case.3 五十嵐朱里 前編

夕暮れに染まる赤い海。

二人の男女が海辺に佇んでいる。


「なんで、君とここにいるんだろうね?」

「お前がついてこいって言ったんだろう」

茶髪を靡かせた少女の呟きに

隣に座る金髪の青年は呆れながら答える。


一見、二人はカップルのようにも見えるが

二人の会話を見る限り、

とても仲がいいようには思えない。


「あはは…そうだったね…」

「言わないなら俺は帰るぞ。」

煮え切らない態度を取る少女に

青年は呆れてその場を去ろうとする。


「ま、待ってよ」ガシ

青年は腕を掴まれ、その場から動けなくなる。


「腕を掴むな。

 言いたいことがあるなら早くしろ」

その行為ににイラついた青年は

少女に答えを早く言うように急かす。


「ごめん!言うからちょっと深呼吸させて」

「…」

謝る少女に怒りを抑え、

無言で彼女の出方を伺う青年。



スー

少女は落ち着かせるように深呼吸する。





…私と寝てくれないかな?」







……




………

8月になり、学校は夏休みを迎えた。

夏休みになっても

◯フレ二人との関係は変わらない。

むしろ、休みになったことにより

一日中、俺の家にいるなんてこともざらで

夏休み前よりも

関係が酷くなっているまである。


だが、今日はーー



ザバァーン


キャーツメターイ

アッチデビーチバレーシヨウゼ

スナノオシロツクロヨー


俺は一人で近くの海に来ていた。

去年、俺は資格を取ってここで

ライフセーバーとして働いていたときの縁で

今年は向こうからオファーを貰えた。

せっかく、誘われたということで

俺は二つ返事で仕事を引き受けて今に至る。


「佐藤君、今日はよろしくね。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

俺は俺より一回り上の男性にあいさつをする。

彼は今回のバイト先の管理者だ。

去年もこの人の下で一緒に働いた。


「去年は佐藤くんがいたから、

 ナンパ被害が少なく済んでよかったよ。」

「はは…それは恐縮です。」

俺は管理者の言葉に苦笑いで返す。



俺の見た目だとナンパ男も大人しく引っ込む。

だからこそ、俺をそこそこ重宝したのだろう。


「俺は持ち場に戻るわ。

 それじゃあ、後はよろしくね。」

「了解しました。」

管理者はそう言い残すとその場を後にした。



給料のためにも頑張りますか

俺は気合いをいれて仕事に向かうのだった。




カコンカコン

砂浜に落ちていた缶をゴミ箱に捨てていく。

ライフセーバーの仕事はこんなもんだ。

非常時がない限りは基本的に

客への呼び掛けかゴミ捨て程度だ。


少し困ったことがあるとすればーー


「そこのお兄さん、私と遊ばない?」


これだ。


俺は仕事をしていると年上の女性に絡まれる。

去年もそこそこあったので驚きはしない。

ただ、仕事の邪魔だから止めて欲しい。


「すみません、仕事中ですので遠慮します。」

「ふふ、真面目なのね。

 お姉さん、余計に気に入っちゃった。」

仕事をサボる訳にはいかないので断るが

そのせいで余計に気に入られてしまった。


非常に困った。

こういうのは暇そうなやつにして欲しい。

少なくとも仕事中の人間にするものではない。



「じゃあ、行きますね」スタスタ

「えー、お姉さんと遊ぼうよ。」ガシ

その場を去ろうとする俺の右手を掴む女性。

どうやら、簡単に引いてはくれないようだ。


「離してください」

「遊んでくれるって言うまで離さな~い」ギュ

「お、おい!」

今度は腕を両手で抱えてくる。


おいおい、ここまでするのかよ…


「さぁ、向こうで楽しいことしよ!

 一夏の思い出を作ろうよ。」グイグイ

そう言って俺を引っ張っていこうとする。


このままでは埒が明かない。

あまり、言いたくはなかったが仕方がない。

俺は強行手段をとることにした。


「あんた…処◯だろ。

 そんなので、男を誘えると思ったのかよ。」

「は?」

先ほどまでの甲高い声とは違い、

低い声で驚きの声をあげている。


「な、なに言ってるの?

 お姉さんは色んな男の子を食べてるんだよ。

 しょ、処◯なわけないでしょ!」

「今、慌ててるのが何よりの証拠だ。

 自信があるのなら動揺はしないからな。」

「うっ!」

「それに誘い方も古すぎる。

 あんた、遊び慣れていないだろう?」

「うう!」

「そんなんで、

 俺を誘うなんて10年早いな。」

「…」ズーン

俺の言っていたことが全て合っていたのか。

四つん這いになって落ち込む女性。


俺にめんどくさい絡みをしてきた罰だ。

そのまま反省してもらいたい。


「じゃあ、俺行くから。」

邪魔者から解放されたので

とりあえず、ようやく仕事に戻れる。


ガシ


そう思っていたら勢いよく両肩を掴まれた。


「いい加減「…で何が悪いの」…は?」

これ以上仕事を邪魔されたくないので

本気でキレようとする俺の言葉を遮り、

女性は何かを言ってくる。


「」




「大学生で処◯の何が悪いのーーー!!!」




周りに沢山の人がいるのにも関わらず、

女性は俺に対して、

どうでもいいカミングアウトをしたのだった。


すみません、職場の先輩方。

俺、少し休憩に入ります。




……


………


「お待たせいたしました。焼きそばです。」

「ありがとうございます。」

茶髪の店員から俺は焼きそばを受けとる。

俺のことをすごく見ている気がするが

多分、俺の前に座っている女性のせいだろう。


「ーでね。周りの皆は彼氏彼氏って

 幸せオーラ全開でさ。ホント、最悪!」

「まあ、彼氏ができたら

 自慢したくなるんじゃないか?」

「Hが気持ちいいとか気持ちよくないとか

 そんな話されても分かんないよ。

 私には相手すらいないっての。」

「話に入れないとつまらないもんな。」

俺は休憩時間を使い、

結局、ナンパ女と海の家で食事をしている。

流石にあのままで放置するのは

鬼畜の所業でしかないからな。


「うう…

 せっかく今日もナンパしに来たのに

 上手くいかなかったよ…

 やっぱり、処女だから駄目なのかな?」

「まぁ、あんた見た目はいいけど

 中身が色々と残念だからな。」

「酷い!!」

事実を言うと彼女は憤慨する。


黒髪のショートカットは運動部っぽくていいし

顔もかわいいより、

スタイルも出るところは出ている。

しかし、

滲み出るポンコツ感が全てを台無しにしている


「そもそも、処女でもいいだろ。

 世の中には処女じゃなきゃ

 嫌ってやつも多いと思うしな。」

「でも~」ズルズル

ぐずりながら、彼女は焼きそばを食べる。


こんな適当な相談じゃ納得行かないだろうな。

むしろ、そのまま呆れて帰ってほしいわ。


「それよりも処女を捨てたいとか言って、

 逆ナンなんてしてる方が問題だろ。

 もし、俺がやばいやつだったら

 どうするつもりだったんだよ…」

「え?君なら大丈夫かと思ったんだけど」

「目も節穴なのか?あんた」

「こうして相談に乗ってくれるし。

 今だって私のこと心配してくれてるでしょ?

 君ってば優しいじゃん!」

「叫ばれると仕事の邪魔だっただけだ。」

あのまま、放置しても

面倒事を起こされても困るしな。


「…ねえ?やっぱりお姉さんと遊ばない?」

「それはない。

 もう少し、自分を大切にした方がいいぞ。」

将来、このポンコツは色々苦労しそうだな。

悪い男に捕まらないといいが。


「君ならいいと思ったのにな~。

 仕方ないから諦めるよ。

 今日は付き合ってくれてありがとね。

 ナンパは駄目だったけど楽しかったよ。」

「それならよかった。」

彼女はそう言って席を立つ。

どうやら、愚痴を言って満足したようだ。


「そういえば、自己紹介をしてなかったね。

 私の名前は二宮莉央にのみやりおね。」

「俺は佐藤翔だ。」

「翔くんかぁ~。かーくんって読んでいい?」

「ああ、いいぞ。」

俺は彼女が決めたふざけた渾名を了承した。

どうせ、もう会わないからどうでもいい。


「ありがとう!かーくん

 これ、私の連絡先だから絶対連絡してね。」

そう言って紙を渡してくる。

そこには電話番号が書かれていた。


恐らく彼女の連絡先なのだろう。


「バイバイ、また会おうね。かーくん」フリフリ

手を振ってその場を去る二宮さん。


嵐のような人だった。


俺はそう思いながら、

貰った連絡先を持って苦笑いをするのだった。




ーーーーーーーーーーーーー


ザァー


二宮さんと別れた後、

俺は再び仕事の方に戻る。


海は広いなー大きいなー


特にやることがなくなり、

ぼーっとしながら周りを見ている。


「ねえねえ、いいじゃん。」

「やめてください。」


なんだ?

このテンプレのような会話は…


「一人なんだろ?俺と遊ぼうよ。」

「私、彼氏がいますから。」

「えー。海に一人で来ているのに?

 彼氏と上手くいってないんじゃないの~」

「そんなことはないです!

 今日はバイトで来たんです。」

会話のする方を見ると、

茶髪の女の子が

大学生らしき青年に絡まれている。

絵に描いたようなナンパだ。


「こういうところでバイトしてるなら、

 こういうこと期待してるんじゃないの?」

「や、やめて」

そう言って、男は少女に手を伸ばそうとする。


「はいはい、ストップストップ」パチパチ

俺は手を鳴らしながら静止させる。


ナンパで持ち帰っていいのは

相手が同意したときだけだ。

ソースは俺。



「なんだよ。お前」

「見れば分かるでしょう?」

そう言って俺は制服を指差す。

普通の感覚を持った人間なら、

これをしただけでしつこいナンパをやめる。


「ライフセーバーが俺に何のようだ。

 俺たちはこれから二人で遊ぶんだよ。」

勝手な言い分を主張し始めるナンパ男。


こいつは普通の感性をしていないらしい。

それに彼女はどう見ても嫌がっていただろう。


「あなたには聞いてません。

 お嬢さんの方はどうでしょうか?」

バカを無視して茶髪の少女の方に会話を振る。

彼女は俺の目をじっと見てくる。


そこで俺は彼女が知り合いだと気がついた


「違う!この人しつこいの!

 私は一人でいたいだけなのに!!」

「って言ってますけど?」

見知った少女は男のことを拒絶している。

叫んでいる様子を見るに  

ストレスでかなり参っていたのだろう。


「構って欲しくて言ってるだけだ。

 だから、お前はあっち行ってろよ!」

彼女に本当のことを言われてもなお、

しつこく食い下がってくる男。


「違うよ!

 お願い、信じて。!!」

彼女は必死に俺に助けを求めてくる。



「拉致が明かないので警察を呼びますね。」

「け、警察」

男は急に慌て始める。


「自分も仕事です。

 あまり時間を取られたくありません。

 なら、後は警察にお願いします。」

「わ、わかった。

 冗談だよ!冗談!!

 俺は何もしてねえから」ダッ

男は走ってどこかに行ってしまう。


無駄にしつこかったくせに度胸のないやつだ。


「よ、よかった…」フゥ

男がいなくなったことで安心したのだろう。

少女は胸に手を置きながらため息をつく。


「これに懲りたら、

 一人で海に来るのなんて来るな。

「バイトだからしょうがないもん…」

注意する俺に

少女はむすっとしながらそっぽを向く。



こうして俺は少女を…

五十嵐朱里いがらしあかりをナンパから助けたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る