜここまで自分たちに親切にしてくれるのか、気になったのだ。
「私は長らく人々に、魔術師だと気味悪がられてきて
長老は穏やかな顔をして、嬉しそうにそう言った。
「私や私の愛するカムイたちに敬意をはらっていた。そして多くの若者たちが興味をもたない歴史に詳しく、私の心を穏やかにしてくれたからだよ」
自分がいまここに
ユーリはひ弱なガリ勉ではなく、れっきとした大人なのだ。頼れるお兄さんなのだ。
「俺も大人にならないと……ワガママばかりじゃなくて、自分がすべきことをしたい」
大人になるために秀二は自分がすべきことをしようとした。それはユーリの真似だ。それは長老へのお礼のつもりだった。
「長老、俺にも神話を教えてください」
「秀二も神話は知っているはずでは?」
「そうだけど、ユーリのマネをしてたら俺も大人になれる気がするんだ。俺が今すべきなのはこれだと思って」
「僕の真似をする必要はありませんよ。だって秀二は……」
「まぁまぁいいじゃないユーリ君。それじゃあ、聞かせてあげようかね」
長老は語りおえたあとに、神話とはなにかを教えてくれた。
「神話とは先人が遺した生き残る知恵や教訓。興味をそそるように脚色し壮大にした、生存の成功体験じゃよ。以前ユーリ君に話したオキクルミの話ではなく、双子の弟ポンヤウンペの話をしようかね」
秀二も耳にしたことがあるお話。どこか懐かしく、親しみを覚えた。
「ポンヤウンペの美人な
長老は、この手の話は現実に置きかえる読解力が必要だと言って、それを解説しだした。
「許嫁とは最愛の女性。それがカンナカムイにより落命するが、ポンヤウンペは敵討ちをするという風に私は解釈している。無論、間違いかもしれないがね」
「現実に置き換えたカンナカムイってなんなんですか?」
「空を高速で翔ける蛇のカムイとは、それはつまり細く一瞬しか姿を現さない雷のことを指すんだよ」
長老は腰掛けていたロッキングチェアから立ちあがった。秀二たちとテーブルを挟んだ反対側の座布団に座り、丁寧に話を進めた。
「先住民アイヌの言葉でカムイは神様を指し、そこにはズヴェーリも含まれる。しかし生活に恵みを与えたまう動植物や自然にもカムイはいるのじゃよ」
「弥纏でも神様は沢山いるってお父さんがいってた。神様は唯一の存在だって学校では教わったけど……にしても雷と戦う話のどこに教訓が……あるんですか?」
「このお話のカンナカムイは、落雷のような危険。つまり不幸の意味じゃ。つまりは8月11日のテロでポンヤウンペは最愛の女性を失い、報復をする。私はそう読んでいたが、実際は直接襲いに来た」
長老の目付きが変わった。秀二は長老に、不気味で陰険な印象を受けた。
「ポンヤウンペとは誰か……分かるかい」
「さぁ……ただの主人公では?」
「ポンヤウンペの特徴は小柄な少年じゃ。アイヌの鎧ハクヨペとは異なる『特別な鎧』を着用し、カムイを撃退できるほどの強さと人を思いやる心がある」
長老が妙に鋭い視線で、秀二を見つめていた。秀二はそのことに気をとられていて、長老の言葉の真意を理解できていなかった。
なにも言わずきょとんとしている秀二に、ユーリは言った。
「まるで秀二のようですね……特別な鎧である『甲冑』を身に着け、予選で示した強さがあり、アイノネ君を思いやる心がありますから」
秀二は、ユーリの言葉を冗談だと思って笑った。その笑いは、緊張と緩和だった。
しかし彼を見つめる2人の目は、冗談ではない本気の視線だった。
この目を、前にも向けられた気がする。それも1人ではない。動揺する心では、その誰かを思いだすことができなかった。そんなおり、お客人がやってきた。
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