第23話 継承

 オタスの杜で秀二は伝説の英雄ポンヤウンペとなるため、ある能力の継承の儀を行うことになった。


「継承ってなにを?」


「長老が持っている能力をです。長老はカムイと対話できるんです」


「……ん?」


 秀二は一瞬理解に苦しんだが、ユーリの言葉通りの能力を長老は備えていた。 

 先住民ウィルタが最高神ボオにお伺いを立てるための能力だったが、アイヌと混合し、カムイと心を繋げる能力となっていた。


 アイヌはカラハリン島の南側に分布していたが、ここオタスの杜の先住民と同様に、戦後ルーシに占領されたあとはすべての先住民がひとまとめにされた。島の最北部にある神威森カムイのもりもルーシが命名しただけで、そこにいるのはカムイではなく、アイヌに無関係のただのズヴェーリなのだ。

 青山地区の野生のズヴェーリが凶暴なのも、それは平和を尊ぶカムイではないからであり、島の南側にはそこまで凶暴なカムイはいなかった。


「私からこれを継承すれば、すべてのカムイと心を繋げるポンヤウンペになれるのじゃよ」


「カムイの祖オキクルミの双子の弟がすべてのカムイと心を交わすというのはつまり、それらを率いて自在に操れるということです。ここでいうカムイはアイヌの神様という意味に非ず、ボオのように尊ばれ今は同化したすべての先住民の神様。つまり、神威森カムイのもりのカムイを含む、この島原産の全てのカムイのことです」


「アイヌみたいに神様はたくさんいるって考える先住民は他にもいるんだね。長老……ユーリ……その能力で外敵を焼き尽くすのが俺の……ポンヤウンペの役目なんだよね」


 また葛藤してしまう秀二に、長老は言った。


「先住民とカムイのあいだに存在するとされる光。神経回路のように両者を繋ぐその白銀の輝きの美しさを見れば、少しは心の闇も晴れると良いのだがね……」


「それは俺にしか見えない特別な光なんですか……?」


「そうだよ。カムイへの数百年に渡る祈りと共生関係が創り出した特別な絆。アイヌと混合したすべての先住民とすべてのカムイを繋ぐ光は、カムイと先住民の両方に意識を共有するポンヤウンペのみが、認識できるのじゃ」



 高虎はユーリの知識量に度肝を抜かれていた。安之助は高虎にユーリという不思議な男について解説した。

 ユーリという賢人が常に秀二の側にいたのも、自分たちの会話などから秀二がポンヤウンペになりうる存在と察したからだと、高虎は悟った。


「そういやユーリって、なんでアイヌの神話にそんなに詳しいの? 好きだからって範疇はんちゅうを超えてる気がするんだけど……」


 秀二の問いにユーリは答えた。同時に秀二に自分という人間のすべてを話すべきときが来たと、彼は思った。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ユーリ・スタローナエヴィチ・スクリーチン(Юрий Сторонаевич Склычин)


 14年前、アレク市内の貧困層が暮らす地域で彼は生まれた。


 父親はルーシの男で、母は現地の娼婦だった。

 父親は早くにウォッカ(Водка)の飲みすぎでアルコール依存症となり蒸発し、子育ての能力が不足する母親から離され、彼は幼くして単身で田舎のナチナ町の孤児院に預けられた。


 孤児院で過ごすなかで友達もできたが、6歳になると里子に出され、友達と引きはなされたことで内向的になってしまった。

 そうして自分の殻に篭り10歳になったが、そんな彼の心を開いてくれたのは秀二だった。


「毎日毎日そんなに本を読んでたら、ハゲちゃうんじゃない?」


「勉強しないと、低賃金労働のストレスでハゲることになるよ」


 人に盾突きブラックジョークを好むようになっていたイヤミな少年は、いつも人に嫌な顔をされていた。だが秀二は違った。笑ってくれたのだ。


 それからも秀二は親しくしてくれた。暴力を振るった父とも、どこか腫れ物扱いをされた孤児院の友達とも違う。自分を1人の友達として、純粋に特別扱いしてくれたのだ。

 それからは秀二を通して、彼が教養として学んでいた先住民の神話について知り『英雄叙事詩』を学ぶにつれ、知的好奇心を高めていった。

 ユジノハラ市にある図書館へ出向くようになり、引きこもりさえも解消していったあるときのこと。


 彼は図書館の隅でほこりを被った1冊の書籍を見つけた。


「汚ったない本だな……臭いし……! でもこれなんだろう。アイヌの英雄ポンヤウンペってなんだろう……?」


 その本で彼はポンヤウンペの物語を知った。彼は強い少年に憧れをもった。先住民の血を引く自分はポンヤウンペにれると夢を見て、自らをその特徴に近づけようとした。


 秀二はアイヌの特徴でたる『堀が深い』顔つきであった。


「神話を学ぶのも秀二が先住民だからだ……秀二は……仲間なんだ……!」


 それから彼の思想は少しづつ歪んでいった。大切な存在である秀二との共通点であるポンヤウンペの継承権。それを持たぬ異民族を彼は徐々に見下すようになっていった。


「ユーリ、あなたのその行動力も素敵だよ」


「え、あ、ありがとう……」


 11歳のとき、彼はアイナに積極性を褒められて、彼女には心を開いた。あまり多くの人と触れあうことがなかった彼は、そんな単純なことでさえ痛いほどに嬉しかったのだ。


 この日、新しい友達を得た。だが同時に、大切な友達を失った。


 安之助が幼少期に父母から教わったという文化『習字』から、ユーリは彼を弥纏民族だと勘違いした。

 つまりは秀二も、たまたま顔の彫りが深いだけ弥纏人なのだと勘違いし、裏切られた気持ちになって、彼に悪態を吐くようになっていった。


 敬意から用いていた敬語も価値がなくなり、彼は敬語のまま悪態を吐くという、歪んだ元の性格に拍車をかけた形となった。


 歪んだポンヤウンペへの傾倒。それは一重に強い存在への憧れであった。彼を支える一縷いちるの光は、ある日突然絶たれた。


「ポンヤウンペになれるのは『純血』だけ。あなたにはなれないわ……」


 口伝された神話を辿るために生みの母を訪ねた際に、彼の夢は無情にも絶たれた。彼を慰める者はいなかった。


 闘獣州王者決定戦を観たのはそんなときだった。シャクシャインの闘いぶりに感動し興奮した。だが自分はポンヤウンペにはなれないし、ひ弱で独善的な自分には、カムイと心を交わしここまでの激闘を行うことはできないと思った。


 だから彼はこう思った。


「カリスマ闘獣士を側で支える獣王じゅうおうになりたいのです!」


「獣王にならなくちゃなんだね……へえ〜」


 カムイもとい世界中のズヴェーリに誰よりも詳しい獣王として、やがて現れるポンヤウンペを支えようと考えたのだ。



 そんなおりだった。安之助から秀二に勉強を教えてあげて欲しいと頼まれ彼の家を訪れたとき、偶然安之助の電話を盗みぎきした。


 電話の相手とアイヌ的な名前で互いを呼びあい、秀二がポンヤウンペの可能性を持つことを知った。

 近代史にも造詣ぞうけいを深めていた彼は、安之助の父母が弥纏占領時を生きた世代の先住民であると推理し、それですべて合点がいった。


 それからの彼は秀二への態度を改めた。そして彼をポンヤウンペとするため安之助らと話しあいを重ね、秀二を8月にカイ市へ連れていくこととした。

 秀二を危険に巻きこみたくない安之助を説得し、ユーリが今回の旅を計画したのである。


「本当は行ってほしくはないんだがな……」


「安之助さん……もう決めたことですよ。暗い顔はしないでください」


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 秀二は、ユーリを哀れに思った。暗い過去に起因し歪んだ思想に絆されてきたのだと思った。


 少し裏切られた気分でもあった。だが今更そんなことはどうでもよかった。

 秀二は大きな決断をして、少し病んでるようだった。ポンヤウンペになると宣言し、大量殺戮を行うことを受けいれると言葉にしても、それは所詮は言葉であり、心の中には腫れ物が残ったままだったのだ。


「なぁユーリ、正直に聞かせてくれ。アイナを初めから……犠牲になる最愛の女性だと考えてたのか?」


「答えなくちゃいけませんね……その1面はあります。葛藤したんです……湖では眠ったアイナを抱えて地下シェルターへ入ったし……! カイドームでは神話の信憑性を疑って動揺しましたが、アイナに死んでほしかったわけじゃないんです!」


 秀二はその言葉を聞き安心した。



「よし準備万端だ。始めようか……青山せいざんでは昨日番狂わせが起きたようだが……それももう終わりだ。ポンヤウンペは彼に決まりなのだから」


 それから秀二は、シャクシャインに誘導されるがままに儀式の祭壇の壇上に登った。

 秀二は階段をゆっくりと上がっていき、壇上から全員を見下ろした。


 緊張感から辺りをキョロキョロすると、壇上の回りには小さな松明たいまつが焚かれていた。周囲にはという名の、神様をかたどった人形セワがあった。

 これはウィルタの人形だ。


 シャクシャインはウィルタの太鼓ダーリを叩きたきはじめる。

 薄暗く火が灯る部屋の中、火をつけられた香木は魅惑の香りを漂わせ、誰もが恍惚こうこつとした。


 そして気がつけば秀二は、気絶していた。

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