第34話 爆破作戦
真冬の日の出は早い。だがすぐ東側に延びるロパチン山脈のせいで、未だにその麓(ふもと)の道は薄暗く冷えていた。
チロット市が間近に迫ると、通信係が砦に連絡した。別動隊を察知させないために、砦が陽動の攻撃を行う手筈だった。
「随分激しくやりあってますね。速すぎて、ハエが飛びまわってるみたい」
「本当だ、体が痒くなってきた」
ヴァーグナーとレフはそう叫んだ。
砦は戦いが激化していた。数で勝る武士、そして少数だが実践経験豊富な兵士。この構図は相変わらずだ。
高速で駆けながら、一瞬の近接格闘になる。敗れた者は大地に蹴落とされ、血飛沫(ちしぶき)と断末魔をあげるが、誰もそれには構わず、後続はただその側を駆けていくのみだ。
先に敵の砦に近づいたのは、正規軍の騎兵隊。彼らが砦入口や柱を攻め敵の注意を集め、その間に僅かしかいない空戦部隊が、砦に張りつき、射撃用小穴に向けて放火等をして攻撃する。
張り付けば小穴から出る刀の刃に斬られ落ちていく。あるいは操縦ミスで屋上まで昇りきってしまい、屋上のズヴェーリに毒や炎で攻撃されて瀕死になり、そのまま地面に叩きつけられて肉片と化す者もいた。
ときにそれらは地上の味方に衝突し、無駄に命を奪うことにもなった。
これが僅か5秒~10秒の短い時間に、数多繰り返される。激戦地と呼ばれるこの場所は当(まさ)にこの世の地獄や修羅(しゅら)だった。
遠目に聞こえるドンパチも、アナトリーには絵空事に思えた。そして二人の上官の無駄話も聞こえてはいるが、言葉として聞きとれなかった。
ヴァーグナーは別のチャリオットに乗っているためかなり大声のはずなのに、まったく気にならなかった。
麓から降り壁に接近すると太陽が見えた。太陽は偉大なその明るさと暖かさで、彼に穏やかさを与えてくれた。
「隊長、40秒で目的地に到着します!」
「気を引き閉めろ! チャリオット奇襲作戦の先鋒として、務めを果たせ!」
一気に山を下りそして壁の穴に近づくと、彼らはチャリオットを降りて潜入の準備を整えた。
穴はかなり高い位地にあり、兵士達はワイヤーを伸ばし、そこから伝って入っていった。
「班を4つに分けよう。一班は穴付近で待機。二班は俺と一緒にガソリンタンクの爆破で、三班は中間の小川で敵を警戒しろ」
ジェルの命令で編成された班は別行動をとり、ガソリンタンクめがけて、少しカビが生えた住宅街を抜けた。
そしてガソリンタンクがある位置まで接近した。
「よし……砦に連絡した。3……2……1」
ジェルら四班は細心の注意を払って爆発させた。
「やったな……中継ポイントへ後退するぞ!」
ガソリンタンクの位置から少し移動したら、姿を隠せそうな茂みと小さな川があった。そこでジェルら二班はヴァーグナーら三班と落ちあう予定だった。
「敵だ! ルーシ兵だ!」
二班は爆破の直後に発見され、アナトリーを含む二班は一心不乱に逃走を図った。
「走りながら交戦しろ! 敵の街だ、蜂の巣にされるぞ!」
どこからともなくそんな声が聞こえる。アナトリーらはズヴェーリで撃ち合いをしながら、背を向けないように穴まで走っていった。
「小川には行かないんですか軍曹!」
「行けば犠牲が増えるだけだ。とにかく一気に撤退しろ! 退け! 退けぇ!」
家屋に侵入したり林を通ったりし、兵士たちはあの手この手で敵の攻撃から逃れつつ、撤退していった。
アナトリーら二班は命からがら一班が周囲を警戒している壁の穴付近にあるアパートまで辿り着いた。それは100世帯は入りそうな巨大なアパートだった。この建物を盾にしながら一気に壁の穴から外へと抜け出そうとして、兵士達は穴を目掛けて階段を駆け上がっていった。
アパートは武士団達からの集中放火を浴び、全ての兵士が抜け出す直前に亀裂が入り、崩れ落ちるように倒壊した。
「大丈夫か、アナトリー!」
「はい、レフ兵長……」
「ここは隣のアパートだ。爆風で偶然窓から入ったのは俺たち2人だけだ……。足音が聞こえるし、じきに武士達に見つかるだろう」
戦地となって人が去って4ヶ月。カビや埃(ほこり)で汚れてしまっている部屋でレフはアナトリーに無情なことを告げた。
「麻縄を俺が持ってっから、お前はこれを伝って降りて一班合流してここまで戻ってきてくれ! 30人程度だ分かったか!」
幸い現在地は侵入してきた壁の穴の近くだった。しかし、レフの合理的な判断を簡単に受け入れられるアナトリーではなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 一人で降りてったら、絶対に殺されるじゃないですか!」
「ここにいたって殺される! 階段を上ってくる敵とここで交戦する方が、死傷率は高いんだぞ!」
「嫌です……死にたくないんです……! 1人にしないで下さい!」
「泣くなよアナトリー……。甘ったれるな! テメェ……それでも漢(おとこ)か!」
この期に及んで駄々をこねるアナトリー。レフは一刻を争う場面で、イライラを募らせていた。しかしキレたってどうにもならない。レフは、山の麓でのジェルを思いだした。
「死にたくないって話しましたよね兵長、聞いてなかったんですか……?」
「聞いてたさ……。お前や軍曹と違ってちゃんとな……!」
レフは思い出していた。理屈で説得できない相手には、話を聞き入れることが肝要なのだということをだ。
「アナトリーお前、自分を守れる強い軍人になりたいって言ったよな。お前が今すべきことは、何だ!」
「生きられる可能性のために、死を覚悟しろってことですか。敵がうようよいる中に飛びこめば、十中八九死ぬのに……ですか?」
「大丈夫だ、お前は死なない」
「どうしてそう言えるんですか! テキトーな慰(なぐさ)め言わないで下さいよ!」
半狂乱になり、アナトリーはどこまでも自己中となっていた。だがそんなアナトリーに、レフは真剣に語りかけた。
「いいかアナトリー。自分の選択でここまで来られたお前は強い! あんな町に生まれていながらクズにならず、璃來や故郷を失ってもめげずに、生き延びる為の正しい選択をしてきた」
レフは瞬き一つせず、アナトリーの肩に手を置いて語りかけた。
「どんな障壁に遭遇しても、お前なら正しい判断を下して正しく対処できるはずだ……。お前を信用している。ここを選んだ責任を果たせ! できるな、二等兵!」
アナトリーは意を決した。
今まで暴力や恐怖で押さえつけられ、人に従うことを拒否していた。しかし耳を傾け信頼してくれる仲間の為に、アナトリーはそ責任を果たすべきだと思った。
説得されたアナトリーは壁まで走りぬけた。途中で数人の敵と遭遇したが交戦を避けて上手くやりすごした。だがもうすぐ壁というときに、4~5人の敵と遭遇した。
「終わった……絶対に死んだ……!」
死を覚悟するアナトリー。まばたき一つせず、息をしているのかわからなくなった。一瞬のはずが、永遠のように長く感じた。
すると突然、真横の建物から味方が2人現れ、敵に奇襲をかけた。
彼は呆気に取られて動けなかった。そして敵が残り2人となったとき、兵士1人も倒れた。
2対1と形勢不利になった。
見覚えのある兵士は敵に体を噛みつかれながらも、アナトリーに一言だけ叫び、発破をかけた。
「アナトリー! !」
ヴァーグナーの声に目が覚めたアナトリーは手に持ったナイフで切りかかり、武士の喉元を引き裂いた。
命拾いした2人は壁まで走りきり、無事に穴に辿り着けた。
「味方を置いてはいかない! 合流した三班と一班は二班の兵士を援護しつつ穴まで誘導しろ!」
無事に撤退に成功したジェルら別働隊。
その後、爆発に気を取られた事で砦の武士団も砦上のズヴェーリを無力化され、無防備となった頭上からの猛攻を防ぎ切れずに瓦解した。
チロット市を焦土とする代わりに得た一瞬の好機で、独立大隊はチロット市の戦いに勝利した。
「よく無事でしたね、レフ兵長。新兵のために一人で足止めなんて、あなたらしくないんじゃない?」
「俺は女々しいヤツとは違ぇって、証拠が欲しかったんだ……。こんな所で死んじまったらバカなのになぁ」
「感化されて真面目になるなんて、意外と可愛い所もあるじゃない」
「うるせぇヴァーグナー……バラカが生きてたら言われそうなことばっかだ……」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ジェルら別働隊による陽動によってチロット市へと敵の視線を集めたその一瞬を突いた。ドレイク率いる大隊の本隊は砦をチロットの逆にある死角を陸空から強襲し、その一撃必殺の猛攻によって砦を一気に攻略。チロット市へと雪崩混んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます